■「新たなる試み3」
「まぁ、二人とも冒険者ギルドを設立することには積極的だっただろうけど……
まさかエ……ユーイチ君自体が冒険者になろうとするなんて想像してなかっただろうねぇ」
いまだ説明を続ける男性を見ながらもユズカことユスティは苦笑いと共に僕に呟く。
「いや、男なら冒険に憧れるってものでしょ?」
「私、女だからわからないよ」
そんなやり取りをする僕たちの後ろから笑い声が上がる。
「ワハハ、なにユズカ殿。ユーイチ殿のフォローは我々にお任せあれ」
「はい、アリシャ様とリリィ様にしかとお願いされておりますので」
「……」
「……あー、うん。期待しているよライン君。アルフレッド君。それと……」
「……ビーチャ」
ユズカが声をかけた三人はそれぞれに反応をする。
高笑いをした男、ライン・アンカスターは身長は僕より高い百八十はある大男でその筋骨隆々の体に合わせたかのようなブレードアックスを重厚な鎧の背中に刺している。
見るからに重装戦士。タンク役といった風情である。
もう一人の男、アルフレッド・ロックス・ビルマ―は正反対の痩せ型細目で背も僕より低い百七十弱といったところか。
背中に背負う年季の入った弓が彼の戦闘スタイルを如実に表しているといえるだろう。
名前のミドルネームからもわかるように男爵家の四男坊だそうだ。
最後にユズカが言う前に自ら名乗った女性が、ビーチャ・ハーマード。
身長はユズカより低く百五十弱の小柄。少し病弱そうな顔つきからは想像もできない立派な剣を腰に佩いている。
この三人とユズカことユスティ、ユーイチこと僕を合わせた五人が申請したメンバーである。
「しかし、ユーイチ殿もアルフレッドと同じく筋肉が足りんのお。もっとよく食べて訓練して筋肉を付けねば」
「ははは、僕は魔術師ですからね。筋肉をつけても使いどころが」
「いやいや、筋肉があれば色々と便利ですぞ。どうです? 私と一緒に訓練でもしませんかな?」
「あーうん、考えておくよ」
そう僕はラインに苦笑いと共に告げる。うん、悪い人ではないのだけれどキャラが濃い。
この三人は僕が冒険者になる事に(薄々と予想はしていたらしい)クリスが最低条件として付けたお守りだ。
三人ともアリシャとリリィがバルクスに戻ってくる際にスカウトして連れてきていた人材で、二人のお墨付きである。
この暑苦しいラインも戦斧術のエキスパート。
細目で正直何を考えているかが分かりにくいアルフレッドも学校で弓術で四年連続トップの成績だったらしい。
特にビーチャは、その見た目からは想像もできない剣術の腕らしく僕も学生時代お世話になったインカ先生から『神速』と異名を付けられたそうだ。
神速……片やアストロフォン殺し……カッコイイ異名で羨ましい限りである。
この三人には僕とユスティの事は内緒だ。
なのでアリシャとリリィから「エルスティア兄さまのご親友で大事な人だから全力で助けること」と伝えられている。
この三人ともに中々にアクが強そうである。
正直、性格的に団体行動が難しそうだから、好き勝手している僕に押し付けてきたのではないかと邪推したりする。
いや、戦力としてみれば十分な実力を持つようなので僕を心配して付けてくれたと好意的に考えることにしよう。
「それにしても……彼の話は長いですなぁ」
「まぁ、これが初めてですから過剰にやる気になってるんでしょう」
「……暑い……日陰で休みたい」
三人それぞれに何か言っているのを僕はさりげなく聞き流して前で話を続けている男――ヴァンダム・ヒューイに目線を向ける。
彼がアリスが冒険者ギルドの初代マスターとして白羽の矢を立てた人物である。
齢は三十五。揉め事も多くなるだろうギルド長としては心もとない華奢さは、まさに管理職といった風貌である。
アリスとしてはそういった揉め事については別の者――彼の傍にいる二人の男がそれだ――に任せて彼の事務・折衝能力を買ったといったところだろう。
現に僕たちを除く冒険者になるために集った連中は、彼の抑揚を付けた話に聞き入っている。弁が立つのは確かだ。
単純に僕たちが彼の話の内容を事前に知っているからに他ならない。
「……冒険者のシステムについては詳細は配布した資料に記載してあります。
文字が読めない方については、冒険者になるためには最低限の読み書きが必要となりますので先ずは無償教育を受けていただくこととなります。
さて、冒険者になるためには十分な実力と知識が必要となります。これは力量不足の冒険者が無駄に殺されないための最低限のルールとなります。
もちろん十分な実力と知識があれば我々は大歓迎します」
最後の言葉で実力が無いと思っているのかと文句を言うために口を開きかけた男たちを止める。タイミングも絶妙だ。
「そしてこちらの試験に合格された方たちには、冒険者ランクとして『一』が与えられます。
以降はこちらが定めます条件をクリアするごとに『二』『三』と上昇し、より高難度かつ高報酬の依頼を受注可能となります」
冒険者ランクについては、本当はよくある『カッパー(銅)クラス』とか『シルバー(銀)クラス』みたいに格好良くして、ネームタグをちなんだ鉱石で作りたかった。
ただバルクスで取れる主な鉱石は銅・鉄・銀、ルーティント領の黒銀に僅かばかりの金。
オリハルコンとかミスリルとかヒヒイロカネみたいなファンタジーでよくある鉱石は無い。
あるのかもしれないけれどこの世界は銀至上主義のせいで銀製造に偏り過ぎて採掘技術や錬成技術がかなり低い。
ベルやメイリアたちの努力で技術力の向上は行われているけど、今のところ発見は神のみぞ知ると言ったところだ。
しかも鉄は、魔法を阻害するのだから使うことが出来ない。
ミスティアの花油を使えばそれは避けることは出来るけれど、これは最高軍事機密になるからおいそれとはいかない。
なので鉱石でランクを作ると『銅』『銀』『黒銀』『金』の四つだけになってしまうのである。
次点で考えたのは『D』『C』『B』『A』『S』といった文字によるランク制。
ところがこれはクリス達の受けが悪かった。
「ねぇ、『アーク』の次が何で『イルム』なの? ここは『スーン』でしょ?」
「いえ、その順であれば『キスケ』が順当かと」
この世界の言語には日本語の五十音順や『いろは歌』。ローマ字のアルファベットのように全国で統一されたものが無い。
正確には順番に沿ったものはあるのだが、それが地域によってバラバラなのだ。
ある場所では『あ行』からスタートするのに別の場所では『は行』からスタートしたり、『か行』の次が『た行』になるといった感じだ。
なにせ僕の家族内でも中央出身のクリスと地方出身のベルたちでは全く違うし、バルクス領内でも北方出身のアリスと南方出身のベルでさえ違っていたのだ。
もともとが読み書きできる人口比率も低いというのも原因だろう。しかも読み書きは親から習うのが慣例で地方色がもろに出てくる。
貴族学校でも最終的に王国語が全て読み書き出来れば良いという大雑把さである。
そういえば日本語を習っているとき、ベルが五十音やいろは歌に妙に感動していたなと思い出す。
無償学校を行うにあたり僕の提案で王国語文字を五十音順に近い形で一覧にしてバルクス内だけでも統一させようとしている。
なので無償教育世代となる少年少女たちは全員が統一認識だけれど親世代のクリス達ではそうはいかない。
ゲームや小説で慣れた僕とは違って、文字に並び順を付けるという事には違和感しかなかったようだ。
一方で数字の並び順は全国共通だ。しかも上のランクをいわば無限に増やすことも可能だ。
『S』の次は『SS』とか面倒くさいことを考えなくて済むわけである。
こうしてランク制は、僕の思いとは別に実に質素な数字で決定されたのであった。