■「新たなる試み1」
王国歴三百十五年九月五日。
バルクス辺境侯主都エルスリードの一角で真新しい建物の建設が完了した。
地上三階、地下一階の首都の中でも一際大きさが目立つその建物の前に広がる広場には、百数十人に上るだろう人影がある。
八割ほどは男性で筋骨隆々の者が圧倒的に多い。残り二割ほどの女性も半数ほどは鍛えていることがわかる、細マッチョといった感じである。
そして全体的に年齢層は二十歳前後のまさに働き盛りの者が多い。
その集団の中に、ユーイチ・トウドーことエルスティア・バルクス・シュタリアとユズカ・トウドーことユスティ・バルクス・シュタリアもいた。
その筋肉集団の中では二人ともに華奢な体躯で逆目立ちするが、その集団は特に二人を気にするでもない。
いや、自分より弱そうな見た目の二人に興味が無いと言った方が正しいであろう。
そんな彼らの前に建物の中から三人の男性が現れる。
彼らもまた一介の書生のような風貌で浮いているが、それを気にするものはいない。
三人の中の真ん中に立つ男性は、集まった者たちを一瞥した後、口を開く。
「我らが当主、エルスティア・バルクス・シュタリア様の応募にこれほど多くの者が参集したことに感謝を。
さて、応募を読んだ君たちならば理解しているだろうが、此度、ここエルスリードの地に新たに『冒険者ギルド』を立ち上げることとなった。
『傭兵ギルド』という言葉に聞き馴染みがあっても『冒険者ギルド』という言葉を初めて聞くものばかりだろう。
それは仕方がない。なぜならば当主様の号令の元、新たに立ち上げられたギルドであるからだ。
つまり君たちは新たなるギルドの先駆けメンバー候補として今ここにいるのだっ!」
その男の演説が徐々に熱を帯びるのに合わせて集まった男女たちからも熱を帯びた声が上がる。
それをエルは感心しながら聞いているのであった。
――――
「冒険者ギルド……ですか?」
話は二年ほど前に遡る。
当時、僕の子供を懐妊していたクリスとアリスにずっと疑問に思っていたこと――冒険者ギルドが存在しているのかどうかを尋ねていた。
「聞いたこともない言葉ね。アリスは知っているかしら?」
「いいえ、ギルドと聞いて思いつくのは傭兵ギルド・暗殺ギルド……言い換えれば商人連も商人ギルドと言えなくもないですね」
「なるほど、ギルドという考え方はあるけれど、冒険者ギルドというのは存在しないってことか」
「それってエルの前世には存在していたってこと?」
それに僕は頷きかけて……待てよ? と思う。
僕の脳内には冒険者ギルドという言葉は普通にあるけれど、それって小説や漫画、ゲームの中だけの話じゃなかったか? と。
確かに中世の時代、ギルドという組合は存在していた。
だがそれは、商人ギルドや肉屋・製パン・製鉄といった手工業ギルドである。
よく考えればそりゃそうだ。本当の中世時代にはゴブリンやオークといった魔物はいないのだ。
どちらかといえばコロンブスやマゼランといった地理上の発見者を冒険者といって、魔物と戦うための冒険者など居ようはずもない。
「うーん、ファンタジー上の話……かな?」
「なんで語尾が疑問形なのよ」
そう返す僕にクリスは苦笑いする。
「僕の前世では魔物とか魔法とか空想上のものだからね。でも小説ではありふれた設定だったんだよ」
「ふーん、それじゃその冒険者ギルドってのがどんなものなのか教えてもらえるかしら?」
聞いてきたクリスに僕は冒険者ギルドとは何か。というのを話す。
といっても存在意義やギルドカードやランク制のようなよくある制度などである。
作者によっては色々と凝った設定をしていたのもあるがとりあえず基礎的な部分だけだ。
「……なるほどね。確かに面白い話ではあるわね」
「そうですね。お話としては面白いですね。ですがこの世界に存在しないというのも理解できます」
「と、言うと?」
「まず、国家間を超えた大規模組織。そんな強大な組織を王国にしろ帝国にしろ認めるはずがありません」
「自分たちの軍より強力な武力組織なんて真っ先に潰す対象よね」
そう言われてみれば、なるほど確かにである。
この大陸の二大強国である王国にしろ帝国にしろ貴族制をとっている。
貴族たちが、平民たちにそれだけの強大な軍力・権力を認めるはずがない。平民は使ってなんぼなのだ。
「次に王国や帝国のトップにとって自身を脅かす対象は、魔物ではなく人である。です。
王国内で魔物対策に真剣なのは正直なところバルクスだけです。それ以外の貴族にとっては魔物の被害は自然災害と同じくらいの認識でしょう。
魔物の巣窟の『魔陵の大森林』からさらに遠い帝国ではさらに危機感は薄いでしょうから」
「なるほどね。だから傭兵ギルドや暗殺ギルドってことか」
傭兵ギルドも暗殺ギルドも、いわば対人を想定したギルドだ。
しかも国家間を超えるほどの大規模組織ではなく、大規模商人連の一部署といった感じでしかない。
ざっくり言うと商人連による『人材派遣サービス』といったところか?
なので戦争や暗殺稼業が無ければ、商人連内の物資輸送の護衛で生計を立てているものが殆どである。
「なるほどね。小説のように冒険者ギルドが大陸中にありますってのは絵空事なわけか。うーん存在したら使い勝手が良かったんだけどなぁ」
「エルはなんで冒険者ギルドが欲しいと思ったの?」
「僕としては南……魔陵の大森林もいずれは開拓したいと思っているんだ。
いや、厳密にいえば安全圏を拡張することはバルクスにとってもメリットだからね。
ついでに新しい資源や物資が見つかれば有難いけれどね」
現在は、ルード要塞から南へ三十キロのところまで監視網は構築が完了している。
予算をやりくりしながらもそこまで進捗できたことはアリスに感謝である。
それでもあくまでも監視網。いまだ人の安全圏とまではいっていない。今まで通りルード要塞以北が安全圏というのが現実である。
以南の地は名称こそ大森林であるが、実際には要塞付近の森を抜ければ大規模な平原が広がっている。
領主にとっては広大な平原は非常に価値ある存在だ。
しかもその地への足がかりが出来ているのはバルクス辺境侯のみ。
ライバルとなり得る東に位置するボーデ領に南への野心はない。(結局、逆侵略によってそれどころではなくなるわけだけど)
いつの時代も先駆者は、莫大な利益を上げることが出来る。
「けどさ、今のバルクスにそれをするだけの人が圧倒的に不足している。
確かに騎士団の数は他の貴族を圧倒している。けれどそのほとんどが領内の治安維持にリソースを取られているからなんだ」
バルクス辺境侯は、バルクス領とルーティント領の二領を領有しており騎士団数は九。
最大規模を誇る中央騎士団が十であることを考えれば、五指に入る軍事力を有している。
けれどその軍事力は殆どを領内の魔物討伐に充てられている。
勿論、そのために特例として辺境侯にそれだけの軍事力を持つことが許されているともいえるわけだけどね。
「とはいえ、実際問題バルクス領の七騎士団でだだっ広いバルクス領内全ての町村を守るのは物理的に不可能なわけだ。
なんせ大小四百位あるわけだし」
「つまりは、領内の町村の護衛任務をその冒険者ギルドに担ってもらって、騎士団は南方未開地の足固めに回したいってこと?」
「そう、もちろんそう簡単にはいかないってことも十分に分かっているよ。段階を踏んで委託していく感じで考えていたけど。無いものは仕方がないよねぇ」
そう返す僕の言葉に二人は考え込むのであった。