■「俺の壁を越えて行け3」
対エル戦用に生み出された不可視の小爆発を起こす魔法による攻撃を完全に防がれたブルーは、躊躇することなく自身の横の地面に刺していた槍と盾を手に取るとエルに向けて駆け出す。
この魔法は魔力の消費量が多い。後二回ほどでブルーの魔力は尽きるだろう。
エルに完璧に防がれた以上、以降は無駄打ちになってしまう。
であれば残りの魔力は別の魔法のために温存した方が堅実である。
(わかっていたことだが、やはりこの奇襲で落とせなかったのは厳しい!)
エルがこの程度で倒れないだろうと考えていたが、一番勝算があるだろう奇襲攻撃で倒したかったというのが本心である。
これ以降は時間と共に二人の勝算が絶望的に下がっていくだろうから……。
レッドもブルーと同様の判断をしたらしい、単純な近距離戦にするためにエルへと間合いを詰める。
そんな二人の足元にいくつもの魔方陣が展開される。
それはかつて二人を苦しめた魔法が展開されたことを意味する。
エルが中・近距離戦にて最も得意とする拘束系魔法である。
『直線型』『誘導型』『電撃型』をランダムに使ってくるその魔法は、回避をしなければならない相手の神経をすり減らせる。集中が必要な近接タイプにとっては鬼門ともいえる魔法である。
二人にとってもこの対応により精も根も尽き果てる形で敗北した苦い経験がある。
だが二人はそれにもかかわらず一直線にエルへと向かう。
二人に迫りくるチェーンバインドは……空気の壁にぶつかり霧散するのであった。
――――
「ほう、エルの得意技の対策はバッチリというわけか」
最大の鬼門と呼べるバインド魔法を退け、エルとの接近戦に突入したレッドとブルーを見ながらバインズは感心しながら笑う。
模擬戦で本来のエルが得意とする広範囲せん滅魔法が使えない以上、エルも取れる方法は限られている。
それを十分に理解した上でちゃんと対策を立ててきている。
「んで、これはクリス嬢ちゃんの差し金か?」
誰かから聞いたのか、この場に駆け付けたクリスの気配を感じたバインズは振り返ることなく問いかける。
未だ試合中なのだ。審判として目を離すことは出来ない。
「いいえ、私は少しだけアドバイスをしただけですよ。主導はむしろ」
クリスはそれ以上の言葉を続けないがバインズにはその続きが分かる。
「なるほど、で、嬢ちゃんたちはどっちを応援するんだ?」
バインズは、嬢ちゃんたち――クリスに一緒に連れてこられたのだろうアリシャとリリィの二人に問いかける。
それに二人は答えられない。バインズも催促することはない。
「にしてもさっきのは何だ? バインド魔法が空中で弾かれたみたいになったが?」
「簡単に言えば、アンチバインド魔法ってところですかね? バインド魔法の基礎となる魔法の鎖は、空気を圧縮して物質化してます。
その空気の気流変動に反応して直径五センチほどの極小エアシールドを展開する自動式魔法です」
「えらく使用場所が限定されるな」
「はい、それに自動式ですから常時魔力消費をしています。二人の魔力残量を考えれば後五分といったところですか?
エルがそれに気付くまでが勝負といったところですね」
そう言いながらクリスは、未だに善戦しているレッドとブルーへと視線を向ける。
いや、何とか善戦しているといった方が正しいだろう。
接近戦に持ち込めたとはいえ、二人は未だにエルが魔法を使えない状況に追い込めていないのだ。
それはエルと二人の実戦経験の差でもあるし、魔法と剣のどちらをより信用しているかという意識の差であろう。
現にエルは、近距離戦闘であるにも関わらず、剣は二人の攻撃をしのぐ手段程度に考え、詠唱時間ゼロで使うことが出来るウォーターアローで二人を翻弄している。
次第に二人の旗色が悪くなっていく。そんな中、突然訓練場に二つの声が響き渡る。
「ブルー! 頑張りなさいよっ!」
「レッド! 頑張って!」
それはエルにとって最愛の妹であるアリシャとリリィから発せられた声援であった。
――――
「二人が応援する相手に対峙する僕ってなんだか悪者みたいでちょっとへこむなぁ。まぁ、悪者は悪者らしく行きますかね」
僕はそう呟きながら近接戦闘を行いながら準備していた魔法を発動させる。
「っ! もらった!」
魔法の発動を開始したことで動きが止まった僕の隙を逃すことなくレッドが不可視の剣を振り下ろしてくる。
だが、その右腕はある程度の場所で突如として動かなくなる。いや、右腕だけではなく全身が動かせなくなる。
それはレッドだけではなくブルーも同様に防御姿勢のまま動くことが出来なくなったことに驚きの表情を見せる。
それはまるで蜘蛛の巣に捕らえられた二匹の蝶のよう。
「チェーンバインドの新規発展型。『スパイダー・ネット』と言ったところかな」
そう笑いながら僕は二人の首元に剣先を突き付ける。
「そこまで! 勝者、エルスティア」
審判役のバインズ先生が試合終了を宣言する声が高々と響き渡るのであった。
――
「負け……ました」
「完敗です」
僕の発動解除と共に自由になった二人は、そのまましゃがみこんだ姿勢で呟く。
バインズ先生の傍には、心配そうに見つめるアリィとリリィの姿も見える。
一方で僕に対してニコニコと笑いかけるクリスの姿もある。どうやら僕に最後まで悪者として振舞えという事らしい。
まったく、二人に言うのはもう少し先でドッキリ大作戦をするつもりだったのに……
……ま、たまには悪者になるのも悪くない。そう心の中でクリスに文句を言いながらもみるみる楽しくなってくる。
まぁ負けたんだからこれくらいの悪ふざけは許してもらう。
「さて、二人が勝ったらアリィとリリィの二人と付き合いたい……だったか?」
僕の言葉に二人は体をピクリとさせるも、負けたことでばつが悪いのか二人とも言葉を発しない。
ちらりと横目でアリィとリリィに視線を送るが二人ともに成り行きを見守っているようだ。
それを確認してから僕は最大限の悪者っぽい口調で口を開く。
「たかが平民が侯爵家の息女と結婚できるとでも思いあがったか?」
「あっ……」
その言葉に二人はさらに絶句する。
エスアリア王国の貴族の在り様は、『王国法』で厳格に決められている。
その中に貴族の女子は、貴族または王家の男子としか婚姻できない事が定められているのだ。
貴族家の男子であれば、『正室ではなく側室』『子息には原則継承権は認められない』という条件付きだが平民出の女子を妻とすることは出来る。
侯爵である僕と商人の娘で平民のアリスが結婚できたという実例もある。
それは、貴族家の存続。ひいては貴族家の安定が王国の利になるから認められているといってもよい。
貴族同士の結婚には事前交渉や準備にかなりの手間暇がかかるものだが、平民の娘であれば支度金のみで結婚式なんて通常はあり得ない。
つまりは、平民女子との子は簡単(安価)に準備できる危急時のスペアというわけである。
だが娘の場合は、平民との間に子をもうけたとしても王国にとって何の利にもならないのだ。
むしろ、貴族の血を引く直系ではない子供の存在は、平民たちに貴族を軽んじる風潮を抱かせると嫌悪するものが圧倒的に多い。
それは騎士団長であるレッドとブルーであっても平民であるという事は避けようもない事実。
例え僕に勝てていたとしても、僕が王国貴族の一員である以上、認められることはない。
僕に言われてようやくその法律のことを思い出したらしい二人は何もしゃべることが出来なくなる。
……ま、王国法なんて普段関わることが少ないのだから忘れていてもしょうがないともいえるだろう。
「たしかに二人の力量・性格・今後の期待であれば、安心してアリシャとリリィを任せることが出来ただろう。『貴族であれば』な」
そう言葉にしながらも二人を手放したくないという『シスコン』エルスティアが脳内でシュプレヒコールを上げているが、断腸の思いで無視をする。
僕はその言葉を聞いて肩を落とす二人に背を向けると最後に口を開く。
「自分たちの立場をわきまえて一層精進することだな。レディアンド・ラストン・バークス。ブルスティア・ハルク・レイガント」
「……えっ、それって……」
二人に新たに付く予定のミドルネームを告げると僕は訓練所の外に向かって歩き出す。
二人に向かって駆け出すアリィとリリィの姿にちょっと……いや、かなりの寂しさを感じながら。
「これも君が立てた作戦か何か?」
僕の後を付いてきた金髪青眼の愛すべき策略家に僕は言う。
「さぁ、どうかしら? まぁ、いいじゃない。四人が幸せになれるんだから。家族が増えるって素敵なことよ」
そう悪びれることもなくその策略家は笑顔で言うのであった。