■「俺の壁を越えて行け1」
七月になり、新緑の緑が濃くなってきたころ、僕のもとにレッドとブルーが訪れた。
赤牙騎士団と青壁騎士団の団長として奔走しているので、片方が報告とかで訪れることはあったが、こうして二人が同時に僕のところを訪れるのは珍しい。
「二人そろっては珍しいね。今日は非番だったっけ?」
「は、はい、本日はエルスティア様に折り入ってお願いしたいことがあり二人で参りました」
傍付きのカストーラに飲み物の準備をお願いした後、二人に椅子を勧めて僕は座る。
僕が座ったことを確認した二人も僕に一礼してから席に着く。ここら辺は二人ともに礼儀正しいところは変わらない。
「それで? お願いってのはなんだろ? 騎士団の拡充についてだったら今はクイやアリスたちを含めて検討中だからもう少し待ってもらえるかな?」
「い、いえ、本日は、その……プライベートの事でお伺いしておりまして……」
「ふむ、プライベートか。なんだろ?」
なにやら緊張したような二人を訝しみながら僕は二人に続きを促す。
「エルスティア様、我々と対戦をしていただけませんでしょうか?」
「対戦……というと模擬戦闘がしたいってことかな?」
「はい、以前のようにお願いできませんでしょうか?」
「以前のようにって言ってもあれって僕が九歳の頃だよ。あーそう考えるとものすごく懐かしいなぁ」
この世界は成人として認められる年齢が低いから精神年齢は早熟とはいえ、改めて考えてみると九歳でどれだけやんちゃだったのかと思い知らされる。
あれからもう十四年も経つのかと時の流れを思い知らされる。
と同時にレッドとブルーの現在の実力がどれほどなのかということも少し興味がわいてくる。
あの頃に比べれば当たり前だが僕にしろ二人にしろ肉体的にはかなり成長している。特に二人は騎士団長として日夜精練しているだろうから、武芸に関しては僕には勝ち目はないだろう。
ただ模擬戦闘が対魔術師も想定してある程度の距離から開始する。
二人が肉薄するまでは僕の方が魔法は上手だから圧倒的有利となる。それでも模擬戦をしたいというのだから打開策があるのかもしれない。
「そうだな。久しぶりに二人の実力も見たいし……今からでもいいかな?」
そう返す僕の言葉に二人は真剣な顔で頷くのだった。
――
「で、引っ張り出されるのが俺ってわけか」
「すいません、バインズ先生。審判をしていただくので一番信頼できるのが僕にとってはバインズ先生なわけで……」
訓練場に向かう途中で僕たちはバインズ先生のもとを訪ねて以前と同様に審判役をお願いした。
「まぁ軍令部長を辞任してから暇っちゃあ暇だから構わんさ。それにしても……レッドとブルーがエルに……ねぇ……」
なんだかんだで審判役を買って出てくれたバインズ先生は、そう言いながらレッドとプルーにニヤリと笑う。
何か思うところがあるんだろうか?
「だがどうする? 言っちゃ悪いが模擬戦で魔法ありならレッドとブルーの二人同時でも勝ち目は低いと思うが?」
「なんならハンデを……」
そう続けようとした僕の言葉をレッドが遮る。
「いえ、ただでさえ二対一なんです。これ以上のハンデは無しでお願いします。ハンデありでは意味がない」
後半の部分に力を込めながら言うレッドにブルーも真剣な顔で頷く。
「うーん、それじゃ二人が僕に勝ったら。一つずつお願いを聞くってのはどうかな? あ、もちろん常識と法律の範囲内でだよ」
僕の言葉に二人はさらに熱を帯びた視線を僕に向ける。……えっと二人にそのけはないよね? と少しだけ僕自身の体が不安になる。
僕のあほな心配をよそに二人は意を決したように口を開く。
レッドは言う。
「であれば、リリィ様とのお付き合いを認めていただけませんでしょうか!」
ブルーは言う。
「アリシャ様とお付き合いさせていただけますでしょうか!」
と。
――――
一世一代といってもいいほどの言葉を発したレッドとブルーは、前から膨れ上がったプレッシャーを肌で感じる。
エルの家臣になることができて以降、レッドとブルーは魔力増強と武術の訓練を一日も怠ることなく続けている。
残念ながら魔力量では、幼少のころから行っていたエル兄妹やクリス、ベルにはかなわない。
だが魔力量が少しずつ増えていく感覚や普段の騎士団としての経験を経て相手の魔力量が分かるようになってきた。
とはいってもなんとなくという感じなので相手が魔法を使おうとしていなければよくわからないという欠点はあるが……
それでも前――エルからあふれ出てきた莫大な魔力量は嫌でもわかる。いわゆる殺気というものに近い。
その圧倒的な魔力量に二人は一瞬心を折られそうになるが、気を取り直して自身を奮い立たたせる。
そう、エルがこうなることは最初から分かっていたじゃないか。と。
学生時代、一つの噂があった。
『アリシャ・バルクス・シュタリアとリリィ・バルクス・シュタリアのいずれかと付き合いたいのであれば、
まずは実兄であるエルスティア・バルクス・シュタリアに勝つ必要がある』
それは出所不明な信ぴょう性も低い噂――それでも普段のエルスティアという男を知るものたちは皆直感する。言いえて妙だと。
上級生や下級生を問わず美人として有名であったアリシャとリリィに恋愛感情を抱くものは多くいたが、この噂は二人にとってはプラスになる。
なんせエルスティアの『アストロフォン殺し』という異名と意味は全学生が知っている。そんな男に挑むだけの度胸があるやつはほぼいなかった。
そのおかげでアリシャとリリィが全ての告白を断るという手間が省けたのだ。
レッドとブルーに関してもそこら辺の輩と比べて、雇い主のエルとの接触が多いのだから相対的にアリシャとリリィと接触する機会が増える。
二人ともに美人なのだから年下ながら好意は少なからずはあったが、学生時代は一種の憧れレベルであったといえるだろう。
バルクスに来てからも二人の農作業の手伝いや訓練を見学に来たりとで交流していたが、確実に恋愛感情を認識したのは昨年のレーゲンアーペ捕獲作戦の時だ。
団長としての初陣ともいえる作戦でレッドとブルーは二人に無様な姿を見せた。
それでもアリシャとリリィは言ったのだ。『次こそは私たちを守って』と。
男という生き物は単純なものである、好意を抱く相手に応援されれば普段以上の力が出る。あれ以降二人は、今まで以上に鍛錬を積んだ。
そして今まで一かけらもエルに勝てるという自信が湧いてこなかった二人にほんの少しだけの光明が見えたからこそ、こうしてエルに対峙したのである。
アリシャとリリィは今年で十九歳。男性貴族であればそこまで慌てる年齢ではないが、女性である二人にとっては結婚適齢期を迎えたとも言える。
残念ながら貴族社会における女性というものは、家同士を結び付けるための道具。恋愛結婚なんて場合によっては恋愛小説になるほどに少ない。
二人を溺愛しているエルであっても二人の嫁ぎ先を考え出す日もそう遠くはないだろう。
つまりはレッドとブルーにとってもアリシャとリリィとの付き合いをエルに認めてもらう数少ないチャンスであった。
「やれやれ、僕は難聴主人公のように聞こえなかったていにすることができないんだけどなぁ」
エルから発せられた言葉はレッドとブルーには理解できない。それでもプレッシャーと同様にエルの雰囲気が変わったことを理解する。
恐らくエルも本気で向かってくるはずだと。
その中で苦笑いとともにバインズは右手を振り上げる。
「それでは、エル対レッドとブルーの模擬戦を行う。双方、自身の持てる力を存分に発揮せよ。始め!」
言葉とともにバインズの右手が振り下ろされるのであった。