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●「マリーのお願い4」

「ちょっと、エルには可哀そうなことしちゃったかしら?」

「ですね。本当はこういった忙しいことから解放されたいってのも少なからず思っていたでしょうから」


 執務官のイシュタールのもとへと向かうエルを見送りながらクリスとアリスは苦笑いする。

 エルが当主になってから八年間。ほぼ休みなく働いていることを二人とも十分に知っているからだ。

 エルにとっては、今の状態は久しぶりにゆっくりとする事も考えていただろうから。

 

 そんな二人にマリーは真剣な顔で口を開く。


「クリスお姉さま、一つお願いがあるんだけど……」

「まぁ、マリーからのお願いなら全力で頑張るわよ」


 そう返すクリスにマリーは少しほっとしたように微笑むと、再び顔を引き締める。


「本格的に始める前にある魔法を作りたいんです。そのお手伝いをしてもらえませんか?」

「あら? どんな魔法かしら?」

「……魔法回路を破壊する魔法……です」

「……なるほど、ね。ふふ、さすがに大好きなエルの前では言いにくかったわよね」


 マリーの答えにクリスは微笑みながら目を細める。その表情は権謀術数の世界で生きてきた顔である。


「すみません。魔法回路というのは何なのでしょうか? 私は魔法には疎いもので……」


 会話を聞いていたアリスが二人に訪ねてくる。

 わからないことがあれば、執務長官のプライドを気にせず真摯に聞いてくるアリスの姿勢にクリスは改めて好感を抱き微笑む。


「知らなくてもしょうがないわ。この言葉が載っていたのは……たしか……」

「お兄様のメモの中ですね。おそらくお兄様の造語かと。

 簡単に言えば魔法を発動させる際、体内にある魔力だまりからこの回路を通って発動するのでは? という仮説です」


「エルの考えでは優秀な魔術師になるには大量の魔力だまりと太い魔法回路の二つが少なくとも必要なんじゃないかってことなの。

 聞いたことはない? 魔力量は多いはずなのに下級魔法しか使えないことがあるって」

 

 かつて長時間にわたり魔法を使用できるが使えた魔法はファイアーボールやウォーターボールといった低級魔法のみという魔術師がいたという話はアリスも聞いたことがある。

 だが、その魔術師も戦場においては一般兵にとっては脅威以外の何物でもない。

 それはそうだろう、いつ止むともわからないファイアーボールが自分たちに迫ってくるのだ。魔法に対する防御手段に乏しい民兵にとっては悪夢でしかない。

 その魔術師は、魔術歴史書に『エンドレスマジシャン』の異名で掲載されるほどに有名だ。

 

「……つまりそういった人は、魔力だまりは大きいけれど、その魔法回路が細い……ということでしょうか?」

「推論ではそうなるわね」


 クリスの答えにアリスは少し考えこむ。

 

「話は分かりました。ですがその魔法回路を破壊するというのは?」

「破壊というのは穏やかじゃないけれど。そうねぇ、実際には魔力伝達を阻害する魔法を常時発動させるイメージに近いかしら」

「はい、理想的には孤児全員が善良ならば問題ありませんが、現実的には……」


「そうね。少なからず魔法を悪用する可能性があるわね。もしくは悪意ある第三者に騙されてってことも。

 特に分別がつかない幼少期から強大な力を持つことはあまりに怖いから」

「ですのでこのまま魔法を使わせ続けるのは難しいと判断した場合、魔法回路を阻害してその力を使えないようにすることも考えなければいけないです」

「さすがに性格が悪いからって命を奪うわけにもいかないものね」


 そうクリスは笑う。

 だがその言葉が逆にそれを行わなければいけないだけの重要なことであることを意味している。

 それはそうだろう、強力な魔法を使える性格難の人間をそのまま放逐するのは、野に獣を放つと同義だからだ。

 『汚物は消毒だ』というのもあながち笑い事ではないのである。


 もしマリーが考えている魔法が完成しなければ、それも視野に入ってくる。

 普段温厚なクリスやアリスでもリスクを回避するためには幾らでもシビアにも冷酷にもなる。

 いや、それが出来なければ為政者にはなれないのだから。


「なるほど、それであればエルスに聞かれたくなかったというのは理解できますね」


 そう微笑みながらアリスはマリーの頭を優しくなでる。


「エルもマリーの意見に難色は示さないだろうけど……ふふ、マリーは何時までもエルにとっては優しい子でいたいわよね」


 そう返すクリスの言葉にマリーは恥ずかしそうに俯く。


 シュタリア兄妹の中で最も貴族として不向きなのは、エルだろうとクリスは考えている。

 それは恐らく、前世の記憶が大きく影響しているだろう。


 二十三年間この世界に暮らしているとはいえ、未だに民主主義という貴族とは無縁だったころの影響が思考にでやすい。

 さらに言えばバルクスが辺境ゆえに貴族社会からほぼ隔絶しているから、経験値が多い前世の思考が強くなるのも仕方ないといえるだろう。

 ここ最近、ようやくバルクス辺境侯内の爵位叙勲を通して貴族的な思考が出来るようになってきたが、まだよちよち歩きの子供レベルである。


 それに比べれば他の兄妹たちは、貴族至上主義には毒されてはいないが、それでも貴族的思考で判断することが多い。

 つまりはバルクス辺境侯を守るためであれば、ためらうことなく領民を切り捨てる事が出来るだろう。

 クリスやアリスから見れば、シュタリア家は全員が他の貴族に比べれば領民に十分甘いといえるが……。


 そして自分が貴族的思考が苦手であることをエルも十分に自覚しているから、マリーからこういった意見が出ても別にマリーの評価が変わることなどないだろう。


 それはマリーも理解しているが、それでも感情的に躊躇してしまう。

 敬愛する兄に嫌われたくないという子供的な感情が優先される。


 クイのことをからかっていたマリーを含めてなんだかんだでエルの弟妹達は全員同じような発想なのだ。

 だが裏を返せば、エルを裏切ることのない血族という強力なカードである。


 エルの妻でありバルクス辺境侯の執務を取り仕切るクリスやアリスにとってはこれほど信頼できるカードは無い。


 これは母親であるエリザベートの教育の賜物であろうとクリスは考えている。

 幼少期の自分では分からなかったが、今では義理の母親の深慮遠謀を思い知らされるばかりである。


 もちろん子孫たちが同じとは限らないから、クリス達も布石は打つつもりだが、流石に数百年後の責任まではとれはしない。

 せいぜいエル含めて三代程度を盤石な体制にできれば万々歳なのだ。


(当面の間、後継者争いに頭を悩ませなくていいし、可愛いし、最高の義弟妹達よねぇ)


 未だに恥ずかしそうに俯いているマリーを見ながらクリスは胸中でつぶやく。

 周りが敵かもしれない――実際殺されかけた――という環境で生きてきたクリスにとっては恐ろしく恵まれた環境だ。


「まぁ、マリーのエルに対する好きっぷりも分かったことだし。私も一肌脱ぎますかね」


 そうクリスはマリーに微笑みかけるのであった。


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