■「北の動乱1」
王国歴三百十三年七月二日
バルクス辺境候主都エルスリードにある知らせがもたらされた。
「ビストンク伯のイザークから知らせ?」
「はい、帝国である動きあり。とのことです」
ビストンク伯は王国の北方に位置し、三つ存在する帝国との回廊の中でもっとも人の往来が多い玄関口である。
そして情報収集のため執務官として就職したイザークから連絡がもたらされたのである。
「……すまないけれど、バインズ先生、アリス、リスティ、それからクリスを呼んできてくれるかな?」
「かしこまりました」
知らせを告げにきた伝令は横に控えていた部下に指示をする。
その指示に従って部下は部屋を出て行く。
こういった話は政治と軍事のトップと王国と帝国の状況に詳しいだろうクリスも含めて話したほうがいいだろう。
「ところでイザークは達者にしているかい?」
「はい、ですがやはりバルクスとは違って執務官同士が足の引っ張り合いをしているようです」
「ま、どこでも出世合戦だろうからね」
執務官は給料が良い。それは今までも説明してきた通りだ。
それでも下っ端の執務官とトップの執務長官であれば給料は少なくとも五割は違ってくるだろう。
勿論それに伴う責任は増加するわけだが。
元々執務官の数が少なかったバルクスでは、前執務長官であったベイカーさんを筆頭に根本的な見直しが容易に出来たことで対立が少ない環境を作り出すことができた。
なんせ女性初の執務長官であるアリスの下、手足がごとく働く執務官の要職クラスがアリスの才能を高く評価する者で固められている。
要職クラスがそんな状況なのだ、下っ端の執務官が女性差別をすることなんて出来るわけがない。
さらに言い方は悪いが僕の側室となったことで社会的な地位も固められたと言えるだろう。
もちろんアリスがその権力を乱用することは無いからこその体制ではあるのだけれど。
「おまたせしました。エルス、お呼びになったとのことですが?」
アリスがまずはやってきて、少し遅れる形でバインズ先生、リスティ、クリスもやってくる。
すかさず僕は身重の三人にゆったりと座れる椅子を勧める。
六人が同時に妊娠したので執務室と応接室には特注の椅子が準備されているのだ。
「うん、帝国で何か動きがあったと言うことだから皆の意見を聞こうと思ってね」
僕の言葉に皆が息を呑むのを感じる。これまで入ってこなかった帝国の情報。それが何を意味するかを見極めようとしているのだ。
僕は、伝令に話すように合図をする。
「およそ十ヶ月前の王国歴三百十二年九月十五日に帝国の北西端ガゼル地方において反乱が勃発したとのことです」
「反乱……」
十ヶ月前の出来事が今更かよと思うかもしれないが、むしろこの世界ではたった十ヶ月で他国の情報を手に入れることが出来た。なのだ。
なんせバルクス領と帝国の領境ですら王国内の南北の両端に位置している。
馬車で行けば四ヶ月、伝令であれば三か月半は掛かるほどの道のりなのだ。
さらに、ガゼル地方というところはどうやら王国と同程度の広さを誇る帝国内でも北西端に位置しているらしい。
しかも情報が国内反乱、つまりは帝国にとっての恥。ゆえに本来情報統制がもっとも厳しい情報。
中央であれば情報を得ている可能性はあるが、一地方のバルクスであれば本来はさらに数年……いや、そもそも情報も来ない可能性のほうが高い。
ここにきて、アリスが事前に打っておいた布石が意味を成してきたことになる。
「しかしガゼル地方と言うのは帝国内でも辺境。想像で語るのは早計だが帝国中央にとっては然したる問題ではないんじゃないか?」
バインズ先生が伝令に疑問を呈する。
「はい、当初帝国内でも些細な事、春が終わる頃には終わるだろうと考えていたようです」
帝国は北方に位置する分、冬が長く厳しい。九月に勃発したということは、冬間近を意味するので実際に帝国中央が本格的な行動を開始したのは今年の三月後半頃からだろう。
「反乱軍の勢力を三千程と読んでいた帝国軍は反乱討伐軍として五万を動員したようです」
「ははっ、反乱軍に十六倍の軍勢とは豪気なもんだな」
「それだけ、反乱軍を歴史の汚点と考えたのでしょうね。戦力の逐次投入という愚を犯してないのだもの」
バインズ先生の言葉にクリスが口を開く。
たしかに普通に考えれば反乱軍の想定三千に五万の軍というのはやりすぎだろう。
「ひとつの可能性なのですが……」
「可能性ってのは何、リスティ」
「帝国にとってその反乱軍はあまり長引かせたくはないのではないかと」
「というと?」
「エル、貴方が帝国であれば三千の反乱軍に対してどれくらいの兵を動員しますか?」
「うーん、反乱軍が篭城する可能性があるから……『篭城には十倍を持ってあたれ』って戦訓もあるから三万かな。
実際にはこちらには大砲があるから同等でも問題ないだろうけど」
城壁の存在意義を破壊する大砲と言う存在は大きい、城壁さえ何とかできれば後は平地での戦闘と等しくなる。
となると兵装の差からこちらとしては同数でも圧勝できるだろう。
ま、バルクスと帝国では状況が違うけどね。
「そうですね。こちらが十分に兵力を集められるのであれば三万で十分な戦果が上げられると思います。
それ以上は、補給の観点から言っても過多といえるでしょう」
「なるほど、普通に考えるより二万も多いってことか」
「もちろん有史以来、十倍の敵を破ったという名将が存在したということも事実ですから念には念を入れたという可能性もあります。
ですが、今回の動員は絶対に負けないため……に感じるのです。
……すみません、貴方の知っている限りで構わないのですが、現皇帝について性格や血族の構成について教えてもらえますか?」
リスティは、なにか引っかかりを感じたのか伝令に皇帝の情報を聞き始める。
「私の知っている限りで?」
「ええ、問題ありません」
「皇帝の名前は、第八代レイモンド・ブロッケン・オーベル。在位二十二年となります。
性格は野心家として知られる……程度の情報しかありません。
子供は男子三名、女子六名が正式公表されております」
正式公表というのは、皇位継承権を認められている子女の事。つまり皇位継承権外にも子供がいる可能性はあるのだ。
リスティの質問に答える形で伝令が語る内容をリスティだけではなく、アリスやクリスも神妙な面持ちで聞いている。
「兄妹の存在は?」
「弟が一人と妹が四人。いずれもどこかの地方の領主となっているようです」
「兄……つまり現皇帝より皇位継承権が高かったものが居たということは?」
「…………あぁ、確か兄が一人いたというのは聞いたことがあります。
ただ、皇太子時代に家臣の反乱か何かで殺されたという噂がありました」
「その方に子息は?」
「すみません、そこまでは」
「そうですか、ありがとうございます。すみませんが戻った際にイザークさんにそのあたりの情報収集をお願いしても?」
「かしこまりました。イザーク様にお伝えします」
「すみません、よろしくお願いします」
ある程度聞きたい事を聞けたのか、リスティが情報を整理する時の癖である右手の人差し指を額に当てながら熟考に入る。
「リスティが気にしていたこと、なんとなく理解できたわね」
「ええ、そうですね。あくまでも想像の範囲を越えはしませんが」
アリスとクリスも何かに納得したように頷く。
「あのぉ、出来れば私めにも教えてもらえませんでしょうか? なんとなくは予想は出来てはいるけれどさ」
「エルの予想は?」
僕の言葉にクリスが問いかけてくる。
「その反乱軍を率いているのが殺されたと言われる兄、もしくはその子供ってことかな?」
「私も同意見よ。アリスも?」
「はい、同じです。恐らくただの反乱ではなく皇位継承権を巡っての争いに変わるかもしれませんね」
アリスもそう返してくるのだった。
いつも読んでいただき有難うございます。
筆者のモチベーションになりますのでブックマーク・評価登録をお願いします。
皆さまの思うがままに評価していただければ発奮材料になります。