■「特産品を作ろう1」
「特産品……でございますか」
「うん、特産品」
「特産品……」
僕の言葉に、目の前に座る男は困惑気味に同じ言葉を繰り返した。
四月十日。僕が病床に伏せたと発表されてから四日ほど経っている。
まぁ、目の前の男も病であるはずの本人がピンピンしてお茶を飲んでいるんだから困惑もするだろう。
「えっと、エルスティア様……」
「困るなぁ。ピスト義父さん。エルスティア様は今は病気で寝込んでいるんだから。
ここにいるのは流浪の民、ユーイチ・トウドーだから」
「はぁ……」
僕の返しに男――ピスト・ローデンは曖昧に返してくる。
「エルス、急にそういう事にしても父様も混乱するわよ。それにあなたも義父さんって言っているし」
そんな二人の会話に軽くため息を吐きながらアリスは言う。
ここは、主都エルスリードにあるローデン商会の本店二階にある店主の部屋。
そこに僕とアリス、そして僕が病気ということで暇になった護衛役であるユスティの三人でお忍びで訪ねたのだ。
当初の予定通り、ただの平民、ユーイチ・トウドーとして行動を開始した僕であったが、流石に一人では……という皆の意見もありユスティが妻役(いや、実際に妻だけどね)で移民してきた夫婦という設定となっていた。
とはいえ、主都では僕の顔が割れているので、外を歩く際には認識齟齬魔法で人の認識に残らないようにしている。
この魔法はなかなかに優れモノで、確かに顔を見ているのだけれど、認知が阻害されて顔を思い出そうとするとよく思い出せない。そんな幻覚系の魔法になる。
なのでここまで堂々と徒歩できたけれど、誰一人として僕たちを気にした人はいなかった。
まさに通行人A・B・Cである。
「……なるほど。クイ様とクリス様に執務を代行していただいている間に、エルスティア様は別の行動をしている。
そういうことですか」
「ええ、どうしても領主である僕主体で何かをやるとすると責任論になってしまいますからね」
それから数分にかけてアリスから状況を聞いたピストさんは合点がいったと頷く。
「ということは、こちらにいらしたのはその『何か』というのを……あぁ、なるほどそれで特産品ということですな」
「うん、そういうこと」
「ですが、商人連を通さずにローデン商会だけで進めてもよろしいので?」
商人連とは、名前の通り商人たちの連合で、各貴族領にそれぞれの商人連が存在し、お互いに助け合ったりけん制し合ったりしている。
ピストさんもバルクス領とルーティント領に展開する商人連『バルクス商人連合』の代表の一人でもある。
これまで僕が開発したものや生産した野菜の販売権利を売却する際には、商人連を通している。
その販売権利を元に他領でもかなりの売上を上げているようで今やバルクス商人連合は王国内でも有数の資本を持っているといわれるほどである。
もちろんその儲けは税金として僕にも還元されているのでウィンウィンの関係でもある。
「僕……辺境侯としては、ローデン家に力をつけてもらわないと困るんだよ」
「力……ですか?」
「そう、少なくとも子爵位に封じられるのに相当するだけの資金力をね」
「子爵位ですと……」
「厳しいことを言ってしまえば、対外的に見た場合、家中においてローデン家はあまりにも脆弱なんだよ」
「いやはや、返す言葉もありませんな」
僕の言葉にピストさんは笑う。恐らく彼自身も気にしていたのであろう。
何度も言うが、バルクスの家臣団の中でローデン家の末娘であるアリスを軽視するものはいないだろう。
財政、内務を一手に取り仕切る執務長官であるアリスがくしゃみをしたら、バルクス辺境侯全土がくしゃみをするといっても嘘ではない。
ただし今後、対外政策が増えた場合、それに甘んじているわけにはいかない。
今回のファウント公爵との会談でアリスの言葉を重んじてくれたのは、ファウント公爵と彼が信頼を置く優秀な人材だったからに過ぎない。
貴族社会は、僕がそれをどう思っているかに関わらず、最終的には家柄・貴族位がものをいう。
平民であるアリスが側室とはいえ、侯爵位の僕に嫁ぐことができたのは、単純にバルクスが中央から遠い辺境で、領民や数少ない貴族たちが中央の貴族風習に疎かったこと。
そして異を唱えてくる可能性が高い分家がほぼなかったという偶然の産物でしかない。
だからといってアリスが僕の妻になったからとすぐさまローデン家を男爵位に封じるのは難しい。
功績はあくまでもアリス本人のもので、ローデン家の当主であるピストさんが上げてはいないからだ。
ベルのメル家が男爵位になれたのは、当主となったファンナさんがその時点で中央の騎士号を持っていて、母さんだからこそできた荒業である。
元々のバルクス家の男爵位は四家。主要都市の領主であるイカレス家、アウトリア家、ピンラン家。そしてローグン従伯父上のユピテル家である。
ユピテル家はともかく、その他の三家は過去にそれぞれの都市を開拓した当主の子孫でその自負が強い。
そこにアリスの家だからといってローデン家を男爵位にすれば反感を買う可能性が少なからずある。
三家の本家とは、良好な関係ではあるが、彼らも彼らの分家の意見を封殺することは出来ないからだ。
辺境侯になった僕は、伯爵位として『バルクス伯』『ルーティント伯』を、子爵位として十個。男爵位として二十個を有している。
ただしこれは、王国が認められた数というだけで、子爵・男爵については、領主の裁量に任されていたりもする。
というのも開拓により新たな町村が増えると、認められた数では管理が破綻するためだ。
もちろんだからといって分不相応な爵位の乱発は、管理が混乱するので首を絞めることになる。
基本的に男爵家は領地無し、もしくは町村一つが領地となり、子爵家は複数の町村を領地とする。
そういった意味では、バルクス家の四男爵家は、主要都市とその一帯の町村を任されていたので子爵相当の領地持ちと特殊といえる。
だが現在はバルクス領に男爵五家。ルーティント領に男爵四家の合計九個しか創設できていないのだ。
これは、ルーティントとの戦争やそれ以外の出来事の対応で後回しにしていたからなのだけれど、あまり領主が未創設の貴族位を持ちすぎているのも問題ともいえる。
未創設の領地は直領を意味していて、領主が力を持ちすぎるからである。
実際にバルクス辺境侯領内の資産の七割を領主である僕が保持しているのだ。
辺境侯領は、この八年間の農業・商業両面からの開発によりかなりの開拓が進んでいた。
資金が少しずつ潤沢になったことで開拓スピードはかなり速くなっている。
三年前までは新規開拓地は七か所であったが、今では二十六か所まで激増している。
そして今回のボーデ領への魔物襲撃による流民の八割が辺境侯領への移住を希望している。
魔物の襲撃が多いといわれているバルクス領が実はルード要塞のおかげで比較的安定していて、安全だと思っていたボーデ領の脆弱性を見せつけられたことが大きな理由だろう。
もしこのことでボーデ伯から人口流出だと苦情が来たところで知ったことではない、自分たちに領民を保護する能力がなかった。それだけなのだから。
なので彼らの受け入れのためにさらに新規町村が増える予定となっている。
一方で町村の数は、三年前が四百二十八か所であったが、現在は三百十一か所と減少している。
これは小規模な町村をまとめて中・大規模な町へと整理を行っているからだ。
僕としては、住み慣れた場所から領主命令で移動となるのでそれなりの反発も覚悟していたけれど、それは肩透かしなほどに無かった。
父さんや母さんに聞いたところ、元々、バルクス領民は魔物の襲撃により壊滅することを避けるためいつでも居住を移動できるように生活することが当たり前という考えらしい。
なんともたくましいことである。
ルーティント領についても、前の圧政により居住を転々としていた者が圧倒的で、生活がよりよくなるのであれば文句は出ない。
逆に彼らからすると数十人規模の村では、適当な結婚相手に苦労するので、婚活を考えると中・大規模な町の方が助かるらしい。
ふと僕は、前世のテレビでやっていた過疎化の進んだ場所でのお見合い大作戦を思い出したりもした。
「だからさ、ローデン家に特産品を開発してもらって、その資金力で貴族位になってもらうことにしたのさ」
そう、僕はローデンに返すのであった。