■「当主代理2」
「なるほど、ですがよろしいのですか?」
僕の肯定を聞いたクイは、先ほどまでと少し声色を変えて僕に尋ねてくる。
「この王国でいま最も問題となっていること。それが片田舎だからといって起こらない可能性はないのですよ?」
その言葉にその場にいた執務官――この場での会話を口外しないだろうと信頼おける数人だ――から少しざわめきが起こる。
クイが言っている王国でいま最も問題になっているというのは、言うまでもなく後継者争いのことだ。
バルクス辺境侯の継承権第一位は、僕と正妻であるクリスとの間に生まれた長男アルフレッドだ。
ちなみに僕の場合、アルフレッドが産まれた後にベルたち側室と結婚したので特に問題にはならなかったけれど、基本的には正室との間に男子が産まれる。もしくは正室に見込みがないと判断されるまでは側室との間に子供をもうけることは、後の家督争いとなるためタブーとされている。
その中で当主代理を継承権第四位のクイに任せる。それは今であれば問題にはならない。
けれど将来的にクイに男子が産まれた時、禍根となりうるということだ。
我が最愛の子に家督を譲るために本筋の子を亡き者にする。そんな泥臭い出来事は貴族社会では普通にある。
それほどまでに当主という座は垂涎の地位なのだから。
当主代理とはつまり領内の軍権も握ることを意味する。その軍を用いてクーデターを起こす。
そして、軍が動いたのは自分の与り知らぬこと。けれどその責を取って継承権を辞退する。
けれど直系男子が全員死亡しているので、自動的に継承権は我が息子へ、後は裏から操れば……。
過去の歴史においても少なからず発生した例があるのだ。しかも成功率もそこまで低くない。
それを防ぐために当主代理という地位は、次男。つまりは長男の直系男子が途切れた際の次の継承者に任せることはない。
三男以降または、長女の婿のように継承権が低いものに任せるのだ。
それを全て分かった上でクイは警告してきたのだ。
だから僕はこう返す。
「うん、まぁクイがそれがいいと思うんだったらそれもいいんじゃないかな?」
「えっ?」
「僕の息子たちがどうしようもないボンクラばっかりだったらクイに家督を譲るのも悪くないかもね」
実際には『ギフト』によって子供は両親の長所を濃く受け継いでいるだろうから教育さえ失敗しなければあり得ない。
それでも僕の正直な気持ちではクイが跡を継ぐという選択肢も無くはない。
中央からの話ではクイは貴族学校でもトップクラスの成績を取っていた。
もちろん学校の成績だけが全てではないけれどクイの才能は僕も十分に認めるところである。
少なくとも僕の息子に跡を継がせた後、王国の了承をもらって伯爵――今であればルーティント伯に封じるつもりではある。
そんな僕の返しに、アリシャやリリィたちがくすくすと笑いだす。
「クイが自分の子供に跡を継がせるために、兄さんと甥っ子たちを殺す?
あの兄さん好き好きのクイが? ハハハ、想像もできないよ」
「本当ですね。帰ってきて早々に甥っ子たちの成長を見に行ったクイがそんな事するなんて、夜に太陽が昇るくらいあり得ませんね」
「クイ兄さんもさ、そうやって悪びれるんだったら、普段からお兄様への尊敬オーラを出さないようにしないと。
かまってほしい気持ちはわからなくもないけどね」
そう返す姉二人と双子の妹に、クイは年相応に顔を赤くする。
妹達の言葉やクイの反応に執務官たちの緊張も和らぐ。
「だってさ、兄さんの僕への信頼は言葉にできないくらい嬉しいよ。けど一般的にそういった危険性があることは忘れて欲しくはないんだよ」
「うんうん、そうやって心配してくれる弟がいること。僕はとっても嬉しいよ」
そう返す僕にクイはますます顔を赤くする。
こういったところを見ると、やっぱり才能はあってもまだ十五歳の少年だなぁと感じる。
この空気を変えようとか、クイは一つ咳払いをする。
「クイ・バルクス・シュタリア。エルスティア様の希望に応えるべくその任、ありがたく受けさせていただきます」
と頭を下げながら返すのであった。
――――
「それで、僕が兄さんの代わりに当主を務めておくとして、何をされる予定なんですか?」
クイへの話を行った後、マリーへの話はまた明日。ということで僕たちは家族水入らずで食事をしていた。
その中でクイが僕に尋ねてきたのである。
「そうだな。とりあえずはここの所忙しかったから、クリスたちとのんびりしたいってのがあるかな」
中央を含めた動乱ゆえに正直忙しくて、夫婦生活がすこし後回しになっているというのは事実だ。
皆に子供が産まれたこともあって少しご無沙汰だったりもする。
とはいえ、僕も二十三歳。精神的には少しは落ち着いたとはいえあっちの方はやりたい盛りなのだ。
もちろん、メイドたちに全力涙目で訴えられたので家族計画は計画的に考えてはいるけれどね。
僕の子供は男の子三人、女の子四人の計七人。
前世であれば大家族といっても過言ではないだろうけれど、侯爵家としてはこれでもやや少ない方である。
それに僕の場合、分家があまりに少ないというのは、クリスやアリスからも指摘を受けている。
なんてったって分家がローグン従伯父上のユピテル家しかないのだ。
僕の代では仕方ないとしても、順調にいけば跡を継ぐことになるアルフレッド。さらにその子供の頃には分家が少なくとも十家は欲しいといわれている。
分家は言い方は悪いかもしれないけれど本家に何かあった時のスペアとして重要な役割を果たす。
これまではバルクスの地理上当主の親族も戦死率が高かったのだが、僕の代からは改めて正常化していく必要があるのだ。
「それからバルクスの経済基盤強化のために特産品を開発したいってのもある」
「特産品ですか?」
「アリィやリリィのおかげで外的商品は増えたけどね。結局今のところは『原材料』でしかないんだよ」
今年で四年目を迎えることになる農試での農作物作成のおかげで、かなりの農作物が流通するようになっていた。
特にジャガイモやサツマイモといったイモ類は、その腹持ちの良さなどから貧しい農民たちの新たなる主食としてバルクス領では根付きつつある。
今は物珍しさもあって対外貿易としては比較的高価でやり取りされているけれど、いずれは安定価格に推移していくだろう。
それはバルクスにとっては経済的な先細りとなる。もちろん新たな野菜や果物を逐次投入していくことも当面の間は可能であるがいずれはジリ貧になる。
なので僕としては、少なくとも二次製品。できれば三次製品を新たに開発することで経済の拡大を図りたいのだ。
三次製品は、例えば綿花(原材料)の加工品である綿糸(一次製品)を加工してできる布帛(二次製品)をさらに加工した衣料品といった感じだ。
「バルクスの強みは、他の貴族領にはない原材料のバリエーションの豊富さだからね。生かさない手はない。
だけどこれを当主である僕主体で始めるとどうしても成功失敗問題が発生しちゃうからね」
特産品なんて作って試してなんぼだ。もちろん成功することが重要だけれど成功失敗にこだわり過ぎると目新しいアイデアの種をつぶしかねない。
なので僕個人として始めたいのだ。
「農作物から作ることが出来る加工品の目途はあるけれど、最終的にその『味』を知ってるのは僕だけだからね」
そう言いながら僕は自分の舌を指さす。
クリスやベルを筆頭に前世の書物を読める人はいる。そしてその書物の中には、加工品の作り方を詳しくまとめた本も大量にある。
けれど彼女たちには知識はあるけれど経験がない。つまり正解がわからないのだ。
一方、僕には三十年近く地球で過ごしたという経験がある。それを生かせるのだ。
……なーんて、かっこいいことを言ってみたけれど、正直なところを言うと醤油や味噌といったこれぞ日本という味が恋しくなっているってのが本音だったりするんだけどね。
地球の農作物が少しずつではあるけれど安定して作れるようになってきたからこそ始めることにしたのだ。
「うんうん、他にもやりたいことが沢山だからさ。楽しみにしていてよ」
そうウキウキと返す僕に、皆は苦笑いするのだった。