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■「失われたもの、補う思い」

「おぅ、エル。わざわざ来てもらって悪いな」

「いいえ、会うことが出来て安心しました。バインズ先生」


 御大との無言の対面後、僕はベルと共にバインズ先生のもとを訪れた。


「ま、とはいえ、こんな状況だがな」


 そうバインズ先生は笑うと、左腕を上げる。いや、元左腕をといったほうがいいだろう。

 バインズ先生の左腕は肘から先が失われているのだから。


「中級治癒魔法は?」


 そう、中級治癒魔法は多くの人が使うことが出来ない高難度の魔法であるがその効果は凄まじく、身体欠損部分を高確率で元のように戻すことが出来る。

 バルクスでも中級治癒魔法が使用できるのは、数名のみでその多くは軍属である。

 ただ同伴しているベルも使用することが出来るのだ。応援で駆け付けた際に治癒できたはずである。


「残念だが、俺の場合は無理だな。運悪いことに『呪い付き』だったようでな」


 ――呪い付き――

 

 魔物の中に極稀に発生する異能種でその傷口は治癒が難しいとされている。

 簡単に言えば、低級治癒魔法で治る傷は中級治癒魔法が必要と治癒に必要なランクが一つ上がってしまうのだ。

 つまりは、中級治癒魔法が必要となるバインズ先生の傷を治癒しようとすると上級治癒魔法が必要。


 ところが上級治癒魔法は、神話に出てくるような物語の中でしか存在しない。

 使用できるものは僕の知る限りいない。貴族学校の際に治癒魔法については、かなり練習したが僕にしても一番使えるベルにしても中級治癒魔法止まりである。


 上級治癒魔法の魔方陣でも見ることが出来れば、僕にしろクリスにしろ解析はできるんだけれどなぁ。

 それはさておき、つまるところバインズ先生の左腕を治癒することが出来ないというのが現実なのである。


「悲しそうな顔をするな二人とも。命があっただけ幸運だったというわけだからな」


 無謀な追撃をした百名弱のうち、戦死は六十二、重軽傷者二十三。

 不幸中の幸いで救援に向かった騎士たちは殿を務めた御大とバインズ先生のおかげで死者はゼロであった。


 それでも第三騎士団の損害はかなり深刻である。それは物的にというよりも精神的支柱であった御大損失による士気の低下の方が顕著である。

 当面の間は、前線ではなく領内の治安維持対応をしてもらうしかないだろう。


「バインズ先生にお聞きしたかったんです。今回の魔物たちが包囲戦を行ってきたというのは?」

「ああ、本当だ。奴らが組織的な行動をしてきたのは確実だな」

「その指揮をしている魔物は見かけましたか?」

「いいや、ただ騎士の中にサーチャーを使える奴がいたから探知させてみたが、将級レベルの魔力を持つ魔物はいなかった。

 それに今回は完全に虚を突かれて無様な状況になったが、連携についてはそこまで精錬されたものではなかった。

 魔物が連携する。その情報があれば今後は十分対処可能だな」

「さすが、バインズ先生。この情報は珠玉に値しますよ」


 魔物が連携する。その情報は僕たちにとっては脅威以外の何物でもない。

 それは相手がどの程度の連携が可能かという情報がないためだ。

 情報の不足は相手を過大にも過小にも評価してしまう。それでは今後の対策として意味を成さない。


 その中で、『対策をすれば十分に対応可能』。その経験をもとにした情報は、無駄な邪推が入る隙を与えない。

 しかもバインズ先生の判断であれば僕達は十分に信用できる。リスティたちにとっても非常に助かる情報である。


「さてと、エル」

「はい、なんでしょう」


 そう疑問形で口にしながらも僕の中では、バインズ先生が続けようとしている言葉をなんとなく察知する。


「こんな怪我を負った以上、俺は軍令部長を辞そうと思う。元々、怪我が原因で中央騎士団団長を辞した俺が今まで前線に入れた時点で奇跡的だったからな。

 俺ももう五十二だ。どんどん気力体力ともに落ちていく。後進に譲るタイミングとしては最適だろう」

「そう、ですか」

「ほぅ、反対するかと思ったがな」

「今回の御大のことで決めたんです。本人が決めたのであればそれを優先しようって。

 バインズ先生が辞すると判断したのは、後進が十分に育った。その自信があるからですよね?」

「ああ、お前もわかっているだろうがリスティは軍令部長になれる素養は十分だ。もっともリスティがいたから俺は部長とて楽できてたしな」


 そうバインズ先生は笑う。それは部下を信頼していた御大とも被り、目元が自然と熱くなる。

 部下が実力を十二分に発揮できるのは上に立つ者の才能でもあるのだから。


「もちろん、リスティだけじゃねぇ。それ以外の人材も十分に育った。今、バルクスは若い人材に代わっていくタイミングなんだよ」

「そう、かもしれませんね」


 そう呟く僕の頭に、バインズ先生は右手を乗せる。


「なーに、軍令部長は辞するが今後もお前の傍にはいるんだ。お前と関わった時から俺はお前の保護者……いや、腐れ縁なんだからな」

「そうですね。僕にとっては最初で最後の師匠ですから」


 そう返す僕の頭を、バインズ先生は嬉しそうにガシガシとなでるのであった。


 ――――


「エルさん、バインズ先生。一ついいですか?」


 同じく笑顔で見守っていたベルが口を開く。


「うん、なんだいベル」

「ひとつ、許可をいただきたくて。エルさんにお願いされて魔動エンジンを検討しているのですが、試作品の低出力エンジンのテストをしたいのです」


 ベルが言うにはこうである。

 技術開発に関しては試作品は大掛かりなものとなり、そこから小型化をしていくのがよくある方法だ。

 ところが、魔動エンジンについては、通常のエンジンで言えばガソリンの代わりとなる魔力について大魔力を持つ人間が少ないため、魔力消費が少ない低出力のエンジンからスタートになったらしい。

 以前にクリスにも指摘された事ではあるけれど、僕の周りにいる人たちが中級魔法を呼吸をするように使っている状況自体が異常なのだ。


 現在、試作されたエンジンは常人のパワーに近い出力が出るところまでは来ているらしい。


「現在の試作品からデータをとって今後の参考にしたいのですが、バインズ先生にお手伝いいただきたいんです」

「俺が手伝い?」

「はい、まだ確認段階ではあるのですが、魔力の波長は個体差はありますが意思により特定のパターンになるようなのです。

 つまりは、人が考えている事を魔力から読み取ることが出来る可能性があるんです。

 それを検証したいのです」

「それで俺がどう手伝うんだ?」

「先ほど言ったように現在のエンジンは小型ゆえに人の筋力と同程度のパワーしか出せません。

 ですが裏を返せば人と同じだけのパワーは出せるんです。義手を動かすためのエンジンとして使用し、バインズ先生に通常生活で義手を使っていただいてその結果をフィードバックしたいのです。

 幸いなことにエルさんの本に義手のヒントがありましたのでそれを元に作成は可能ですので……」


 ベルの話を聞きながら僕は理解する。これはベルなりの恩返しと贖罪なのだと。

 自身の中級治癒魔法ではバインズ先生の失われた左腕を再生することはできない。それは何もベルのせいではないがそれでも彼女であれば自分の責任だと考えるだろう。

 だが昔と違い、であれば自分の技術と知識を駆使して失われた左腕の代わりを作ろうと前向きに考えているのだ。

 そう、ベルも心身ともに成長しているのだ。本当に強くなった。


「うん、義手か。確かにそれはいいかもしれないね。いずれは義足とかも作ることが出来れば医術の発展に寄与しそうだし、エンジン開発にも流用できそうだからね。バインズ先生。僕からもお願いできますか?」

「……、まぁ、お前がそれを望むのであればな。どうせこれから暇になることだし。ベル嬢ちゃんの助けになるんだったらいいぜ」


 多分、バインズ先生もエルの気持ちに気付いているのだろう。それでもあえて触れずに了承する。


「ありがとうございます。バインズ先生。精一杯頑張ります」


 そうベルは満面の笑みで頭を下げるのであった。


 ――――


 バインズ・アルク・ルードの元を訪れたのち、エルスティア・バルクス・シュタリアは此度のルード要塞での戦いで負傷した者たちのもとを訪れたと記録には残る。

 勇み足で撃って出たものがほとんどで多くのものが今後の騎士としての業務には耐えられぬ怪我を負っていた。


 団長を失う原因となった事をエルスティアに涙ながらに謝罪した彼たちに、仕事を失って不安だろうと開拓地の衛兵や開拓民の仕事などを勧めたという。

 エルスティアが滞在した時間は二十分ほどであったが、終始微笑みを絶やさなかったと伝わる。


 この訪問に同行した、イザベル・バルクス・シュタリアは後にこう述懐する。


 ――失ったものがあまりにも大きすぎたエルスティアにとって、今まで生きていた中で最も忍耐を必要とした二十分であっただろう。――と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ガチャ惨いので辞めました。 前は好きでしたが、ちょとしたトラウマです。
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