■「喪失1」
王国歴三百十五年二月六日。
その日は今後の方針を決めるために軍令部副部長リスティ、執務長官アリス、領主側付ユスティ、鉄竜騎士団団長アインツ、鉄竜騎士団副団長ローザ、第一騎士団団長ロイド、第一騎士団副団長ロボルティ、第六騎士団団長ガイアス、第六騎士団副団長リカルの十名が会議室に集まっていた。
そこに一人の急使が訪れた。
その急使が告げた内容に、その場にいた誰もが凍りつくことになった。
「今、なんと申した?」
自分の声が震えるのを自覚しながらも僕は何とか言葉を搾り出す。
その僕の言葉にとまどいを見せながらも急使は再び口を開く。
「い、一月五日にルード要塞に対して魔物の襲撃有り。撃退には成功しましたがバインズ軍令部長が負傷。その他多数の重軽傷者と…………ルッツ・ヘイマー第三騎士団団長を含む四十五名が……戦死しました」
「嘘を言うなっ!!!」
僕の怒声と共に部屋の中に破壊音が鳴り響く。それは僕が拳を机に叩きつけた音。
知らず知らずに身体強化の魔法を使っていたようで、無骨だが頑丈な机の天板は、叩きつけられた拳の衝撃で大きなヘコミが出来ていた。
それでもなお、強く握り締められた僕の拳からは爪が皮膚に食い込んだらしくぽたりぽたりと血が天板上に落ちていく。
「エル、落ち着いて」
その言葉と共に握り締められた拳の上に温かな右手が覆われる。治癒魔法も使用しているようで怪我は瞬く間に治っていく。
「リスティ……」
その右手の主に声をかけると同時に僕は気付く。その右手が小さく震えていることに。
その事実に僕は一気に冷静さを取り戻す。
バインズ先生も負傷したという報告があったのにリスティは取り乱すことなく僕を励まそうとしてくれているのだ。
僕は二・三度深呼吸をして口を開く。
「すまぬ。そなたが嘘を申す必要など無いのに激高してしまった。謝罪を」
「い、いえ……事がことですので」
「リスティにも感謝を」
それにリスティは微笑む。けれどその微笑には不安が混じっているのは分かったが、あえてその事には触れない。
「詳細について教えてもらえますか?」
僕たちが落ち着いた事を確認したアリスは急使に言う。
「そうだ、これほどの死傷者を出したということは、大規模の魔物襲撃だったのか?」
「いえ、確かに通常時の規模に比べれば二倍ほどではありましたが、総数一万弱でした。実際、負傷者は数名出たものの迎撃自体は問題ありませんでした」
アインツの疑問に急使は答える。別の領土ならまだしも魔物との最前線であるバルクスにおいて一万弱というのは特に驚くような数字ではない。
一万弱の襲撃を受け、二・三千を倒しその分が補充されてまた襲撃……の繰り返しに近い。
ここ最近は武装の充実により討伐数が軒並み上がったことで補充に時間がかかるようでスパンは長くなる傾向であった。
つまりは一万弱の襲撃ではバルクス騎士団。しかもルード要塞という対魔物において難攻不落を誇る要塞があれば危険性は低いはず……だったのだ。
「普段と同様に三千程度屠った後、魔物は撤退を開始しました。ですが普段とは異なり完全撤退ではなくルード要塞からギリギリ視認が出来る場所に留まり続けたのです」
「魔物たちが……ですか?」
アリスの疑問に急使は頷く。
「魔物が視認できる以上、第一種警戒態勢を解くことも出来ず監視続けるのが五日経ったとき、業を煮やした一部の騎士たちが迎撃に出たのです」
「御大……騎士団長が命令したのですか?」
急使の言葉にリスティは強い口調で問い詰める。それに急使は首を振る。
「いえ、昨年追加補充された騎士百名ほどが勝手に……」
「なんて馬鹿な事を……魔物を甘く見すぎです!」
急使の答えにリスティは額を押さえる。
ここ最近、僕たちの中で一つ問題となっていたことがあった。銃という近代兵器を得たことで魔物の迎撃は容易くなった。
いや、容易くなりすぎていた。
ベテランの騎士たちは、魔物の恐ろしさが骨身にしみている。だから侮らない軽く見ない。
魔物の行動に何らかの意味があると考えて石橋を叩いて叩いてそれでもなお多くの可能性を考慮しながら行動をとる。
だが、銃を武装することから入った新米騎士の中には、一斉射で地に臥す魔物たちの光景に魔物たちの力量を軽んじる空気が蔓延るようになっていた。
ゆえに騎士団長や副団長を筆頭に口がすっぱくなる程注意喚起していた。それでもその空気を霧散させるまでに至ってなかったということだ。
確かに銃は強い。それはそうだ。
十五世紀レベルの軍隊に十九世紀の武装を施しているのと同義だ。だがそれでもまだ弱点はある。
正式標準銃である『バルシード』は、迎撃においてはその性能を遺憾なく発揮する。
だが追撃においてはその振り回しの難しさから不得手なのである。
アリスやリスティ、ベルも含めて当面の間、魔物領への進撃を想定していなかった僕たちは、限られた資金・資源を元にまずは迎撃に特化した銃の製造を急いだというのも理由の一つである。
そして僕たちの想定どおり迎撃において魔物相手に十二分にその力を発揮していた。
だからこそ新米騎士たちは勘違いしたのだ。自分達が魔物とも十二分に渡り合えると。
低級魔物でも二個分隊(二十名)で当たるべし。という基準をも忘れて。
「追撃に出た騎士を見た魔物たちは逃走を開始。それを追った騎士たちは魔稜の森に百メートルほど踏み込んだ所で待ち伏せをしていた魔物たちに包囲されました」
「待ち伏せ……」
急使の言葉にアリスとリスティは同時に呟く。
「事態を知ったルッツ騎士団長は、副団長にルード要塞の防衛を一任し、救出のためにバインズ軍令部長とともに出撃し魔物との戦いの中で殿を務めて……」
その状況を思い出したのか急使は言葉に詰まる。
急使を務めてはいるが彼も第三騎士団の騎士見習いの一人。ルッツ団長には思うところもあったはずである。
「その無断迎撃した奴らは?」
アインツの言葉に急使は首を振る。
「大半が戦死または重症です。不幸中の幸い……と言っていいのかは分かりませんが救援部隊はバインズ軍令部長の指示により死者はゼロでした。
乱戦の中でバインズ軍令部長も負傷されましたが命には別状は……」
その言葉にリスティからは少しだけ安心した空気を感じる。だがそれは微小なもの。僕くらいしか気付いてはいないだろう。
「ここに来る前にエルスリードにてクラリス当主代行に状況を説明。現地治癒師が不足しておりましたので追加の治癒師をイザベル様が率いて出立されております」
「ベルはバルクスでもトップクラスの治癒魔法が使える。さすがクリスだね」
ベルは、応用魔法は不得手としていたけれど、治癒魔法に関しては中級治癒術を複数回使用することが出来る数少ない人材でもある。
重傷者も多いようなのでクリスのナイス判断といえるだろう。
「報告ありがとうございました。貴方もここまでほぼ不眠不休でしょう。ゆっくり休んで詳細については後日聞かせていただきます」
リスティの退出を促す言葉に急使は頭を下げ、退出するのであった。