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■「アルーン会談4」

「外交権……ですと……それは王国から独立するということですかっ」


 アリスの言葉にそれまで冷静に会話していたレザリンドは、やや声を荒げる。


 まぁ、そうなるのも分からなくは無い。

 王国の領地を任された伯・侯・公の貴族には王国法の範囲内での自治権が認められている。

 王国は広大で通信手段が人馬に頼っている以上、それは仕方が無いといえるだろう。

 一々中央にお伺いを立てていては数ヶ月を要し機を逃すことになりかねないからである。


 だがその中でも暗黙的に認められていない事がある。それが外交権だ。

 自治権がある貴族に外交権まで認めてしまうとそれは独立国家と同等の意味を成す。


 ただ王国の人間の認識では、北の帝国、東の連邦が接するのみ。

 南は魔物の巣窟であり、西も彼らにとっては魔物とそこまで変わることが無い。


 しかも帝国とは往来できる場所が三か所と限られており、連邦にいたっては見下す貴族が多く対等な外交への意識が低かった。

 さらに多くの貴族たちにとっては、広大な領土を持つ王国内では周りは王国貴族ばかりと外交権を欲する理由が無かったということもあった。


 ゆえに王国法でも外交権についての記載は明示されて無いにも関わらず、これまで三百年間、問題にすらならなかった。

 その中でアリスは王国法の間隙を縫う発言をしたのだ。


「レザリンド、落ち着くがよい。別に王国法にて外交権は禁止はされておらぬのだからな」


 やや興奮状態であったレザリンドに苦笑いとともにファウント公爵は口を開く。


「けどさ父さん、王国法で禁止されていないからといって外交権ってのはちょっと行き過ぎなんじゃないの?」


 ファウント公爵の横で紅茶を飲んでいたリンクロードがカップをソーサーに置きながら言う。


「ははっ、バルクスの位置を考えてみよ。帝国か? 連邦か? どちらも遠すぎよう」


 リンクロードの言葉にファウント公爵は笑う。


「そしてこう言った。()()外交権とな。つまりは独立を意図した外交ではなく、限定した行使という事。

 北でも東でもない。つまりは西の亜人共という事であろう?」


 そりゃファウント公爵ほどにもなればこちらの思惑はお見通しって訳か。

 アリスも同じ考えだったのであろう。特に驚くことも無く笑う。


「はい、その通りでございます。エルスティア様が求めるのは独立ではありません。グエン領との外交権をお認めいただきたいのです」


 グエン領と王国は、現在国交は無いに等しい。

 レスガイアさんのように稀に旅人として王国を訪れる亜人はいるけれども公に認められたものではない。

 ただ帝国や連邦のように国境を厳重に封鎖していないだけである。


 王国側は人間種ではない出来損ないの劣等種として亜人を見ており、亜人側は外側……つまりは王国や帝国に対して興味が希薄とお互いの接点が無く、費用対効果から検問などの封鎖をしておらず、暗黙の内にお互いに未踏地域となっているのだ。


 だがそれは逆に言えばチャンスでもある。未踏地域ということは王国には無い資源がある可能性だってあるのだ。

 他の貴族からは忌み鉱と呼ばれる鉄だってアーグ教が布教していない亜人にとっては魅力的な資源の可能性がある。

 それを相互に交易することでバルクスがより発展する起爆剤になりうるのだ。


 ……ま、僕個人の思いを言わせてもらえばローザリアみたいな猫耳やレスガイアさんみたいなエルフ耳といった前世ではアニメや映画でしか見ることの出来なかった空想の種族に囲まれてみたいっていうオタク心をくすぐられるってのもある。

 ……もちろん口には出さないけどね。


 そんな僕の思いを知ってか知らでか、ファウント公爵は一考したそぶりを見せるとニヤリと笑う。


「ふむ、だが我が王国はグエン領の亜人どもを国として認めてはおらぬ。あれはただの蛮族よ。

 それは三年前の御前会議でも改めて確認したこと。

 国でもない蛮族と交流を持つことは、(そし)りを受けることはあっても誰にも止めようも無い瑣末なこと」


 その言葉にアリスも薄く笑い。


「なるほど、蛮族ですか。たしかに瑣末なことでした。では特別外交権など不要ですね」


 と言う。なにやら僕のよく分からないところで双方話がついたらしい。

 そんな中、置かれた時計から十七時を告げる音が響く。


「……もうこのような時刻か。エルスティアよ。詳細については明日話すこととしよう」

「はい、分かりました。長旅でお疲れでしょうから部屋の準備を……」

「なに、構うことは無い。こちらも部下に色々と指示をせねばならぬから野営地に戻る必要がある。では失礼するぞ」


 そう言うと、ファウント公爵は立ち上がり部屋を出て行く。それに三人も僕に会釈すると付き従い出て行くのだった。


 ――――


「ふぅ、流石にこちらが思い描いたままに言質を取らせてはくれないですね」


 四人を見送った後、アリスは苦笑いと共に口を開く。


「ですね。他の貴族とは一枚も二枚も上手です」


 アリスの言葉にリスティも賛同する。


「うん、なるほど。二人のファウント公爵への評価が上がったことは分かった。……説明してもらっても?」


 そう言う僕に二人は顔を見合わせて笑うのであった。


「一言で外交権というのは簡単なのですが、実はその権利というのは非常に曖昧なものなんです」

「極論を言えば外交権の解釈の仕方で何でもやろうとすれば可能なの」


 一頻り笑いあった後、アリスとリスティは僕に説明を始める。


「解釈?」

「そうですね。エルは外交とは何だと思います?」

「うーん、友好関係を結んでお互いに貿易や親善を行ったり……あれ? 説明しようとすると難しいな」

「なるほど友好的な関係を結ぼうとするとは素晴らしいですね。ですが外交とはそれだけではないのです。

 『戦争とは他の手段をもって行う外交の一種である』という言葉があるのです。

 さらに言えば『軍の増強は、外圧を抑止するための外交の一種である』という言葉もあります」

「……なるほど、そういうことか」


 つまりは、外交の一種という御旗があれば、王国法に認められている戦力以上の増強すら可能となるということだ。


「自治権というものに従来、外交権が含まれないのは、この事も影響しているのです。

 勿論、一領主の外交失敗が王国の総意とみなされる危険性があるということもありますけどね」

「一領主の気まぐれで全面戦争になったら確かに目も当てられないか」


「それにイグルス第三王子が優勢とはいえ、王になる事が確実ではない現状で安易に権力の保障をファウント公爵はする事は出来ません」

「……ん? てことは端から特別外交権は……」

「はい、認められないことは分かっていました。私が欲しかったのは外交権ではなくグエン領の交流を結ぶ事を認める言質。

 しかもご丁寧に三年前の御前会議の内容が理論武装となる事を教えてくれました。

 ファウント公爵としてもエルスを敵に回さないためにも手土産をくれた。そういうことです」


「……いやはや。僕には一生こういった交渉は無理そうだな」

「そのために私やリスティ、クリスがいるのです。存分にお使いください」


 アリスの笑顔と共に語られた言葉に僕は苦笑いするのだった。


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