■「会談申込」
「これは……さすがに予想していませんでしたね」
「アリスに予想できないんだ。僕たちにはさらに不可能だねぇ」
ボーデ領からの魔物襲撃の第一波を殲滅し、事後処理に追われていた僕たちの元に一通の手紙が届く。
差出人は、アーネスト・ファウント・ロイド公爵。
元々ファウント公爵から接触してくるだろうと予想していたから手紙が届いたことに驚きは無い。問題はその中身であった。
「まさか、ファウント公爵自らがアルーン要塞への訪問を言ってくるとね」
手紙には参加を希望した貴族連合の騎士と共にルーティント領の領境まで進駐しており、現在の状況や今後の対策についてアルーン要塞にて連携したいという事が記載してあった。
僕とファウント公爵は、辺境侯と公爵の地位にある。
辺境侯は侯爵位の中でもその責任ゆえに頭一つ抜け出しているとはいえ、公爵位のほうが上位。
しかも、ファウント公爵家は王国内公爵十四家で第二位の地位である。
本来であれば目下が目上の者のところに参上するのが通例。
そのため、目上からは何処何処に来たと言う事実のみが最初の手紙に書かれることが普通だ。
つまりは「来たからさっさとこっちに来い」と言うわけだ。
バルクスではそういった煩わしい事から解放されるので、面倒くさい事がある中央と距離をとっていたというのも事実なんだけどね。
ところがである。ファウント公爵からの手紙には、『未だいつ魔物襲撃が来るか分からない状況で最前線より離れるを良しとせず。よって動くことが出来る自らが訪れ状況も見聞したい』と記載されていた。
しかも供も三名と少人数での訪問ということだ。こちらとしては非常にありがたいことではあるのだけれど……
「供を少なくした……というよりも邪魔な人間を削ったと言うほうが正しいのかもしれませんね」
「というと?」
「騎士とともにルーティント領の領境まで進駐したとのことですが、手紙が来るタイミングがあまりに良すぎます。
恐らくですが本日の魔物襲撃をどこかで見ていた可能性があるかと」
「バルクスと違ってルーティンは領境がガバガバだもんねぇ」
僕はそう苦笑いする。
エスカリア王国は四方を山脈に囲まれた広大な盆地のような地形に存在している。
それは帝国、連邦という外敵に対する天然の城塞が存在するに等しい。
そして魔物からの襲撃を防ぐ盾もしくは捨て駒としての役割を期待されているバルクス領は、さらに北方と東方も踏破困難な山脈で囲まれており、行き来が出来る場所は要塞が建設され、領土全体が難攻不落要塞となっている。
けれど一度そこを抜けると場所によっては丘陵があるものの、中央に向かってほぼ平坦な広大な大地が広がっている。
広大かつ肥沃な大地のおかげでエスカリア王国は農業・商業において発展することができたのだ。
そして平坦な大地ゆえに貴族同士の領境が曖昧で、しばしば領土を巡ってのクレームが起こるわけである。
ルーティント領も御多分に洩れず南方に申し訳程度の丘陵は続いているけれど中央からの往来に完璧な検問が作れない以上ほぼフリーパスだ。
だから普段は、盗まれても問題ないレベルの情報や物資しかルーティント領には存在していない。
わざと盗ませてその行き着くところを探る……なんてこともアリスやリスティあたりは普通にやっていそうだ。
そこらへんは触らぬ神になんとやらだ。
「その場合、バルクス騎士団の圧倒的戦力を目の当たりにしています。私が公爵であれば取る策は三つあります。
一つ目は、自分の勢力に取り込む。二つ目は、力を結集して早いうちに芽を潰す。そして三つ目は、協力関係になる。です。
他にもエルス自身を暗殺する。王権によって技術を接収するなど複数ありますが……公爵の性格上除外します」
「暗殺かぁ、僕もそんな立場になったのか……」
「まぁ、生半可な暗殺者であればエルスがあっさり撃退しそうですけどね」
そうアリスは笑う。いやいや流石に気を抜いているときに来られたら死んじゃうよ?
「まず一つ目ですが、勧誘はしてくるでしょうが期待はしていないでしょう」
「ま、今までもイグルス王子派に参加するタイミングは何度もあったしね」
僕の言葉にアリスは頷く。
「公爵の思いとしてはとりあえず別の派閥に属さない。その言質が欲しいところでしょうね」
「そんなの幾らでもあげるけどね」
それにアリスは苦笑いする。
「いえ、出来れば別派閥に興味をもっている雰囲気を出してもらえませんか?」
「ん? なんで?」
「エルスは、公爵に対して一つ借りがある状況です。それをここで貸し借り無しに出来ればもっていきたいです」
「……そっか、アクス男爵の件か」
アクス男爵によるキスリング宰相暗殺未遂事件で僕はファウント公爵に一つ借りを作っている状況だ。
たしかに今のうちに貸し借り無しにしておきたいというのは理解できる。
「二つ目は……外敵の事を考えれば削除しても問題ないでしょう。バルクス騎士団は第一から第六、鉄竜、赤牙、青壁の九騎士団。
それを相手取ろうとすれば国の全騎士を参戦させるほどの大事になります。しかもお互いに多くの被害を出すでしょう。
それは帝国・連邦が居る状況では愚策。魔物の存在を考えれば尚更。ファウント公爵がそのような愚策を用いることはありえません」
「そこらのボンクラ貴族とは違うしね」
「……まぁ、だからこそ……」
「ん? アリス、何か言った?」
「いえ、独り言です」
そうアリスは何かを取り繕うように笑う。なんなんだろ?
「であれば公爵が目指すのは三つ目と考えていいです。味方でもないけれど敵でもない。
お互いの利益のために協力するという関係ですね」
「まぁそれが一番分かりやすいよね」
それにアリスは頷くと口を開く。
「若干の想定外はありましたが、今回の会談。主導は私とリスティにお任せいただけませんでしょうか?」
「こういった部分は苦手だからね。うん、二人に一任するよ」
「ありがとうございます。それでは公爵と話す内容のすり合わせをリスティを含めてさせていただきます」
こうしてリスティを呼んだ後に話された内容は、驚くべきものであった。
王国歴三百十五年二月一日。後に『アルーン会談』もしくは『アルーン密談』として歴史に名を残すことになるアーネスト・ファウント・ロイド公爵とエルスティア・バルクス・シュタリア辺境侯との会談が行われるのであった。