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■「バルクスの向かう道2」

「内乱……ですと……本当、なのですか……」


 僕の言葉にロイド団長は驚きを隠すことなく呟く。


「僕とクリス、アリス、リスティの見解だけれどね。それでも間違ってはいないと思う」

「クラリス王女殿下まで……」


 ロイド団長にとっては、なによりもクリスがそう考えていることへの衝撃が大きかったようだ。

 冷静に考えればそりゃそうだ。内乱ということは自分の兄弟姉妹が分かれて戦うことを意味している。


 降嫁によって、王位継承権を失ったとはいえ(えにし)まで切れたわけではないのだ。

 そのような未来に心痛めないわけが無い。それでもクリスは近い将来それが現実となると考えているというのだから。


「ロイド、『元』よ」

「これは、申し訳ありません。ですがクラリス様、どうにか避ける方法は無いのですか……」


 懇願するように言うロイド団長の言葉に、クリスは微笑みながらも首を横に振る。


「無理ね。そもそもバルクスはあまりにも中央から遠すぎる。状況を変えるのは難しいわ。

 それにバルクス家は歴々の当主の方針により貴族同士の勢力争いから一歩引いた立場にいた。

 どうにかしようにもコネクションが無いのよ」


 貴族にとって公・侯・伯・子・男の爵位。宰相や中央執務官といった職位。そして貴族同士の繋がりこそが武器だ。

 貴族同士の繋がりとは、下級貴族が上級貴族の側室として娘を娶らせることにより上級貴族の血族となる方法や派閥に属することで庇護下に入ることが主である。


 僕の場合、辺境侯と侯爵位と同等であるが、職位としては辺境守護と中央での力は弱い。


 貴族同士の繋がりに至っては皆無だ。

 クリスは王族とはいえ降嫁したことで恩恵は少ない。ベル、リスティ、ユスティは男爵家と爵位としては底辺で影響力はゼロ。

 メイリアは、アクス男爵家の取り潰しにより平民に、アリスにいたってはそもそもが平民だ。


 つまり中央においてバルクス家はほぼ力を持たない貴族に等しい。そんな貴族が東奔西走したところで高が知れている。


「ま、ハンドフリーを与えられたってポジティブに考えよう」


 そう僕は皆に言う。無いもの強請(ねだ)りしても仕方が無いからね。


「今さら勝ち馬に乗ってもしょうがないから派閥に入るつもりは無いけれど、勝ち馬に恩を売っておくのは有りだと思うんだ。

 アリス、アルーン要塞に派兵したとして。ファウント公爵は接触してくると思う?」

「まず間違いなく。公爵にとって魔物の掃討が完了した先を考えた場合、懸念事項があるとすればエルスの動向でしょうから」


「内乱になった時、背後から刺されでもしたらたまらない。だよね?」

「はい、それだけバルクス騎士の強さをファウント公爵は理解しているでしょうから」


「であれば、今回の派兵は僕も参戦したほうがよさそうだね」


 僕の言葉にアリスとリスティは頷く。


「今回は軍令部としても動きます。ルード要塞にはバインズ軍令部長が、アルーン要塞には私が、ウェス要塞にはローグ参謀他二名が同行します」

「よし、それじゃ騎士団長と副団長には直ぐにでも準備を開始してもらえるかな。そうそう、アインツ団長には別命があるから残ってもらえる?」


「あぁ、分かった。ローザ。悪いが騎士団の準備を先に進めておいてくれるか?」

「うん、分かったよ。アインツ」


 アインツの言葉にそう返すローザリアと共に騎士団の九人は退室する。


「さてと、次はボーデからの避難民についてだけれど……アリス」

「流石に急の話なので今から本格的な体制を整えていくことになりますが……アルーン要塞とウェス要塞側でそれぞれ即時二千名程の受入が出来るかと」

「緊急時でそれだけ受け入れることが出来るのであれば十分だよ。ただそれだけだと不足する可能性が高いから随時対応を頼むよ」

「はい、かしこまりました。それでご相談なのですが緊急時用の備蓄を使用しても問題ないでしょうか?」


 緊急時用の備蓄というのは、税として徴収している『三公六民一蓄』の中の『一蓄』のことである。

 不作などによって徴収されると生活が出来なくなる場合の埋め合わせのための保険だが、幸運なことにこれまで飢饉が発生していないため想定以上に備蓄品がある。


「そうだね。一部を保険のために残しておいてそれ以外は使用しても問題ないよ。一部の見極めはアリス執務長官に一任するよ」

「はい、かしこまりました」

「それと今回は自然災害に近いから問題ないとは思うけれど……」

「はい、間諜への対策は十分に。避難民については申し訳ありませんが身元が判明するまでは行動を制限させていただく予定です」

「うん、流石だね」


 これからを考えると王国の別貴族であっても気をつけていく必要があるからね。


「また、避難民の受入については……厳しい判断に迫られる事が予想されます。そのため受入の判断は執務官に一任していただけますでしょうか?」

「厳しい判断……つまりは見捨てるということもあるって事だよね」


 僕の言葉にアリスは頷く。

 避難民ということは何かから――魔物から逃げてきているということだ。つまりは逃げる民を追って魔物が現れる可能性も十分にある。


 バルクス当主としてまず第一に考えるのはバルクス領民の安全。つまりはバルクス領民の安全のためにボーデ領民を切り捨てることもあるわけだ。


 その判断を各自に任せるわけにはいかない。特に騎士団は民を助けようと咄嗟に判断してしまう傾向が強い。

 それは美徳ではあるが、致命的な判断にも成り得る。


 そういった意味では、人民を数として処理することが多い執務官のほうが冷静に判断することが出来る。

 その判断権を当主が執務官に任せるという言葉が必要なのだ。


「バルクス辺境侯の名において、避難民受入の最終判断権は執務官に任せる。執務長官良き様に」

「かしこまりました」


 仰々しいやり取りだけれど何事にも形式が必要になる事があるのだ。


「さてと、事務的なことはここまでとして……リスティ。今回の魔物の襲撃についてだけれど」

「そうですね。何者かの意図……は感じますが正直メリットがある人物が思いつきません」

「そもそも、人間に魔物を操ることが出来るのかしら?」

「魔物を操る聖遺物が存在する可能性は否定できませんが……聞いたことがありませんね」


 リスティの言葉にクリスとアリスも口を開く。


「自分の欲のために今も恐らく失っているだろうボーデ領民を犠牲にするような奴がいるとは考えたくないな」


 アインツの呟きに皆が頷く。その言葉にリスティが続ける。


「僅かながらの可能性があるとすれば、今回の魔物襲撃を自らの手で解決させることによってその名声を確固たる者に出来るファウント公爵ですが……」

「私が断言するわ。ファウント公爵は無辜の民を犠牲にするほど腐ってはいないわ」

「はい、私もクリスと同意見です。ですからメリットがある人物がいない。そう考えました」


「であれば第三国。帝国や連邦の線はどうかな?」

「その可能性はありますが……いえ、お互いにリスクが高すぎますね。もし王国が魔物に蹂躙された後、自国にも被害が出る可能性がありますから」

「人間と違って国境なんて関係ないもんね。魔物にとっては……」


 そこで僕は一つ気になっていた事を口にする。


「ねぇ。例えばなんだけれど魔物にも将軍とか王みたいに統率できる存在っていないのかな?

 魔物には『災害級』『厄災級』『天災級』果ては『神災級』なんていうのもいるんだよね?」


 魔物は中級が『将』『王』を含めて五つ。上級は『天災級』に分類される。

 けれど王国の歴史で最大の存在は厄災級の『グレータレイス』と呼ばれる魔物だ。

 しかも魔稜の大森林に追い返すだけで六千人の騎士が戦死したと伝わっている。その事から厄災級の妥当戦力は一個連隊――六千人とされていて、討伐に必要な戦力は不明なのだ。


 そして『天災級』と『神災級』と呼ばれる魔物は少なくとも王国の一般人が閲覧できる情報内には無い。

 にも関わらず分類はなぜか明確に存在している。


「そうね。人間にいる者が魔物にはいないと断言することは出来ないわね。その証拠が無いんですもの」

「私たちは、実は魔物についてあまりに知らなすぎなのかもしれません。

 エル、今回の作戦は情報収集もかねてやりますか?」

「そうだね。まず魔物の情報は今後も重要だろうから……」

「『彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず』ですね」


 リスティは、かつて貪るように読んでいた孫子の兵法書の一説を言う。

 こうして、バルクス領以外での大規模戦闘に向けて僕たちは動き出すのであった。


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