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■「カルインの少女3」

「ルークから課外授業に出た時の話を聞いたよ。アンは普段からアルコールを携帯しているのかい?」

「はい。ちょっとした擦り傷や切り傷でも場合によっては大変な事になりますので……」

「破傷風だね」

「は、はいっ! ご存知なのですか!」


 今まで自分が語る話についてこれる人が居なかったのだろう。顔を綻ばせながらアンが前のめりに聞いてくる。

 実際、医学は部門外の三人はあまり理解できていない表情をしている。


「僕も詳しくは無いけれどね。つまりアンは細菌の存在を理解しているってことでいいかな」

「残念ながら見たことは無いですけれど、細菌が存在しないと起こりえないこともありますから……」


 そうしてアンは風邪やはやり病を例に細菌が存在する証明をやや興奮気味に語っていく。

 とはいえ前世の知識がある僕だからある程度理解することができるという位なのだ。

 三人にとっては眉唾の話ばかりかもしれない。


「ご、ごめんなさい。一人で勝手に喋り続けて」


 語るうちに少しだけ冷静になれたのだろう。アンは赤面しながら話を切る。


「いや、中々に面白い話だったよ。まぁ三人にとっては大法螺話を聞いているような感じだったかもしれないけど」


 そう笑う僕の言葉に、クリス達は笑う。


「そうですね。今までの常識から……その……あまりにも逸脱しすぎていて」

「そう……ですよね。申し訳ありませんでした。私のような平民のおかしな話にお付き合いしていただいて……」


 そうアンは笑う。だがその笑顔には少なからぬ悲哀が含まれている。

 そりゃそうだろう。多くの人が彼女の話を理解できない。理解できないということは受け入れることが出来ないと同義だ。

 今までのアンは、常に自身を否定されるという経験をしてきたのだろう。


 物事における先駆者は、多くの否定・拒絶・妨害に合う。

 地動説を唱えたガリレオ・ガリレイが異端者として教会から有罪判決を受けたというのはあまりにも有名だ。

 バルクスには根強い宗教が存在しないから異端扱いは無いとはいえ、彼女の話は奇異に聞こえたものだろう。


 そして積極的に話すことが無かったからこそ、理解を示してくれた僕に今まで溜まってきていたものがあふれ出たのだろう。


「いくつか質問してもいいかな?」

「は、はい。大丈夫です」


 僕の問いにアンは頷く。


「まずは、ルークの話で聞いたのだけれどエクズ毒にホーキ草が効くというのはどうやって知ったの?」


 そう、僕の前世の記憶の中にはエクズ毒というの毒の情報が無い。

 といっても僕の知識は青酸カリとかフグ毒とかのメジャーなものだけだからマニアックな毒なのかもしれないけれどね。

 さらに言えば、ほうき草であれば知っているが、ホーキ草というのも聞いたことが無かった。

 念のため『書庫の指輪』の中にある蔵書を調べてみたけれどやはり該当するものは無かった。


 つまりはこの世界の毒、薬草である可能性が非常に高い。であれば前世の医学書には記載が無いはずである。


「ご老人からいただいた十二冊の中に毒や薬草の事をまとめたものがありまして……そういえば、それだけは王国文字で書かれていました」

「なるほどね」


 ということはやっぱり毒も薬草もこの世界のものと見て間違いなさそうだ。

 そしてご丁寧にもこの世界の毒や薬草の知識も授けるための本も提供していたらしい。


「それじゃ次。君は確か十二歳だよね。とすると早ければ来年には卒業だ。

 それ以降はどうするつもりなんだい」


 アンの住むカルイン村は二年前に学校が出来たばかり。つまりはアンは十歳から学び始めたことになる。

 なので六年教育ということで十五歳まで修学する事が出来るが、本人が十分と思えば通常の十二歳で卒業しても問題ないことになっている。


「……私は農家の末娘です。どこかの別の農家に嫁いで子を成す。それしかありません」


 そのアンの言葉にこれが現状なのだと僕は思い知らされる。

 彼女達の職の選択肢を増やすために読み書き計算を教えても本人達には選択肢があるという発想にたどり着くことは出来ない。


「……やっぱり専門教育の検討は急務だよなぁ」

「えっ?」


 僕の独り言に反応するアンに苦笑いする。


「あ、いや。なんでもない。……それじゃぁアン。一つ提案があるんだけれどいいかな?

 もちろん領主としての命令ではなく、別の選択肢の提案として聞いて欲しいんだ」

「はい、なんでしょうか?」


「僕は、これからの治療の将来を考えた時、治癒魔法だけに頼っている状況にいずれ限界が来ると考えているんだ」


 僕が語る言葉をアンは真剣に聞き続ける。


「だから治癒魔法とは別の柱。『医術』を発展させていきたい。

 出来れば病気になったときに平民・貴族に関わらず治療を受けることが出来るようにしたいんだ。

 とは言え、基礎医術も未熟な中で正直手探り状態からのスタートになる」


 何事においても一朝一夕で出来るわけではない。この世界では『なぜ風邪を引くのか』すら分かっていないのだ。


 単純に風邪を引けば治癒魔法で治す。治癒魔法で治すだけのお金が無いのであればいずれ治るのを待つといった始末だ。


 正確な数値は不明だけれどただの風邪から合併症を起こして死に至っている者はこの世界では珍しくはない。

 その多くが治癒魔法の代金を払うことの出来ぬ平民達である。


「そこでアン。君にはそこで力を貸して欲しいんだよ」

「えっ! 私ですか!?」


 僕の言葉にアンはとても驚いた表情をする。


「君が持つ知識は、バルクス領内。いや、王国中を探しても抜きん出ている。その知識を人々のために活用して欲しいんだ。

 もちろん君の年齢や性別、門地を軽視しない人材を揃える。……といっても当面の間は君一人に頑張ってもらうことになってしまうけれどね」


 そう僕は苦笑いする。

 この世界にも少ないとはいえ医者は存在しているが町医者レベルの診察が精一杯。中には呪術紛いの医者もいたりするらしい。

 つまりは権威を笠に着る医者が存在せず、皆横並びに等しい。

 だからこそ若干十二歳のアンだろうと実力・実績によって瞬く間にトップクラスの医者になる事すら可能なのだ。


「ご覧のようにバルクス辺境侯は各分野のトップに女性もいる。君を軽視する者はいないはずだよ」

「……すみません。少しだけ。考えさせていただけませんでしょうか」

「もちろん、君には後三年修学する権利があるし家族とも相談が必要だろうしね」


 僕の『権利』という言葉に若干アンは驚いた表情をする。……そうかこの世界の平民には『権利』と呼べるものは少ない。

 貴族の『命令』の前では『権利』なぞ存在しないのだから。

 その中で貴族である僕がアンの『修学する権利』を尊重すると発言したのだ。そりゃ驚くだろう。


「だから学校を卒業するまでに決心が……断る事を決めたとしても構わないから連絡してくれるかな?」

「は、はいっ! 必ず」


 アンはそういうと頭を深々と下げるのであった。


 ――――


 アーガント・レクス。その名が歴史上初めて現れるのは、この時から約二年後の王国歴三百十七年一月。

 バルクス辺境侯が新たに開設した『バルクス医学研究室』の初期メンバー三人のうちの一人としてである。

 十五歳という若さながらもそれまで軽視されていた医学の発展に大いに貢献する。


 そしてその名は『現代医学の母』『民間医療の始祖』や『エルスティアが生涯で最も信頼した医師』として後世に残るのである。


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