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■「カルインの少女2」

「うぅ……私、どうなっちゃうんだろ」


 まだ年端もいかぬ少女は、自分に今から起こるだろう事を予想出来ずに不安を口にする。


 少女――アーガント・レクスの元に騎士団に所属する騎士が訪れたのは今から五日前。


 バルクス領内でも特徴の無いカルイン村を騎士が訪ねてくる事なぞ滅多に無い。

 アーガント――皆からはアンと呼ばれる――自身、騎士を見たのは村が魔物に襲撃された六年前以来だ。


 その騎士は、アンの元へ歩み寄ると『当主が会いたがっているので、主都までご同行いただきたい。翌日出発するので準備を』と言ってきた。


 小さな村の『村人A』でしかないアンに、領民にとっては天上人に等しい領主が会いたいという。

 その話は小さな村を瞬く間に駆け巡った。だが村人達にその理由なぞ分かるはずも無い。

 数多くの憶測が飛び交ったのも無理からぬことであろう。


 その中でもアンには一つだけ思い浮かぶことがあった。前当主レインフォード様の怪我の事である。


 六年前の魔物の襲撃の際、アンを庇う形でレインフォード様は右腕を負傷した。

 そのすぐ後に当主が現当主へと変わったから執務に支障をきたす怪我だったのだろう。

 おそらくその原因となったアンの名前が現当主の耳に入ったのだ。


 たかが平民であるアンが、自分の父親に怪我を負わせる原因になったのだ。さぞ怒り心頭であろう。

 そう考えたアンはその日から今に至るまで殆ど寝ることが出来ていない。

 眠ると自分の首が飛んでいく様を夢に見るのだ。おちおち寝ていられない。


 翌日、騎士に付き添われて豪華な馬車に乗り込み――アンが思い描いた事が真実であればこのような高待遇はありえないのだが――三日ほどかけて主都『エルスリード』に到着したのが昨日のこと。

 その日食べた――豪華な――夕食も、最後の晩餐かと思えて味は殆ど覚えていなかった。


 そして今、侯爵家の応接室に一人、運命の時を待っている状態であった。


 ここだけでアンの実家が殆ど入ってしまうのではないかと思うほどの部屋に据付けられたソファーの隅に、体を小さくしながら座る姿はおびえる小動物のようである。


 迂闊に触って割ろうものなら一生かかっても返せないのでは? と思うほどの調度品がよりアンにプレッシャーをかけてくる。

 不安を口にしながら居心地悪そうにしていたアンは、扉を軽くノックした音に体を緊張させる。


 扉を開いて入ってきたのは一人のメイド。その容姿はカルイン村では見たことが無いほどに美しい。

 これが都会の女性なのかとアンは感動すら覚える。


「アーガント様。お待たせしました。まもなくエルスティア・バルクス・シュタリア辺境侯が来られます」


 そう告げるメイドの声に、よりアンは体を緊張させる。

 そして部屋の上座――領主席の傍の扉が開かれると男性一人と女性三人が姿を現す。


 その姿を見たアンはソファーから跳ねるように立ち上がると、床に座り額を床にぶつけるのではと思えるほどの勢いで頭を下げる。


「お願いでございますっ。レインフォード様に怪我をさせてしまったのは私だけの責です。

 どうか家族は……家族だけはお許しくださいっ!!!」


 そう喉が()れんばかりの声で懇願するアンの言葉に


「……えっと、これはどういう状況なんだろ」


 と、ただただ困惑するバルクス家当主の声が響くのだった。


 ――――


「……なるほど、君にわざわざ主都まで来てもらった理由が上手く伝わっていなかったようだ。申し訳なかった」

「い、いえ! こちらが早とちりをしただけで当主様に謝っていただくことはありません!」


 泣きながら懇願する少女をなだめながら理由を聞きだした僕は苦笑いと共に謝罪する。

 

「それにしても奇遇だ。前当主の怪我がそなたを守るためだったとはな。

 あぁ、別に気にしなくて良い。無辜な民を守るのが貴族の勤めであるし、だいぶ良くなって今では農作業に精を出しているからな」

「レインフォード様が……農作業……ですか?」


 まぁ、領民にとっては貴族が土いじりなんて想像がつかないんだろうね。ところがどっこい、我がシュタリア家は全員が農作業経験者である。

 父さんと母さんは、もう定年後の趣味みたいな感じではあるが。


「さて、此度そなたに来てもらったのは他でもない。ルーク・ピアンツというものを知っておるか?」

「はい、ルーク先生には先月まで学校で勉強を教えていただいていました」

「そのルークというのは、彼女の弟なのだが……」


 そう言いながら僕はベルに目線を向ける。それに合わせてベルはアーガントに対して会釈する。


「そのルークより一つ興味深い話を聞いてな。それがそなたの話であった」

「私……ですか?」


「そなたは、ルークが理解できぬ言語で書かれた本を読んでいたという。それを見せてもらえるか?」

「は、はい。どうぞ」


 そう言いながらアーガントは、使者の騎士から聞いていたのだろう、本を鞄から取り出して僕の前に置く。

 厚さが五センチはありそうな『THE辞書』だ。


 開くとそこには見慣れた――日本語と英語がページに溢れる。


「なるほどな。人体の構造……脅威となる細菌か……」

「わかるのっ! ……ですか」


 つい何時ものような砕けた言葉が出たのだろう。それを誤魔化すように言葉を続ける。


「私としては、そなたが読めることのほうが驚きなのだがな。あぁそれと、ここでの会話は外に出ることは無いから言葉を崩してもらっても構わない」

「え……ですが……」


 それでもやはり貴族相手に口調を崩すことに抵抗感があるのか困惑した顔を向ける。


「エル、貴方が固い口調なのに自分だけ崩すというのは難しいわよ」


 そんな彼女を見かねたのかクリスが僕にそう告げる。あぁ、そりゃそうか。


「あぁ、なるほど確かに。それじゃアーガントさん、僕も普段通りの口調で話させてもらうよ。

 後、僕がこんな口調で話したってのは内緒で頼むよ。当主には当主なりの体裁ってのがあるからさ」

「え……あっ、はい、分かりました」


 それまでの当主モードから普段モードに戻した僕の口調に少し戸惑いながらもアーガントは受け入れる。


「それから紹介が遅くなったけど、彼女は僕の正室のクラリス・バルクス・シュタリア」

「よろしくアーガントさん。良ければクリスと呼んで下さいね」

「は、はい! よろしくお願いします。クリスさん」


 僕の紹介にクリスは朗らかな笑顔でアンに会釈する。それに慌てたようにアンもお辞儀する。


「そしてさっきも言ったけれど彼女がルークの姉のイザベル・バルクス・シュタリア」

「よろしくお願いしますね。アーガントさん。私もベルと呼んでください」

「よろしくお願いします。ルーク先生には優しく教えてもらえて嬉しかったです」

「そうですか。それを聞いたらルークも喜ぶわ」


 ベルも続いてアンと会話を交わす。


「そして最後に。彼女はアリストン・バルクス・シュタリア。バルクスの執務長官だよ」

「よろしくお願いします。私のことはアリスとお呼びください」

「よ、よろしくお願いします」


 こうしてアンは三人と紹介しあう。


「それでアーガントさん」

「あっ、それであれば普段はアンと呼ばれてますので皆様もそちらでお願いします」

「ん、それじゃアン。この本はどうやって手に入れたの?」


「えっと、信じてもらえないかもしれませんが五年ほど前にある老人から最初にいただいたんです。

 それ以降はその本を読み切る頃に枕元に新しい本が置かれていて……今では十二冊ほどに」

「……なるほどね」

「こんな話を信じてくれるんですか? 今まで誰も信じてくれなかったのに」


「ちょっとその老人ってのに心当たりがあってね。アン、その老人の顔とか特長とか覚えている?」

「それが……その……、老人に会ったという記憶は確かにあるのにどんな顔だったかとかどんな会話をしたとかがはっきり思い出せなくて……」


 やっぱりあの爺だと、それと同時にこの少女が()()()だと確信を得る。


「やっぱり僕の予想通りの人だったよ。それじゃ君にわざわざ来てもらった話をしていこうか」


 そう僕は切り出すのだった。


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