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■「未来の道2」

「独立……だと?」


 その言葉に一番驚いたのはバインズ先生だった。

 そりゃそうだ。独立なんて簡単にいっているけれど、別の言い方をすれば『謀反』だったり『翻意』『裏切り』なんていうネガティブな印象となる行為だ。


「独立……というと少し違うのかもしれませんね。

 僕としては王国とか帝国とかに縛られること無く動くことが出来る環境にしたいってのが本心ですから。

 そしてそれを可能にすることが出来るだけの道筋は見えている。


 もっとも直ぐに独立というわけではありません。

 僕が独立を宣言した時にそれに王国が異議を唱えることが出来ないだけの力をつけるというのが当面の目標です」


 バルクスは古来から特殊な立ち位置であった。

 これといった特産品が無いにも関わらず、貧しいながらも軍事・内政ともに他の貴族を頼ることなく維持してきていた。


 それは中央への上納金の免除という恩恵であったが、この事が奇しくも中央との希薄な関係を生じさせた。

 バルクスは領内で生み出された資金のみで領土経営をしているという認識が領主だけでなく領民の根本にある。


 中央にバルクス伯館――今や辺境侯館だが――はあるが、僕の両親が訪れたのは数えるほど。僕も学生時代の一度のみ。

 まぁ、そもそも距離の問題で簡単にいくことが出来ないっていうのもあるのだけど。


 領主ですらこうなのだ。生まれた土地から動くことなく生涯を閉じることが多い領民はより顕著となる。


 中央もバルクスの認識は魔物からの盾……いや、自分達が防衛体制を整えるまでの時間稼ぎであろう。

 ゆえにバルクスに他領の貴族が訪問することは殆ど無い。それは王族も然りだ。

 お忍びだったり降嫁だったりで王族のクリスがバルクスを訪れたことが、そもそもかなり珍しかったのだ。


 だから領民には王国に対する帰属意識が薄く『バルクス辺境侯の民』という認識が強い。

 そういった意味では独立しても領民の動揺は少ないだろう。


 そして魔物からの盾としてバルクス辺境侯は九騎士団。総勢二万七千名の兵力を有している。

 さらに武装に関していえば、後装式正式銃を筆頭に他の追随を許すことは無いだろう。


 やるつもりは無いけれど砲艦外交――船じゃないけどね――も可能ですらある。


「それにさ、今や侯爵まで上り詰めた僕には、王国ではこれ以上の栄達は難しいからね」


 僕のその一言になぜかアリスとクリスが驚いた表情を見せる。何か変な事言っただろうか?


「しかしだなエル。独立と簡単に言うがそう容易いことでもないだろ?」

「そうですねバインズ先生。起こるであろう内乱についてはファウント公爵を支援する形で動くつもりです。

 もちろん、それは派閥に入ることなく。ですけどね」


 そう、今さら勝ち馬に乗ったところで見入りは少ない。むしろ古参からは日和見として見られるだろう。


「であれば派閥に属するのではなく別派閥の戦力を削る……いや、その土地を正当な理由でいただくというのが正しいですかね。

 その目標として有力なのはバルクス北方のエウシャント伯爵領。さらにその先のベーチュン伯爵領もかな。

 その準備は進めてるんでしょ? アリス、クリス」


 僕の問いかけにクリスは苦笑いする。


「えぇ、もう少し時間がかかるけれど領土の所有権請求(クレーム)の準備が整うわ」

「さすがアリスとクリス。僕の考えなんてお見通しか」


 エウシャント伯爵領とベーチュン伯爵領を領有することができれば、政治的にも軍事的にも公爵に比肩するだけの力をつける事が可能だ。

 しかも両方共に魔稜の大森林から離れるから魔物の危険性が少なくなる。より内政に力を入れることが出来るだろう。


「今回の話は信頼している皆だから話した内容です。口外しないようにお願いしますね」


 僕の言葉に皆は頷く。


「それで、エル。今後は独立を目指すとしてクイ君たちはどうするの?」

「クイとマリーには、今年いっぱいをもって帰還してもらうように調整する予定だよ。

 まぁ報告では二人とも実力は十分だろうし、信頼できる友を家臣として何人かスカウトしているみたいだからね。

 もう学校で習うことは無いでしょ。そして二人の帰郷をもって中央の辺境侯館は、今後は情報収集のための拠点とする」


 僕の弟妹であるクイとマリーは今も中央の貴族学校に通っている。

 もし独立するとなれば王国に僕の弱みを握らせることになるのは避けるべきだ。

 それに来年にも成人となるクイには僕の右腕として手伝ってもらいたい思いが強い。


 マリーにもある事でその才を発揮してもらいたいこともある。


「それにしてもさ。ここだけの話ってすると……後でアインツ君たちが機嫌悪くなるんじゃない?」


 そうクリスが悪戯っぽく言う。


「あー、うんアインツやアリシャたちにも僕から伝えておくよ」


 そう僕は皆の膨れっ面を想像しながら笑うのだった。


 ――――


「それで、どう思った?」

「らしくない。ですかね」

「そうね。らしくない。わね」


 皆解散し、隣のアリスの執務室に移動したクリスは開口一番。アリスに尋ねる。

 主語が無い問いに対してアリスは、クリスの主旨を正確に掴みクリスの思いと同じ回答を返す。


「まさかエルの口から『栄達』なんて言葉が出てくるなんて思ってもみなかったわ」

「本来、自分の出世というものにとことん無頓着な人ですからね」


 そうお互いに苦笑いをする。


 エルが聞いてきたように二人にとっては、今回の中央の動きを上手く利用して独立のための道筋を整える予定であった。

 ゆえにこの五ヶ月をかけて北方の二伯爵領を手に入れるための正統な理由を……偽造している最中だったのだ。


 貴族間の多くの諍いは同じように偽造されたものがほとんど。

 ルーティントとの解放戦争も、別にルーティントの解放を領民に懇願されたわけではない。

 バルクスとしてルーティントの民を圧政から解放することに意義がある。

 それを突き通せば立派な戦争理由になるのだ。

 そして勝利した時、偽造だったものは正統な理由として歴史に残るのである。


 二人には、綻びつつある王国の貴族制度の中で二伯爵領へのクレームを造る(偽造)事は造作も無い事である。

 それよりも一番難しいと考えていたのが、エルに独立を促す説得をすることだったのだから。


 エルの前世の知識を元に生み出された多くの技術によりバルクスは他領に比べて内政・軍事共にその充実は著しいものがある。


 特に銃や大砲を筆頭に魔法を阻害する鋼鉄製の武具。逆に鋼鉄製でありながら魔法を阻害しない防具。


 それらは世界のパワーバランスを大きく変えるほどの力であり、しかもバルクスが独占しているのだ。

 そしてそれに留まらず、日夜ベルとメイリアを筆頭とした技術班によって新技術を生み出さんと邁進(まいしん)している。

 エルが求めればいずれは世界征服すら可能であろう。


 だがエルにはその野心が無かった。王国の一貴族としてその生涯を終えることすら望んでいるのではないかと思うほどに。

 だから今日、エルから独立するという言葉を聞いた時、難しい問題が勝手に解決したという安堵と共に、違和感が二人の中に生まれたのだ。


 そう、『何か変な物でも食べたの。エル?』状態である。


「でもなぁ、だからといって溢れるほどの野心を感じるか。と言われると……」

「まったくなんですよねぇ」


 そう、言葉自体には驚いたがそれ以外は、普段のエルと何も変わらないのだ。


「とりあえずは当面の間は要観察って感じかなぁ」

「そう……ですね」


 そうお互いに軽くため息を吐くのであった。


 ――――


 ここではない場所、人が入ることなど出来ない場所。


 そこには一人の老人がいた。その顔に浮かぶは笑み。だが普段の好好爺とした笑みではない。

 少なからぬ邪悪さを感じさせるような……悪い事を考えているような笑みだ。


「いやはや、まさかエルスティアに一番かけ離れた『覇王の種』が生まれるとはのぅ。

 しかし『覇王の種』にしては劇的な変化は無い……やはり両極端の性質は干渉しあうと言うことかの」


 興味深げに老人は呟く。


 被験者全員に付与される隠れギフト『努力は必ず実を結ぶ(ゴッド・ブレス)』。

 それには七つの壁がある。壁を越えた時、その被験者の能力を大幅に向上することになる。

 今やエルはそのうちの四つの壁を越えている状態である。


 だが大いなる能力向上をもたらすそのギフトには副作用が存在する。そのギフトは人間の器にはあまりにも多すぎるのだ。


 以前、エルスティアにその副作用の兆候が見えたとき、老人――神は『殺人に対する良心の呵責(かしゃく)の軽減』と考えた。

 だが違った。そんな()()()な物ではなかった。


 『覇王の種』


 大陸を統べるに相当すると判断された極僅かな被験者に現れる副作用。

 

 覇王は極少数の人間の死に一喜一憂する者ではない。その犠牲は自分の覇道への(かて)なのだから。

 むしろ自分のために死ねたことに感謝しろ。という傲慢さこそが覇王なのだから。


 今までの傾向として元から野心が豊富であった被験者に現れるのみであったこの副作用が、野心とは程遠いエルスティアに発現したのは神にとっても異例中の異例である。

 だからこそ、より興味をそそられる。


「くくく、これからこの世界がどうなって行くのか。しかと楽しませてもらうかのぅ」


 そう神は楽しそうに笑うのであった。


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