■「魔物とハサミは……3」
レーゲンアーペは何時ものようにただひたすらに大地を食べていた。
はぐれである彼? にとってはこのあたりの大地は栄養価が高くない事が不満ではあったがレーゲンアーペにとって縄張りと言うものはかなり厳格なものである。
別のレーゲンアーペの縄張りに入ろうものならば、はぐれ同士であればタイマン。巣にでも入ろうものならば複数の同族によって最悪の場合、殺されることもあるのだ。
ゆえにレーゲンアーペの巣と巣の縄張りの隙間であるこの周辺こそが自由に行動できるエリアだった。
そのため低栄養の大地をひたすら食べて自身の生命維持に努めていた。
人類種はレーゲンアーペをその巨体と繁殖の特殊さゆえに魔物と同等にみなしていたが、厳密に言えばレーゲンアーペは動物種に分類される。
魔物が繁殖する原因は不明とされており、ゴブリンやトールのように異種族のメス――人類種も対象になる――を攫い、孕ませるという魔物も一部には居るが、魔物から発せられる魔力の吹き溜まりから新たな魔物が生み出されるというのが一般的な考え方である。
一方、レーゲンアーペは雌雄同体。つまりは二匹居ればオスメス関係なく繁殖することは可能である。
さらに言えば一匹でも繁殖しようと思えば出来なくもない。
雌雄同体という存在を知らないこの世界の人間にとっては、一匹でも繁殖できるレーゲンアーペは、まさに魔物そのものであったのだろう。
そんな生命維持のためひたすら大地を抉り食らっていた彼の下に突如として三つの魔方陣が浮かび上がるのであった。
――――
「チェーンバインド!」
僕とクリス、そしてユスティの三人が同時に発動させた魔法によりレーゲンアーペの下に三つの魔方陣が浮かび上がる。
そこから生み出された計十五本の魔法の鎖は、まるで意志を持つかのように瞬く間にレーゲンアーペを絡み取る。
だが体を束縛された事を嫌ったレーゲンアーペはその巨体をくねらせながらももがく。
その圧倒的なパワーに耐え切れずに、人であれば余裕で拘束することの出来る魔法の鎖は一本、また一本と破壊され霧散する。
「さすがパワーは桁違いか……クリスはスリープによる阻害を、ユスティは引き続きチェーンバインドによる拘束を試みて!」
「了解!」
「わかったわ」
指示に二人は返答し詠唱を始める。
チェーンバインドは魔物の並外れたパワーに対しては、焼け石に水となりかねないと考えていたが、物は試し……というよりどれだけ有効かを確認したかったというのがあった。
けれど、うん。未だに八本ほどは健在しているは予想よりはもっているといったところだ。それでもすでにレーゲンアーペの巨体を十分に拘束するにはいたっていない。
レーゲンアーペの完全脱出を防ぐ意味でもユスティに追加のチェーンバインドを頼んだというわけである。
魔力さえあれば何度でも作り出すことが出来るチェーンバインドはやはり有効性は高い。
クリスにはレーゲンアーペの動きを鈍らせる目的でスリープ、つまりは睡眠魔法を頼んだのだ。
レーゲンアーペは、その巨体そのものが武器だ。尻尾――と言っていいのかどうかは微妙なところではあるけれど――の一振りで柔な人間の体などぺっちゃんこになるだろう。
怒りに任せて振る尻尾の軌道は予測が難しいから睡眠魔法により動きを鈍らせるのだ。
こちらもクリスと相談しながら作り出した新たな魔法。人間であればかなり有効であることは実験で分かってはいたけれど魔物にも効果があるのかのデータ取りも兼ねている。
すべての実戦が、僕にとっては貴重なデータを得ることの出来る場所なのだ。
それから三十分ほどかけて三人で無尽蔵とも見えるレーゲンアーペの体力を落とすための対応をしていく。
そしてある程度動きが弱まった事を確認した僕は、別の魔法の詠唱を始める。
「来たれ、戒めの水よ、彼の罪を裁き、贖罪の檻となれ」
詠唱を続けるたびに体内から魔力がもっていかれているのを感じるが、それでも想定していたより緩やかであることに僕は安堵する。
魔法構成の複雑さから言えば上級魔法に位置づけられるが、侯爵としての仕事の僅かな合間を縫って試行錯誤した甲斐もあり魔力消費量は中級魔法並みに抑えることに成功していた。
その代わりに使用目的がただ一点に限定されているってのは実に僕らしい。
けれどその使用目的においては最強の魔法という自負がある。
レーゲンアーペの動きが二人の魔法により十分に鈍くなっている事を確認し、二人に十分距離をとるように指示する。
そして……
「罪人に刑を執行する。『ウォータープリズン』」
僕の詠唱完了により魔法が発動する。
それは一滴の小さな雫。それがレーゲンアーペの上空に現れる。
そしてそれは重力に逆らうことなくレーゲンアーペへと降り注ぐ。
雫がレーゲンアーペに当たると同時にそれは自然現象・物理現象の両方から逸脱した変化を始める。
その体積をそれまでの何万倍にもなるのではないかという勢いで大きくした水の固まりはレーゲンアーペの体を包んでいく。
そして、瞬く間に呼吸だけを許すために顔? を除いた全てが水の固まりに包まれる。
それに抵抗しようとレーゲンアーペは動こうとして……それが不可能である事を知る。
水のように見えるそれがレーゲンアーペが微動することすら許さない。
相手を――レーゲンアーペのパワーをもってしても不可能になる程の――拘束することだけに特化した魔法の水による檻。
ウォータバインドの完全上位互換といってもいいだろう。
その威力ゆえに人間に使うのであればウォータバインドで十分に事足りるし、その発動の特徴ゆえに中型以下や高速で動く魔物には使いにくいと、大型魔物のみに使用する事を前提とした魔法。
けれど、魔力消費量も魔道士であれば十分に詠唱可能な量だし、効果も十分といっていい。
後は生体調査を行うための隔離場所に到着するまで定期的に魔力注入すれば、拘束は半永久的に可能である。
「それにしても魔物の体力の無尽蔵さを甘く見ていたわ。実戦がこんなに疲れるなんてね」
ウォータープリズンによってレーゲンアーペが無力化された事を確認したクリスが僕の傍に来て苦笑いしながら言う。
「私たち以外でレーゲンアーペを捕まえるのであれば、中級魔道士のほかに行動阻害のために五・六人でチームを組む必要がありそうだね」
僕たちの対応方法についてユスティが捕獲のために必要そうな要員の試算をする。
「そうだね。そのくらい必要そうか……少し効率は落ちるだろうけれど安全第一だからね。
そのあたりは、帰還してからベルとアリスを交えて話すことにしようか。
さてとベルたちは……」
レーゲンアーペを捕獲するためにベルたちから少し離れた場所に居た僕たちは、ベル達がいるだろう小高い丘へと視線を送る。
そんな僕たちの視線の中にうっすら昇る土煙が入ってくるのであった。