■「レストランでの密談1」
「……えっと、この書状って本物?」
「何言ってるの。当たり前でしょ?」
王都に到着してから一週間。
そこで届いた書状を読んで呟いた僕の言葉にクリスは何言っているのといった表情で返してくる。
「いや、だってさ…………何のため?」
「それを知るためにも会う必要があるんじゃない?」
そういうクリスの言葉に僕はもう一度書状に目を落とす。
そこには簡単に言えばこう書かれていた。
『僕とクリスに内密に会いたい』と――
それ自体はそこまで問題はない。実際に到着後に大小含めて数件届いている。
それらは王都に支店を持つバルクス商人連の商人たちがほとんどで販路拡大のための新商品の売り込みや特許の販売要請である。
ただ今回の場合は、会いたいと言ってきた人物が問題なのだ。
その人物とはキスリング・レイート・ベルクスト伯爵――つまりは王国宰相である。
貴族位の観点で見た場合は、僕は辺境侯でキスリング宰相は伯爵と僕の方が上だけれど、王国における職務で考えた場合、こちらは辺境領主に過ぎない一方であちらは王国ナンバーツー。
いや、ナンバーワンの王が空位に近いのだから実質トップといえるかもしれない。
そんな相手がわざわざ、内密に会いたいといってきた。 しかもクリスも指定して。
それがなぜなのかがわからない。いや、思い当たるとすれば……
「これって戦後の派閥争いに巻き込まれてたりする?」
「少なくとも王国におけるパワーバランスの一端を担うとは考えられてるんじゃない?」
クリスからの返答に僕はでかい溜息を一つ吐く。僕が一番避けたかった……いや面倒だと思っていた政戦にどうやら巻き込まれたらしい。
僕が神様に感謝していることの一つが、王国の中央から遠いバルクスを居としてくれたことだ。
これにより今まで表立って中央の政戦に巻き込まれずに済んでいた。
しかしどうやら今回ばかりは貴族の半分ほどが滅亡もしくは衰退したことで注目される立場になったらしい。
「場合によっては、断ることもできますがどうしますか?」
クリスと僕の会話に横の席で聞いていたアリスが尋ねてくる。その提案はとてもとても魅力的ではある。……けれど。
「いや、後々のことを考えればなんとなく会わないのはまずい気がする」
「……そうね。すぐさま派閥争いに巻き込まれることは無いだろうけれど、私としても情勢が少しでも知れるのであればいいわね」
王都から遠いということはメリットである反面、情勢が分かりにくくなるというデメリットも存在する。
クリスやアリスにとっては、今後の方針を立てるためにも情勢の把握は必要性が高い。
そういった意味でもキスリング宰相に会うことは意義があるのかもしれない。
「それじゃ会うとして、貴族的に日時指定はどうしたほうがいいかな?」
僕としても貴族社会での経験はほぼ皆無。ゆえに宰相クラスと隠密にとはいえ、明日・明後日といった性急な日付を指定していいものかわからない。
こちらとしては、リンクロードが帰ってくるまで、ぶっちゃけ暇なわけでいつでも構わないといえば構わないのだ。
「そうね……本来であれば一週間ほど猶予をとった方がいいんでしょうけど、彼方からの申し出。しかも内密にとなると三日後くらいがいいわね。
もし都合が悪ければ、彼方から日時指定があるでしょうし。とりあえず私の方からエル名義で返信しておく。でいいかしら?」
「うん、それじゃ頼むよ。クリス」
こうして、予想だにしていなかったキスリング宰相との会見へと動き出すのであった。
――――
「本日は、クラリスともどもご招待いただきありがとうございます。キスリング宰相」
「なに、こちらから要望したのだ。そう堅苦しくせずともよい。エルスティア辺境侯」
三日後、キスリング宰相から指定された場所――王都の貴族御用達のレストランの個室――に招待された僕とクリスは、後に到着したキスリング宰相に深々と一礼する。
こうして会うのは僕としては、初めてとなる。
確か今年で六十六歳になるはずだ。暫く病床に伏していた影響か少しやせ細ってはいるが、その目に宿る光は弱いを感じさせないほど強い。
さすが王国の屋台骨を支え続けてきた大人物といった感じである。
タイミングを見て現れたウエイターに右手だけで注文をするところを見ると御用達なのだろう。
それを見越したかのようにあまり時間をおかずにキスリング宰相と僕とクリスの前に赤ワインのグラスが置かれる。
「それでは王国の安寧と繁栄を願って」
「王国の安寧と繁栄を願って」
「王国の安寧と繁栄を願って」
「「「乾杯」」」
そうして僕たちは赤ワインを一飲みするのであった。その祈りがどれだけ困難であることを認識しながら……
――
「こうして面会を求めたのは此度の後継者争いに直接関係していない君たちの意見を聞きたいと思ったのだ」
それまで他愛のない会話をしている中でコース料理の三品目が運ばれた頃合いをみてキスリング宰相がそう口を開く。
いつの間にか給仕を行っていたウエイターたちも姿を消している。
恐らくこの三品目のタイミングで部外者は退去し内密な話を行うというパターンが出来ているのだろう。
「一応私も降嫁しましたが、王位継承権は未だありますよ。キスリング」
そうクリスが冗談交じりに返す。キスリング宰相を呼び捨てにしている事で、改めて王女だったことを思い出させる。
「もちろん忘れてはおりませんよ。クラリス王女殿下。……もっともご本人には既に王位に執着はないでしょうが」
「えぇ、王位やガイエスブルクでの暮らしよりもエルスリードでの暮らしの方が私には性に合っているわね。
毎日が驚きの連続よ。キスリングも老後はエルスリードに住んでみたらどうかしら?」
「ハハハ、それはとても魅力的なご提案ですね」
そんな僕からしたら若干ヒヤヒヤするような会話を続ける。
「さて、冗談はここまでにして。恐らく次期王位はイグルス王子が就任することは確実。
そうなれば後見してきたファウント公爵家が主体となり今後の王国は運営されていくでしょう。
これまでどこの派閥にも属すことのなかった私はお役御免というわけです」
「あら? まだ冗談は続いているようね。キスリング。
ファウント公爵があなたを排除するなんてありえないわ。後継者争いでボロボロになった王国を再建するにはキスリング。あなたの力は不可欠よ。
……まぁもっともこうも早く後継者争いを終結させるためにはあなたの存在は邪魔だったかもしれないけれど」
「いやはや、これは手厳しい」
僕の背中は冷や汗がダラダラである。できればこの場から退席したい気持ちがいっぱいだ。
いや、よくよく見れば二人ともこのやり取りを楽しんでさえいそうである。正直僕にはこんな腹芸は出来そうにない。
「今回の後継者争いで、これまで中核を占めていた公爵家十四家のうちウォーレン、スールトン、パーストン、トゥインクル、ボーデンハーク、フェブラーの六家が滅亡もしくは降爵することになるわ。
この六家は王国の北部を主に領地としていた。いわば対帝国の要を失ったに等しい。
その帝国も今や反乱軍に押されている状況であることは不幸中の幸い。どちらに決着したとしても当面は国内の立て直しに注力する必要がある。
その間に王国も体制を立て直す必要がある。その際にキスリング宰相の力は必要なのは明白。それがわからないファウント公爵ではないわ」
改めてクリスが王国と帝国の現状から冷静に説明をする。それに僕は反論する言葉はない。
ファウント公爵は、人物としての力量もさることながら判断力に関しても当代髄一といっても過言ではない傑物だ。
そんな彼が、権力を恐れてキスリング宰相を排斥することは僕も正直考えられない。
僕でさえそう考えるのだから、よりファウント公爵の為人を知るキスリング宰相がわからないはずがない。
つまりは、彼の話はあくまでも呼び水でしかない。そう、さらに重要な話の……
「そう、恐らくファウント公爵は私をうまく使って王国の再建をこなすでしょう。ただ懸念が無いわけではない」
「懸念……ですか?」
そう返す僕にキスリング宰相は微笑む。
「あなたですよ。エルスティア・バルクス・シュタリア辺境侯」
そして僕にそう返すのだった。