●「悲しき再会4」
「お久しぶりです。お父様」
十年ぶりに再会した父親の変わりようにメイリアは、その驚きを顔に出さないように気をつけながら口を開く。
メイリアがガイエスブルクに到着した時には、既に話がついていたのだろう。
ファウント公爵の同行を条件に父親に会うことが認められた。
彼女の記憶の中にあった父親の姿は、貧乏貴族になったと言う事実を認めることも出来ず豪勢な食事や酒によって太った姿である。
だが今目の前にいるのは、やつれて生気を失った中年の男。
その理由の一端に自分の存在があることも理解しながらも、彼女は気丈に父と相対する。
「メイリア……きさま、貴様がぁぁぁっ!」
久しぶりの再会にも関わらず父親から一番最初に発せられたのは恫喝。
その後もフィレンツの口からはキスリング宰相と相対した時と同様、いやそれ以上の罵詈雑言がメイリアに向けられる。
その多くが、メイリアがアクス家に十分な支援をしていればこのような事にはならなかったと言う他力本願なもの。
第三者であるファウント公爵にとっては、何の大儀も正当性もない馬鹿馬鹿しい言い分。
けれどそれをメイリアはただ黙って聞き続ける。
罵詈雑言を並べ立てることで徐々に冷静さを取り戻したのか徐々にフィレンツの口調は徐々にトーンを落としていく。
そして……
「頼む……メイリア。バルクス侯に我々の免責をお願いしてはくれないか……」
そう懇願してくる父親の姿に、だがメイリアははっきりと拒絶する。
「いいえ、それは出来ません。そもそも此度の件。侯爵であろうとなかったことにするなど出来ようはずもありません」
「……くっぅ」
メイリアの拒絶の言葉にフィレンツは、両手で顔をふさぎ嗚咽する。
「お父様。教えてください。元来のお父様であればこのような大それた事件を起こすことが私には信じられないのです」
長き歴史を持つ名門貴族であるという虚栄の衣を着てはいたが、その実は小心者。それがメイリアの父親に対する評価である。
とてもじゃないが、父親が主体となって動くはずがないのだ。
「聞いたのだ。私が……私たち男爵家の多くがキスリング宰相が生み出した制度のせいで困窮したとな」
「なんだそれは。そのような制度聞いたこともないぞ」
それまでただ黙って親子のやり取りを聞いていたファウント公爵が口を開く。
「いいやっ! 確かにきい…………あれ、私たちは何を聞いた……何を……思い……出せない。いや確かに聞いたのだっ」
「お父様?」
「キスリングが……我々の敵だと……奴さえ居なくなれば……我々は元のような絢爛豪華な生活が……絢爛……豪華……いつだ?
私がそのような豪華な生活を送ったのはいつの事だ?」
メイリアは知っている。父親が生まれた頃には既に三代に渡る浪費により、父親が語るような豪華な生活などあろうはずもなかった事を。
その間にも父親は言葉を続ける。だがその言葉はどれもこれも真実とは異なる。虚構の言葉へとなっていく。
まるで今まで自分が信じていたものが次々と壊れていく様を自分が確認していくかのように。
「お父様。教えてください。そのような話をしたのは誰なのですかっ?」
メイリアの強い口調にそれまで茫然と呟いていたフィレンツは、体をビクリと震わせる。
「誰……誰……、そうあいつだ。ルーディアス……ルーディアス・ベルツ! あれほどまでに恩をっ……恩……いつだ……いつあの者に会った……わからぬ……なぜだ……ははっ、そうか、私は良いように使われたということか……」
フィレンツは、自分の口から出た名に混乱したかのように呟く。
「ルーディアス……ルーディアス・ベルツ……どこかで……聞いた……」
父親の口から出た名。その名をどこかで……過去に少なくとも聴いた記憶があるのだ。
その記憶を必死に思い出そうと名を繰り返す。そして……
「そうだ……ルーディアス・ベルツ。あの頃だ」
「メイリアよ。その名に聞き覚えがあるのか?」
ファウント公爵がメイリアに問う。ファウント公爵にとっても事件の真相に近づきかねない重要な情報なのだ。
「ただの同姓同名という可能性がありますが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ」
「エルスティア侯爵や私が貴族学校に通っている頃、魔法学を教える教師の中に同じ名前の方がいました。
……あ、ですが……」
「なんだ?」
「はい、レイーネの森事件が起こる一月前に学校を辞められたと」
「レイーネの森事件の前に……だと……ふむ」
その言葉にファウント公爵はしばし考え込む。
「ファウント公爵?」
「いや……なんでもない。だがかなり有益な情報を手に入れることが出来た。感謝するぞメイリアよ。
さて……今日はフィレンツ卿も混乱しておる。日を改めたほうが良かろう」
提案と言う形ではあるが、ファウント公爵としては決定事項であろう。
父親の事が気にはなるが、今回の父親との面談はファウント公爵の厚意――見返りはあるだろうが――だから拒否することは出来ない。
「……はい、そうですね。それではお父様。また来ますので……」
メイリアはそう返すことしか出来なかった。
――――
その日以降もメイリアは、父親だけではなく母親、兄の下を訪れた。
二人の口からは当初は父親への恨み言ばかりが漏れたが、メイリアと毎日のように話すうちに次第に心の整理がついていったと同行した看守が残した資料には残っている。
もっとも大きく心境が変化したのは父、フィレンツであった。
以降はまるで憑き物が取れたかのようになり、それまで頑なに喋ることがなかった共犯者の名前を自供して言ったという。
メイリアと相対した際も、それまでとは打って変わり一人の父親としてメイリアを歓迎したと伝わる。
最後の時を迎えるまでメイリアと語り合い。孫に会うことが出来ない事を非常に残念がった。とメイリアの日記にも残っている。
五月一日。
事件の賛同者の名前を提供した恩赦として、大量の監視つきとはいえフィレンツは妻、長男、次男、そして末娘と共に旧家であるアクス男爵家への一日限定とはいえ帰省を許された。
そこで家族は、質素ながらも温かな食事をし、最後まで残っていたワインを飲みあった。
それは何処にでもあるような幸せな家族の姿であった。と伝わる。
そしてメイリア・バルクス・シュタリアにとってもアクス男爵家を訪れるのはこの時が最後であった。
五月十二日。
晴れ渡った王都において、フィレンツ・アクス・ベルクフォード元男爵、ローズ・アクス・ベルクフォード元男爵夫人、レイルス・アクス・ベルクフォード元男爵公子の絞首刑が執行された。
その様は、怯えることもなく威風堂々たるものであったと資料には残っている。
次男ルード・アクス・ベルクフォードは、平民階級に落とされたことで伯爵家の執務官の職を失ったが、バルクス辺境侯によりルーティント領の「アス」の町の執政官として雇われたと資料には残っている。
メイリア・バルクス・シュタリアによってもたらされた真犯人と思われる『ルーディアス・ベルツ』……いや『蠱毒』の名は、ファウント公爵、そしてエルスティア・バルクス・シュタリアにとってその後も長きに渡り影を落とすことになるのである。