●「知己を得る3」
次にベルネストが目を覚ましたのは、綺麗に清掃された一室だった。
微かに香るのはどうやら野草の匂いのようで、そこから判断すれば病室のようだ。
曲がりなりにも貴族の彼にとって治療は治癒魔法が基本で、この旅に出るまでは薬草を用いた治療は民間療法――もっとひどく言えば呪法の類だった。
確かにエルスティアが治める領地以外では、祈祷紛いのモノばかりで彼の認識もそこまで間違ってはいなかった。
だがエルスティアの領地では、『医術』というものが存在し、基礎的な病気や負傷に関しては薬草やそこから製薬した薬を用いた治療が近年発展しているらしい。
旅の途中で何度か擦り傷・切り傷でお世話になった。
さすがに治癒魔法のように即効性はないが、自然治癒に比べて圧倒的に治りが早く、化膿も防げ、それでいて料金も圧倒的に安価である。
そういった利点からも平民たちにとっては治癒魔法よりも選択肢として優れているといえるだろう。
閑話休題
ベルネストは、痛む額以外に怪我がないことを確認し、ベッドから起き上がる。
横に備え付けられていた鏡で確認したが、頭に巻かれた包帯以外は問題なさそうである。
「あら? 起きたかしら? 体調に問題ない?」
そんなベルネストにドアを開けた人が声をかけてくる。
「えぇ、今気づきました。 大丈夫です」
ベルネストは人――レスガイアに笑顔とともに告げる。
レスガイアもベルネストの表情や血色からも問題ないと思ったのか微笑み返す。
「僕はどれくらい気を失っていましたか?」
「そうね……二時間ほどかしら?」
そう言いながらレスガイアはベッド横の椅子に座る。
「そうですか……いやっ! それよりもっ!」
そう叫びながらベルネストはレスガイアに詰め寄る。その勢いにさすがのレスガイアも顔を引きつらせながら身を少しだけそらす。
「最後の技は何ですかっ! やり方はっ? 身の動かし方はっ? 僕にもできますかっ?」
そう矢継ぎ早にベルネストは質問する。それにレスガイアは軽く噴き出す。
「本当に未体験のものに対する貪欲さはあの子そっくりね」
「あの子?」
「ううん、何でもないわ。こっちの話」
レスガイアが誰を思い出しているのかはわからないが、とりあえずは彼女なりの誉め言葉なのだろう。
「さてと……正直な君の評価よ」
そう切り出すレスガイアの言葉にベルネストは姿勢を正す。
「君は強いわ。恐らくだけれどこの大陸でも上から数えたほうが圧倒的に早いほどに」
自身より圧倒的に強いだろうレスガイアからの評価にベルネストは内心小躍りする。
「けれどそれは『人間としては』という領域内。亜人の中には君よりも強いものが沢山いる」
そう、それはベルネスト自身も感じていたこと。どれほど強くなったといえどそれは人間の領域から抜け出せてはいない。
身体能力が人間種より優れているといわれる亜人がいることも噂では聞いている。
「身体能力で競うにしても、何れは限界が来る。それはどうしようもないわ」
その言葉は、ベルネストにとっては厳しい言葉。『神の子』と呼ばれる異能も最終的には頭打ちになるという宣言に近い。
それが顔に出たのだろう。レスガイアは表情を崩す。
「けれどね。それは身体能力『だけ』で勝負した場合は、ということよ」
「?」
「君は自身の魔力は全くないと思ってないかしら?」
その言葉にベルネストは理解が追いつかない。魔力がゼロであること。それは彼にとって生まれたときから変わることのない事実でしかないからだ。
だがその言葉に理解が追いついていく毎に、自身の血が熱くなっていく感覚を覚える。
「僕にも魔力があるんですかっ!」
「いいえ、無いわよ」
ベルネストの期待の声は、レスガイアに一刀両断される。
「正確には、『広義の意味で知られている魔力は』かしらね」
「……それってどういうことですか?」
「君はえっと……なんだったかしら……そうそう『神の子』と呼ばれる存在じゃない?」
「はい、生まれたときから魔力が無い代わりに常人を遥かに超える筋力、俊敏性を持っている能力持ちです」
「うんうん、やっぱりね」
レスガイアが一人納得する様にベルネストはますます混乱する。
「君たち『神の子』と呼ばれる存在は、体内から魔力を放出……つまりは、魔法として使用することが出来ないのよ。だから『魔法を使えない』イコール『魔力がゼロ』と判断されているの。
けれどね。実際は違うの」
「それは?」
「体内に存在する莫大な魔力が、無意識的に身体強化として常時使われているの」
それはベルネストにとって、いや他に人にとっても初めて聞く説である。
「無意識的に使われている魔力はいわば『垂れ流し』でしかなくて効率がとても低い状態でしかない。もちろんそれでも魔力量のおかげで他の人から見れば常人的な筋力と俊敏性を持つ形になっているわ」
「…………つまりは、意識的に制御できるようになれば僕はもっと強くなれる……と?」
ベルネストの言葉にレスガイアはにっこり頷く。
「それでどうかしら? その制御の鍛錬を私が手伝ってあげるのは?」
「それはっ! 僕にとってはこれ以上ないありがたいことです。……けれどそれはレスガイアさんにとってはなんのメリットもないのでは?」
「うーん、そうねぇ。それならば見返りとして、ここバルクス辺境侯のために頑張るっていうのはどうかしら? もちろん冒険者として活躍してくれるだけでも十分よ」
ベルネストは一旦思考する。
「レスガイアさんはバルクス辺境侯と何か繋がりが?」
「えぇ、私にとっては可愛いま……姉弟みたいなものよ。あの子のためなら色々やってあげたいもの」
その言葉から窺い知れるレスガイアのバルクス辺境侯に対しての敬愛……愛情に先ほどの『あの子』というのがバルクス辺境侯であることを察する。
ゆえにベルネストは返答する。
「はい、僕にできることであればこの身に賭けて」
と――
――――
ミッター家の家名を捨て以降、ベルネスト・ウォルフを名乗ることになる彼は、後日、『五芒星』に加入することになる。
常識から埒外の才能とその装備から『赤き疾風』と呼ばれることになる彼は、王国歴三百三十二年に災害級魔物の単独討伐の主要人物として知られる。
彼の元にはその才能を知った多くの貴族から破格のスカウトが来るのだが、全てについて『師匠との盟約があるので』と断ったとされる。
そんな彼が唯一、貴族と轡を並べたのはエルスティアであった。