■「悲しき再会3」
「ありがたいお言葉ですが、お断りさせていただきます」
メイリアの否定の言葉、けれどそれは僕たちも予想した言葉であった。
六人の妻の中でもベルやメイリアは温厚派だろう。けれどメイリアは一度決めたことについては六人の中で人一倍頑固である。
それは『ギフト』を持たないメイリアがここまで努力してくることが出来た一つの才能と言ってもいいだろう。
『アクス家と絶縁する』
僕との約束の発端であるスパイ行為をしていたと言う罪は、彼女からのプロポーズの際に精算された。
それでも彼女の中でその約束はいまだ健在だ。
だからこそ約束を違えまいとするだろうとクリスとアリスとも話し合っていた。だから僕は続ける。
「メイリア、勘違いされると困るよ。君を使者の一員に加えるのは、よりバルクス辺境侯が此度の件と無関係であることを証明するためなのだから」
「それは……」
「今回の件、アクス男爵は、重病を根拠に誰とも面会を行おうとしていないようです。
いずれは男爵家への強制立ち入りをしなければならなくなるかもしれませんが、此度の事件の捜査を実施しているファウント公爵としては、出来れば穏便に事を進めたい。そこでアクス男爵の娘であるメイリアに説き伏せてほしい。そう依頼を受けたのです」
僕に代わってアリスがメイリアに話す。うん、これほどの嘘をさも本当の事のように話すのはすごいなぁ。
もちろんファウント公爵から依頼を受けたというのは嘘だ。
もし依頼が来ていたとしても中央とバルクスには二ヶ月の壁が存在する。こんなに早く依頼が来るはずがない。
今こうしてメイリアと話しているのに先んじて、僕の手紙を早馬が中央に向けて出発したばかり。
使者の一団よりも半月以上早く着くことが出来るだろうから,ファウント公爵がどう判断するかは一種の賭けに近い。
恐らくメイリアたちが到着する前にアクス男爵を強制逮捕する可能性のほうが高いだろう。
それでも中央にメイリアを送ることが出来れば再会できるチャンスがあるのだ。
「ファウント公爵からの依頼という形ではあるけれど、これはバルクス辺境侯の思惑を探る意味も含んでいるわ。
こちらが何かと理由をつけて断れば、バルクスに二心ありと疑われる可能性がある。
バルクスとしては、中央と事を構えるつもりはない。それを見せる必要があるの」
アリスの言葉に追従するようにクリスもメイリアに対して語る。
二人の言葉を静かに聞いたメイリアは、一つため息をつく。
「わかりました。私のせいでエル様にあらぬ疑いをかけられたままでは申し訳がありません。
私でどれだけお役に立てるかは分かりませんが、使者の一員として参加させていただきます」
「あぁ、頼む。そして……思い残すことが無いように」
僕の言葉にメイリアは悲しそうに微笑むのだった。
――――
「ベル、ルーテシアのことよろしくお願いするわね」
「うん、任せておいて。ルーテシアも私にとっては大切な家族だからね」
三日後、エルスリードの北門に中央へと向かう一団が出発の時を迎えていた。
その一団に参加するメイリアから、腕に抱いた愛娘ルーテシアをベルは大事そうに受け取る。
今回の旅において最後まで悩んだのがルーテシアをどうするか? であった。
最後くらい孫の顔をという思いと、生後三ヶ月のルーテシアが長旅に耐えれるのかという思いの末、二日前から少しだけ微熱があるルーテシアの体調を考えてエルスリードに残すことが決まった。
皆が忙しそうに準備をしている中でベルとメイリアはルーテシアを引き取るという形で二人きりになっていた。
「それでね……メイリア。今回の事だけれど……」
少し話しにくそうに口を開いたベルにメイリアは微笑む。
「うん、分かってる。ファウント公爵から依頼があったって言うのは嘘だよね」
「やっぱり、分かってたんだね」
「そりゃ分かるよ。長い付き合いだもん。皆が私の我がままに付き合ってくれていることはね。私って自分でも驚くくらい頑固だもんね」
そう笑うメイリアにベルも笑う。
メイリアの性格、そして本心を慮ってくれたからこそのエル、クリス、アリスの優しい嘘。
自分が皆にどれだけ愛されているのか、そして今回の件で心配をかけたかが痛いほどに分かる。
「最後だもん、ちゃんと区切りをつけてこないとね」
「メイリア……」
そう笑う友をベルは、その手に抱いたルーテシアに注意しながらも優しく抱きしめる。
「いってらっしゃい、メイリア」
「うん、いってきます」
その言葉を残し、メイリアは旅立つのであった。
――――
六畳半――この世界には畳は存在しないが――程の、この建物としては小さな部屋。
その部屋の窓という窓には出入りを妨げる固定格子が取り付けられ、外を覗うことの出来ない黒を基調としたカーテンによって昼間だと言うのに部屋はどんよりと暗い。
内側に取っ手の無い特殊なドアの存在が、その部屋がただの部屋で無い事を十分に理解させる。
一言で言えば軟禁部屋というべきだろうか。
そこにいるのは、据え付けられたベッドに腰掛けた一人の中年の男。
一ヶ月以上、この部屋から出ることが出来ない生活を送ったからか、その顔はほとんど生気を失っていた。
いや、この部屋に居るからだけではないだろう。
自身の犯した罪により遠くない未来を理解しているが故に既に生きる事を放棄した雰囲気を漂わせる。
その男の耳に外側から鍵が開けられる音。そしてゆっくりと開かれていく扉の音が届く。
開かれた扉から入ってきたのは、男が逃亡しないようにと騎士二人が扉の両翼に立ち警戒する。
そもそも逃亡する気を削ぐため、食事は必要最低限しか与えられていないから屈強な騎士に対抗しようも無いのだが……
それに続いて入ってくるのは、先に入ってきた騎士に見劣りしない屈強な体つきの中年の男。
その髪は黒く輝き、目は海のように深い青。
アーネスト・ファウント・ロイド公爵。男をこの部屋に軟禁した張本人である。
とはいえ、男が今こうして不自由ながらも生きることが出来ているのは公爵のおかげであることは理解していた。
自分が犯した罪を考えれば、問答無用で切り捨てられていてもおかしくは無かったのだから。
「これはこれは、公爵閣下。このような場所まで来られるということは、私の断罪の日が決まりましたかな」
そう返す男――フィレンツ・アクス・ベルクフォード元男爵の言葉に、ファウント公爵は顔色も変えずに淡々と喋る。
「そなたの断罪の日が決まったのは確かだ。五月十二日。絞首刑で実行される。
対象は、そなたとローズ・アクス・ベルクフォード、レイルス・アクス・ベルクフォード。以上の三名だ」
ローズとレイルスというのは、フィレンツにとっては妻と長男。罪の重さを考えれば妥当な対象である。
それでも次男のルードとその他の親族が免責されたことが救いである。
しかし彼にとって想定外だったのが、『名誉ある死』では無く絞首刑という実刑が言い渡されたこと。
つまり彼は後世にただの犯罪者として名前を残すことになるのである。
もちろん『名誉ある死』だろうと罪の重さは変わらない。それでも自決により名誉は守られる……いや守られると信じていた。
それが許されないと言うことになるのだ。
「公爵閣下。なにとぞ……なにとぞ我らに『名誉ある死』を……」
「ならぬ。本来であれば,そなたの責は一族郎党に及ぶほどの大罪。
それをそなたと妻、第一子の首のみとする最低限の処置だ」
その言葉に今さらながらにフィレンツは自身の罪の重さを実感する。
「さて、私の話はここまでだが、最後にそなたに会いたいと言う者が来ておる。最後の別れを済ませておけ」
ファウント公爵の言葉に、扉からもう一人入ってくる。
今までの屈強な三人に比べればあまりにも華奢な、一人の女性。
そう、十数年間会うことが無かったとはいえ忘れるはずも無い。
「お久しぶりです。お父様」
女性――メイリア・バルクス・シュタリアは再会した父親に悲しく笑いかけるのであった。