●「真の実力を示す時1」
『主都コーカススに突如、将級魔物 アストロフォンが四体出現』
その報は、コーカスス周辺で諜報活動を行っていた偵察兵からの緊急報告により、二十分後にはクイ・バルクス・シュタリアとリスティア・バルクス・シュタリアの元に届いた。
リスティアにとっては、およそ十五年前の『レイーネの森襲撃事件』の際に聞いた名前ではあるが、実際に遭遇したわけではない。
エルとアインツによって討伐されたアストロフォンの死体についても、王国騎士団による戒厳令により現場に近づくこともできなかった。
クイにとっては、自身が尊敬する兄の英雄譚――本人は否定するだろうが――の中で聞いた魔物の名前でしかない。
魔物の襲撃にさらされているバルクスの騎士であってもその姿を見たものはごく僅かである。
将級であってもレアクラスである魔物が突如として、しかも一体どころか四体現れたわけである。
その報を受けた時点で、クイとリスティの中ではコーカススの住民や敵とはいえエウシャント伯を筆頭とした北部貴族連合の将たちは絶望的とみていた。
なにせ対魔物との実戦経験が少なすぎる。バルクスの騎士であれば対応できるだろうがそれでも幾ばくかの被害を出す可能性はある。
アストロフォンは強さだけで見れば将級とはいえ、そのタフネスゆえに討伐までの被害を考慮して王級もしくは災害級相当とみることがある。それが四体ともなれば少なくとも四個大隊――六千人の騎士が必要となる。
これまでの戦いで指揮系統がほぼ崩壊しつつあった北部貴族連合の騎士では対抗することは難しいだろう。
そうなるとこれ以上の被害を抑えるためには戦争どころではない。まずは魔物討伐を優先すべきである。
「とりあえず、『なぜ突如アストロフォンが四体出現したのか』は後回しにしましょう。
『どのようにアストロフォンを討伐するか』それを話し合いましょう」
急遽集められた第一、第四、鉄竜、赤牙、青壁騎士団の団長、副団長の前でリスティは口を開く。
単純なことではあるが、目標を明確にすることで全員の意識統一を行っている。
「アインツ団長、この中では対戦経験があるのはおそらくあなただけ。なんでもいいから情報をもらえますか?」
「途中でエルをかばって失神したからそこまでの情報だがいいか?」
アインツの回答にリスティは頷く。そうであったとしてもアインツの戦闘における情報収集能力はリスティも高く評価している。
「まずは外皮についてだが、正直騎士団に支給されている剣じゃ薄く傷をつけるまでしかできないな。ある程度のダメージを与える前に剣のほうが使い物にならなくなる。
魔法に関していえば、炎系・水系の効果は低い。一方で雷系は効果があった。
実際に後でエルに聞いたが、ウォーターアローを一点に集中させて脆くなった場所にエアウィンドで推進力をつけた剣を突き刺してライトニング・ボルグでとどめを刺したらしい」
「まったく、領主殿はいつも通りに破天荒ですなぁ」
アインツの言葉に第一騎士団長のロイドが苦笑とともに言う。皆もそれに同意だったのか反論の声は上がらない。
「外皮は剣では難しい……それでは大砲による飽和攻撃はどうでしょう?」
「……絶対とは言えないが、足止めおよび外皮へのダメージはいけると思うぜ。外皮さえなんとかできれば中身は通常の魔物と同等の肉質だ。
バルクス騎士であれば問題ないはずだぜ」
「義姉さん、少しだけいいかな?」
「えぇ、何かしらクイ?」
アインツからの言葉に頷いたリスティにクイが声をかける。
「これは僕の要望なんだけれど可能であれば一体……欲を言えば二体。アストロフォンを生け捕りにしたいんだ。僕自身で。」
そうクイは爆弾発言をするのだった。
――――
クイによる爆弾発言にリスティだけではなくほとんどの隊長が一瞬言葉を失う。
そして『誰もそんな突飛なことを言わないぞ』と言葉を発しようとして……みながそこで引っ掛かる。言いそうな人間をみんなが一人思いついたからだ。
その人間こそが今目の前で爆弾発言をしたクイに多大なる影響を与えていることも……そして、その控えめな言葉とは裏腹にそれが恐らく出来てしまうだろう彼の実力を知っていたから……
クイ・バルクス・シュタリア――
現時点での彼に対する世界的な評価は低い。評価しても多くの場合『エルスティアの弟』と彼自身に対する評価ではない。
場合によっては劣等感や卑屈に苛まれることになるだろう彼に対する評価は……むしろ彼にとっては名誉であった。
兄に対して少々行き過ぎたともいえる尊敬は、なにも彼だけではない。彼の姉妹とも共通した部分があるだろう。
それは本来のシュタリア家の血筋の伝統でもあり、『黒髪の魔女』とも称される母親エリザベートの教育による影響も多分にある。
『シュタリア家では権力争いは起こらない』それは過去もそして将来にわたっても周知の事実として知られる言葉。
そして現時点でのクイに対する低評価が、彼の本来の力量と一致しているかといえば、完全に一致していないといっても問題ない。
彼が生まれた時点で既にエルは学校に入学するために王都へと向かい対面するのは遥か先。 それでも彼には先生がいた。エルが書き残していた魔法に関しての資料である。
『幼少期から枯渇寸前まで魔力を消費することによる魔力量が爆発的に増加する』と予測したエルの手記を彼は忠実に信じ毎日不休で実践した。
その結果、魔法開発については兄や双子の妹であるマリーに劣るが、魔力量は兄に比肩、魔力の精密制御については兄以上という王国有史以来の魔法の申し子ともいえる実力となった。
そう、単純に今までその力を発揮する場がなかった。それだけである。その実力は、エルを通じてリスティやアインツたちも理解している。
そして今回の戦争こそがクイの本当の実力を内外に示す場になる。…………それが将級魔物を捕獲するというリスティらの予想外の形であった。それだけである。
「クイ、それは本気で言っているのよね?」
クイは冗談を言うような子ではない。それでもリスティは念押しとして聞く。
「はい、今回の不測の事態は、裏を返せば僕たちにとって未知の者……中位クラス以上の魔物の情報を知る。チャンスだから」
それにクイは真剣な顔で返すのだった。