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●「強欲2」

「……なるほど。 話はわかった」


 少女――助手二千五十八号――の説明を聞いたエウシャント伯爵は黙考する。

 そこに配下や領民の命を秤に乗せることへの罪悪感は――ひとかけらもない。

 どの魔物を依頼することが彼にとって有利か? それだけである。


 だが所詮はラスティアという優秀な人物を得るという幸運により伯爵へと成り上がった元下級貴族。

 魔物に関する知識なぞたかが知れている。 災害級や厄災級、はたまた天災級なんて夢物語でしか知らない。


 特に王国内でも北側に位置する彼にとっては、領内に現れるのもゴブリンやオーク程度。

 それでは日夜相対するバルクス騎士にとっては何の障害にもなりはしない。


 そんな彼の中に一つの閃きが浮かぶ。


「アストロフォン……そうだ。アストロフォンを一った……いや四体だ」


 それは彼の忌むべき存在。 エルスティア・バルクス・シュタリアが幼少期に倒したと呼ばれる将級クラスの魔物の名。


「自分がかつて倒した魔物に自分の弟が無残にも殺される。 はははっ、これほど愉快なことは無い」

「アストロフォン……でしゅか?」


 自身をほったらかして笑うエウシャント伯爵の言葉に少女は小首をかしげる。

 なにせアストロフォンという名前は人間が勝手に名付けたもの。 魔人の配下である彼女にとっては聞きなじみはない。

 ゆえに彼女は何もない空間に右手を差し出す。 するとそこに突如黒い霧が発生し少女の右手を覆いつくす。


 何かを探すように右腕を動かした後、その黒い霧から右手を引き抜くとその手には分厚い本が握られている。


「えっと……アストロフォン。アストロフォン…………あぁ、これでしゅね」


 それは人間界の言葉を集めた辞書。少女はページを捲りつつ対象の者を探し出す。


「なるほどでしゅ。それではアストロフォン四体を呼び出しましゅ。それで求めることは?」

「眼前に迫った敵を……バルクスの小僧の弟の死を」

「了解でしゅ」


 そういうと再度黒い霧に右手を突っ込みまさぐった後に野球のボールサイズの球を取り出す。

 彼女だけに見える空中ディスプレイに情報を入力すると薄黄色く発光していたその球は黒紫色に発光色を変える。


 その瞬間、外から大きな咆哮が響き渡るのであった。


 ――


「フハハハハ、これか! これがアストロフォン! 小僧の弟を殺す魔物っ!」


 それは町の中心部にある伯爵館からでも視認できるほどの巨体を誇る四体の魔物。

 その巨体ゆえに街の防御壁の一部を破壊しているがエウシャント伯爵は気にも留めていない。実体化して間もないからかその姿は輪郭はわかるが透けている。

 だが十五年ほど前に確認された巨大な亀の姿そのまま。いや、あの時よりも大きいすらある。


 それに気づいた町民たちの悲鳴の声が各地で上がるがそれもすぐさま聞こえなくなる。

 町民たちは糸の切れた操り人形のように次々と地面に伏す。そして伏した人だったものは、体を紫色の光の粒に変えながら跡形もなく消え去っていく。

 そしてその光の粒は、現れた四体の魔物の体に吸収されていく。まるでその四体の養分になるかのように……。その光景は幻想的な美しさすらあった。


 その光景は、伯爵館の中でも繰り広げられていた。

 勝利を絶望視し自暴自棄になり酒をあおっていた兵士。現実逃避とカードに興じていた貴族。娼婦との秘事の最中であった将軍。そしていつも通りに雑務に追われていたメイドや執事。

 貴賤には関係なくなぜ自分が死ぬのかすら何も知ることもなく息絶え、その身を光の粒へとしていった。


「素晴らしい! 素晴らしいではないか!」


 その光景に唾を飛ばすほどの大きな声でエウシャント伯は歓喜する。そう、自身の左手の先が光の粒へと変貌するまでは……


「……な、なんだこれはっ! なぜ私の体がっ!」


 そう狼狽するエウシャント伯に少女は「キシシッ」と笑う。


「言ったはずでシよ『対価はあんたの影響のもとにいる者の”命”』と。そして言わなかったはずでシよ『その対価にあんたが含まれていない』と。

 まったく人間は無能でしゅね。契約は熟考に熟考を重ねて自分も有利となるようにするべきでしゅ」


 まさに悪魔の契約。だが少女が言ったように自分にとって都合の良い情報だけを聞いただけで契約したエウシャント伯の過失に等しい。

 エウシャント伯は、自身の右手で左手首を力いっぱいに握りしめる。まるでそうすればそれ以上に体が光の粒となることが止まると信じ願って。


 だがその願いもむなしく右手は左手首の熱を失い宙をつかむ。進行は止まらない……むしろ右手も光の粒へと変わり始める。


「くそぉ……くそぉ。ゆるさんぞ貴様……そしてバルクスの小僧! ならばこの恨みで貴様の領地も蹂躙してくれるわっ」


 エウシャント伯の最期は、エルへの一方的な嫉妬から生まれた筋違いの怨嗟の声の咆哮であった。


「ふむぃ、これでお腹いっぱいでしゅかね」


 エウシャント伯の光の粒を最後の糧としたかのように光の粒はすべてアストロフォンの中へと吸収される。

 それによってなのか透明だった体は実体化し、重厚な深緑色の質量を誇示している。


 それに満足したように少女は頷くと、薄黄色に色を戻した球体に手をかざす。すると再び空中にディスプレイが浮かび上がる。

 そこに羅列された情報を少女は眺めながら徐々に残念そうな表情に変わっていく。


「うーん、四体呼び出すのに二万四千二百十八人の人間の命が必要だっただしゅか……。これでは失敗に近いでしゅねぇ。

 この程度(・・・・)の魔物を呼び出すのにこれだけ使うとなると費用対効果が悪しゅぎます」


 そうブツブツ言いながら、ふと少女は天井――いや、さらにその先へと目を向ける。


「ふむふむ、『探求』様の予想通りでしゅね。魔人側が人を(そそのか)して人を殺したとしても神側は手を出してこにゃい。

 人を介して行うものはセーフでしゅか」


 『蟲毒』ルーディアスも気づいたルールを、推測と思いつきから導き出した『探求』の言葉に少女は笑う。

 もっとも『探求』としてみれば推測が間違っていて神側との全面戦争となっても満足だっただろう――むしろそれを期待すらしていた。故に魔人達からも異物として危険視されているのだが――


「さてさて、実験結果は『探求』様にお伝えするとして、アストロフォン……でしたっけ? このデカブツが蹂躙する様を見るのもありでしゅが……

 ま、それもこの程度の魔物では大して面白そうではないでしゅね。 さっさと帰るでしゅ」


 そう言うと少女の体は闇に包まれ。そしてその姿を消す。


 主都コーカススの八割近い命を犠牲に生み出されたアストロフォン四体は、その巨体をバルクス軍が駐屯している平原へとゆっくりと歩を進めだすのであった。


 ――――

 少女は小さなミスをした。

 『探求』という残念な性格に反比例する巨大なる魔人によって作り出された少女もまた巨大なる力を持つ。

 たしかに普通の人間種は惰弱な存在。少女からすれば見る価値もないだろう。

 だが、そんな人間種の中にも規格から外れた者が現れることがあることを、自分たちに肉薄もしくは超える存在が現れることがあることを。

 少女は知らない。


 その戦いを見ることをしなかったことが将来どれだけの影響があるかまだ誰もわからない。

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