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■「売買疑惑5」

 六対三の状況から、一人はライトニングバインドに倒れ、レスガイアさんが参戦したことで五対四の状況に変わった時点で既に大勢は決していた。

 片や魔物相手に日夜腕を磨いていたのに対してごろつきレベルでは相手になるわけがない。


 こちらには僕が知る限り最強レベルのレスガイアさんがいるのだ。

 そしてレスガイアさんは――ご丁寧にも僕たちに倒されたものも容赦なく――相手の腕や足の腱を的確に切り伏せ、逃げることも抵抗することもできない状態に瞬く間にしていく。


 一緒に戦いながらも僕たちは相手に同情するしかなかった。……まぁ大体が自業自得なんだけどね。


 ――


「さてと観念して攫って来た子たちがどこにいるのか洗いざらい話してもらおうかしら?」


 捕まえた八人を前に抜き身の剣を肩に乗せながらレスガイアさんは微笑む。

 八人は腱を切られた四肢から血を流しながら――治癒魔法はレスガイアさんに止められている――も恐怖か痛みによるものなのか、それとも怒りなのか小刻みに体を震わせている。


 うーん、このままレスガイアさんを放っておいたら拷問はては殺害まで行きそうな雰囲気である。

 正直奴隷売買に関わっているだろう彼らがどうなろうと――まぁ領主としてはできれば治安維持隊に届けてほしいところではあるけれどね――知ったことでは無いが、個人的には恩があり姉――母や祖母というには見た目が若すぎるので――のように思っているレスガイアさんのそんなところを見たくないというのが本音だ。


「レスガイアさん。少し落ち着いてください」

「エ、ユーイチ君……ふぅそうね。 少し頭に血が上っていたわね。らしくもない」


 僕の指摘に多少なりとも冷静さを取り戻したのか一つ息を吐くと、ようやくレスガイアさんは何時もの雰囲気に戻る。


「それじゃ話してもらおうかしら? あなた達三人は隠遁族(ラーグ)。そしてあなたたち五人が紫霧族(リストエンド)であることはわかっている」


 そう言いながらユスティたちの前を塞いだ三人を隠遁族。後ろ三人と事前に捕らえた二人を紫霧族だと断定する。


「レスガイアさんその隠遁族と紫霧族って言うのは何なんです?」


 その族名を初めて聞いただろうユスティがレスガイアさんに質問する。


「隠遁族ってのはその名前の通りにその場の風景や人ごみに隠遁することに優れた種族よ。

 それだけを見れば偵察兵や暗殺者として優れた能力と言えるでしょうね。

 もっとも暗殺できるのも相手の力量が低くなければそう滅多には上手くいかないわ。

 その能力の代償といえるのかしら? 身体能力が人並みより遥かに劣る。

 ゆえに暗殺時には毒物に頼るしかない。 だから裏では『卑怯者』と呼ばれてたりするわね」


 なるほどユスティたちが取り囲まれるまで気配を感じなかったのはそれが原因か。 そして母さんの情報網にすら引っ掛からないのも納得である。

 しかも戦ってみてわかったがその屈強そうに見える体躯の割には剣の扱いや鋭さが素人以下だったのにも納得がいく。


「我々を『卑怯者』と呼ぶなっ!」


 レスガイアさんの言った蔑称がよほど嫌なのか一人が激高する。 だがレスガイアさんはその男に冷たい視線を送り


「大切な仲間たちを奴隷にする奴らにお似合いの称号じゃない。 そのつまらない(・・・・・)能力で攫って来たんでしょ?」


 と厳しく言い放つ。


「一方の紫霧族は隠遁族よりある意味厄介ね。 皆も感じているように隠遁族に近い能力にさらに常時認識阻害魔法が発動しているような違和感が常にあるの。

 まるで名前のように体全体が霧に包まれているようにね。

 彼らの素顔を見ることができるのは同様の能力をもつ彼ら自身だけってわけ」


 なるほど。こちらも隠遁性に特化した能力を持つようだ。

 一方の彼らは隠遁族とは異なり一切言葉を発しない。……それが彼らの特徴でもあるのかな?


「さてと、さっさと攫って来た子供たちの居場所を教えてもらおうかしら?」

「はんっ! 貴様らなぞに話すわけがないだろう」


 一人の言葉にそれ以外の七人もニタリと笑う。もっとも紫霧族たちは笑ったっぽい雰囲気があるだけなのだけれどね。

 彼らには拷問されても喋らないだけの胆力に自信があるのだろうか。

 その啖呵にレスガイアさんは少しだけ驚いたような顔をし


「あら? そうなの。それは残念」


 と言うとともに薄く笑う。


 一瞬実力行使に出るのかと僕は身構えるが、その場から動くことなくレスガイアさんは自身の右目を右手で覆う。

 それから数秒後に右手を下すと瞑っていた右目を見開く。


「もっともあなたたちが話す話さないは関係ないのだけれどね」


(あ、あれって……)


 そこにあったのは、かつてレスガイアさんに初めて会った際に見せてもらった虹彩が細長い。レスガイアさんが『魔眼』と呼んだ瞳。だがあの時とは異なり虹彩が赤く美しく輝いている。

 それがその『魔眼』の本来の姿だと直感的に理解する。


「なるほどね。ここから北東に二キロほど行ったところにある廃屋……見張りは十人。

 ふーん、五十人ほどの子供たちがいるのね」


 呟くレスガイアさんの言葉に男たちは驚きの表情を見せる。どうやら彼らの記憶を見ることができる能力のようだ。

 ……そう考えるとあの時も僕の記憶を覗いたのだろうか? いや、あの時はこんな風に虹彩は輝いていなかったから『物の本質』を見たという話は本当だったのだろう。


「……そうか。その力。忌まわしき長命族のお……」


 そう呟こうとする男は突如、それ以上の言葉を呟くことなく卒倒する。その額からは一筋の血が流れる。


「あらあら、おしゃべりな子は嫌いよぉ」


 そう微笑むレスガイアさんだが、圧倒的なプレッシャーにそのほかの男たちも喋ることができなくなる。


「……指弾……えぐい」


 ビーチャのぼそりとした呟きに彼に何があったのかを理解する。……僕には何を飛ばしたのか全然見えなかったけどさ。


「ユーイチ君?」

「は、はいっ!」


 プレッシャーを放ったまま僕に問いかけてきたので思わず声が上ずってしまう。


「聞きた……ううん、知りたかったことは分かったわ。後は治安維持隊に差し出せば良きようにしてもらえるのかしら?」


 その言葉はユーイチ・トウドーではなくエルスティア・バルクス・シュタリアに問うている。そう僕は理解する。

 恐らくバルクス辺境侯として彼らを然るべき罰を与えなければこの場で殺すことも辞さないだろう。


 それほどまでにレスガイアさんは憤怒している。普段温和なレスガイアさんがそれを隠すことができない程に。

 そこにはグエン領の元住人としての思う部分以上の何かを感じるがちょっと聞き出せる状況ではないだろう。

 いずれ落ち着いたときに聞いてみよう。


「はい、辺境侯の名において厳罰に処してくれるでしょう」


 そう返す僕の言葉にようやく何時もの微笑みを僕に向けてくれるのであった。

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