■「売買疑惑3」
翌日、十分な休養が取れた昼過ぎに少し遅めの昼食と合わせて集合した。
「それでこれからどのように調査するのですか?」
「ライン君とアルフレッド君には、この町の詳細な情報を収集してほしいの。
特に人が近づかないような場所。アンダーグラウンドな場所の情報を。
もっとも簡単に手に入る程度の情報で構わないわ。無理しない程度にね。」
「それだけでよろしいので?」
「えぇ、出来るだけ大人数に聞いてほしいの」
「かしこまりました」「了解である」
それにアルフレッドとラインは頷く。
「ビーチャちゃんとユズカちゃんは、人が集まる場所での聞き込みを行ってほしいの。
ここ最近『旅人』の姿を見ていないか? とか不審な人物に心当たりがないかをね」
「わかりました」「……りょ」
ユスティのビーチャもその指示に頷く。
「ユーイチ君は、私と一緒についてきてほしいところがあるの」
「ついていくだけですか?」
「そ、私の護衛で」
「わかりました」
僕もレスガイアさんの指示に頷く。
「それじゃお昼ご飯を食べたらさっそく始めましょ」
そう言うとレスガイアさんは目の前のスープを美味しそうに頬張るのだった。
――
キャンベラは先にも述べたように五つの村が一年ほど前に立地のいい場所に新設された町となる。
そのため区画も最適化されており今なお建物の建築が至る所で行われており、それに伴って活気にあふれている。
この建築費の多くは、僕たちから卸される新野菜や新商品の独占取引の見返りとして商人連が支払っている。
商人連としても小規模な村が散見しているより中・大規模な町であった方が商売時の輸送コストや市場規模を考えた場合にメリットが大きい。
そのため積極的な投資によりバルクス領内はキャンベラだけではなく全国的に建設ラッシュの真っ最中である。
そんな活気あふれる中を僕はレスガイアさんとともに歩いていた。
「レスガイアさん。それで僕たちはどうするんです?」
「私たちはあの二人の後を追うわよ」
「二人というと前を歩いているユスティとビーチャ……ですか?」
僕たちの前方にはユスティとビーチャがペアを組んで屋台の店主に時おり質問を投げかけている様が確認できる。
ビーチャはまぁともかくユスティはああ見えて真面目だ。
さぼるとか手を抜くとかは考えられないから監視という意味ではないだろう。
「外部から来た何か聞き込みをしている屈強な男性と何処にでもいそうな小柄な体形の女性。
エル君の中にやましい気持ちがあるとしたらどちらから情報を聞き出す?」
「……なるほど。ユスティたちは囮ですか」
「二人には悪いけれどね。もちろん二人の事だからそうそう危険な目には合わないだろうけれど私たちはいわゆる保険ね」
二人とも小柄な体形ではあるが戦闘に関して言えば、そこら辺にいる男衆よりも腕が立つのは確実だ。
さらにそこにレスガイアさんがいればほぼ敵なしだろう。 正直三人に武術で勝てる気がしない僕はお荷物だろう。
「あら、そんなことないわよ。 エル君の場合は魔法も含めた総合力では他を寄せ付けないでしょ?」
とレスガイアさんが慰めてくれる。
そんなこんなで二人の後をつけながらも僕はレスガイアさんから色々な情報を教えてもらう。
その中身は特にグエン領についての情報。
グエン領と隣接していても交流がない結果、そもそも人間種領内に情報が少ないから当事者であるレスガイアさんからの情報は貴重だ。
グエン領内には複数の種族が混在しているらしくレスガイアさんもその正確な数値は知らないらしい。
まぁ、地球の人種ってどれだけいるのってのも正直僕は知らないからそんなもんだろう。
その中でも人口が多かったりその能力背景ゆえにグエン領全体の意思をある程度決定することができる種族がいるらしく、それを総じて「十六氏」と呼んでいる。
その十六氏は
・ 長命族 ・ 猫耳族 ・ 技巧族 ・ 銀目族
・ 犬耳族 ・ 樹木族 ・ 獣人族 ・ 妖精族
・ 隠遁族 ・ 小人族 ・ 甲殻族 ・ 魚人族
・ 鳥人族 ・ 巨人族 ・ 鬼人族 ・ 紫霧族
だそうだ。
僕自身は最初の三氏族にレスガイアさん、アインツが『拾ってきた』ローザリア。そして製造班長のリザイア技長が知り合いとしていることになるか。
彼ら独自の呼び方は難解ではあるが文字として起こしてもらえばある程度、どのような種族なのかはわかりやすい。
「猫耳族と犬耳族、獣人族ってなんだか同じような気がしますね」
「私たちからしたらそうだけれど本人たちには明確な違いがあるみたいよ。
猫耳族はローザちゃんを見ればわかるけれど耳と尻尾以外は基本的に人間種と同じなの。犬耳族もそうね。
一方で獣人族は二足歩行する動物……って感じかしら?」
なるほどベースが人か動物かの違いなのか。ぜひお会いしてみたいものである。
こうしてグエン領の話を聞きながらも次第に日は傾いていき、尾行している二人は徐々に人通りの少ない少し怪しい雰囲気の漂う路地へと歩を進めていく。
「エル君」
「……六人……いや、八人ってところですかね?」
「うん、大正解。 初日から動いてくれるなんて有難いわね」
そう返す僕の言葉にレスガイアさんは微笑む。
ユスティたちの進路をふさぐかのように三人。そして後ろに三人の男たちがユスティたちの進路を妨害するように現れる。
残りの二人は何かがあった時のために隠れているのだろうか?
「ん? あれ? なんだろう?」
僕はそのユスティたちを塞ぐ六人に違和感を覚える。いや、そもそも本当に六人なのかが不安になる。
確かにユスティたちを塞ぐように人はいる。しかも距離的には三十メートルも離れてはいない。
それなのにまるで濃い霧に囲まれたかのようにその体の輪郭だけがおぼろげに見えるのだ。
「エル君。敵が見えている?」
「いえ、見えてはいるんですけれど。なぜか上手く見ることができないというか……」
「それで問題ないわ。それが彼らの能力なんだから」
「それってどういう……」
そう言いながらレスガイアさんへと振り向いた僕はそれ以上言葉を続けることができなくなる。
そこにあったのは、これまで一度も感じたことのないほどの質量すら感じるような殺気。いや怒気だろうか?
普段温和なレスガイアさんからは予想できない程の圧に、僕は今までレスガイアさんの本気の一片すら見ていなかったのだと思い知る。
まさに上には上がいるだ。
「できればそうでなければ良い。そう願っていたんだけれどね……」
そんな圧はレスガイアさんの憂いを含んだ呟きとともに一瞬にして霧散する。
それによってようやく僕は呼吸ができなくなっていたことに気づく。
「エル君、状況次第ではすぐに動くわよ。抵抗されれば仕方ないけれど出来るだけ殺さないように。
……もっとも口を開くことさえできれば状態にはこだわらないから」
笑顔で怖いことをおっしゃりますな。
「すみませんが、僕には後二人がどこにいるのか……」
「あぁ、それは大丈夫よ」
そう言いながらレスガイアさんは明後日の方向に腕を振る。そこから放たれたのは二振りの小刀。
そしてその明後日の方向からくぐもった二つの声が聞こえ、突如二人の人影が現れて倒れこむ。
どうやらなにがしかの方法で姿を隠していたようだ。
「これで六人。さ、いっちょ頑張りましょ」
そうレスガイアさんは微笑む。
「……もう僕って必要ないのでは?」
それに僕は苦笑いするのであった。