■「売買疑惑1」
北では引き続き北部貴族連合との戦争が続く中、僕はとある人の訪問を受けていた。
「奴隷売買の疑いあり……ですか?」
「うん、そうなのよ。エル君。ちょっとお手伝いしてもらえないかしら?」
そう言いながら目の前の女性はベルが淹れたお茶を美味しそうに飲む。
「けれど王国法では奴隷の所持も売買も禁止されていますよね。レスガイアさん」
僕は自分の記憶の中にあるややこしい王国法の中身を思い出しながら女性――レスガイアさんに言う。
封建社会を前提にした貴族に都合よく記載された王国法の中で僕が唯一といっていいほど良法と思っているのがこの奴隷制廃止である。
対外戦争が多かった王国初期の頃は戦争捕虜を奴隷にすることが普通であったが、六代目国王であったシルキング・エスカリア・バレントンは対外戦争が減少した事で戦争捕虜の減少に伴う奴隷確保が難しくなったことで王国民が奴隷として売買されることを危惧し、強硬な反対意見の中で奴隷制廃止を成立させた。
以降、新たなる奴隷の保持や売買が発覚した場合、貴族であれば降爵。平民であれば死罪という重い刑罰となった。
それにより奴隷の存在は王国からは姿を消したはずである。
「そうね。王国法では禁止されているわね。『王国民及び国外の人類すべてを奴隷として保持することを禁ずる』……だったかしら?」
レスガイアさんの言い回しに若干の引っ掛かりを感じ少し考える。
「それって法律の読み方によっては人間種以外……つまりはグエンサリティスファルンテの亜人種への適用はグレーゾーンってことですか?」
「ほんと人間って法律の隙間をかいくぐる行為が好きよねぇ」
そう返してくるレスガイアさんの言葉が肯定を意味しているとみて間違いないだろう。
だが確かに盲点といえる。そしてそういった曲解が出来ることで罪に問うのも難しくなる。
そしてこういった法律関係がかかわってくる場合は僕だけでは力不足になる。
「すみませんが、この話し合いにアリスも参加してもらっても構いませんか?」
そう言う僕にレスガイアさんはにっこりと首肯するのであった。
――――
「なるほど……それは盲点でしたね……エルス。さっそくバルクス領内法で亜人種も含めた奴隷の所持と売買を禁止。
現在所持している場合は解放を強制する草案を検討してもよいでしょうか?
此度の北伐によりグエンサリティスファルンテに接するのは王国内ではバルクスのみとなりますから効果は高いかと」
領内法はバルクス領内においては、王国法からあまりに乖離していなければ優先されることになる。
王国法上も奴隷制禁止が謳われている以上、乖離していないことになる。そして北部貴族連合との戦争が終了すれば王国内でグエン領に接するのはバルクス領だけになる。
そうなれば王国で亜人奴隷を輸送するためのルートが潰せる。どうしても輸送しようとするならば、南方の魔陵の大森林経由が不可能である以上、帝国を経由しての遠回りが必要となる。
輸送コストや奴隷市場の価格均衡を考えれば割に合わない状況になるはずだ。
「うん、クリスや他の執政官を含めてなるだけ早くお願いするよ」
「はい、かしこまりました。…………ですが……」
「どうかした? アリス」
「私も含めてですがお義母様が構築した情報網にそのような動きを察知できていないことが……
言っては何ですがお義母様の情報網はとても優秀ですので」
確かに王国随一といってもいいだろうアリスや母さんの情報網からもそんな話は聞いたことは無い。
「それについては私に思うところはあるの。できればそうであって欲しくは無いけれどね……」
そう最後の方は消え入るような声でレスガイアさんは悲しそうに笑う。
「そこで最初にお願いしたエル君にお手伝いしてほしいって話」
「あぁそうでしたね。領内法を作るにしても時間がかかるだろうから現状の対応ってことですか?」
「そうね。それでエル君……うーんとどちらかというとユーイチ君たちの出番ってこと」
「……となると冒険者としてってことですかね」
「今回は冒険者ギルド経由で私のサポートとして依頼を出すから手伝ってほしいのよ」
「……レスガイアさんがサポートを依頼するという事はそれだけ大変ってことですか?」
「それもあるけれど何かあった場合でも王国民じゃない私だと対処できないことがあるかもしれないのよねぇ」
「なるほど、もし犯罪行為があった場合でも長命族であるレスガイア様には訴訟を起す権利がありませんからね」
それに納得したようにアリスが応える。
なるほどね。既にエルスリードに定住しているから違和感があるけれど一応『旅人』であるレスガイアさんは正式には王国民として認められていない。
つまりは国民の義務に縛られない代わりに国民の権利もない。ゆえに犯罪に巻き込まれても自己責任となる。
そして万が一、王国民に危害を与えた場合は多くの場合で重罪となってしまう。
それを避けるという意味でも僕たちというサポートが必要なわけだ。
「僕としては構いませんが……」
そこで横目にちらりとアリスを見る。クイが遠征中である以上、バルクスの執務の最終判断は僕が対応しなければいけない。
それにアリスは苦笑いする。
「レスガイア様のお願いですからね。無下にするわけにもいきません」
「やったね。アリスありが……」
「た・だ・し! 帰ってきたらたんまりたまった仕事をかたずけてもらいますからね」
「……鬼ぃ」
そう返す僕にレスガイアさんは大笑いするのであった。
――――
「なるほど。であれば此度の依頼はレスガイア殿の依頼という事ですな」
「レスガイア様が同伴されるのであれば心強いですね」
「……ねむい」
という事で僕とユズカことユスティ。そしてレスガイアさんは、メンバーであるライン、アルフレッド、ビーチャに依頼内容の説明をしていた。
「それで今は三人とも別の依頼は受けていないってことで大丈夫かな?」
ユスティの言葉に三人――うち一人は舟を漕いでいたっぽいけど――は頷く。
僕とユスティが参加していないときには三人は独自に依頼を受けて活動をしているから受託中の依頼が無いかの確認が必要なわけだ。
まぁ、三人の動向は定期的に情報をもらっているから大丈夫であることは確認済みではあるけれどね。
「それでレスガイア様。向かう場所はどこになるのでしょうか?」
「皆はキャンベラっていう町を知っているかしら?」
「キャンベラ……」
その名前に僕の背中を冷や汗が流れる。町村合併時に町の名づけに手間取って僕が無理やり絞り出した名称が採用されたのだろう。
今更ながらに地球の各都市名をつけたことに対しての羞恥心が沸き上がるが後の祭りだ。
「ここから北西。バルクス領とエウシャント領……うーんと旧エウシャント領って言った方がいいのかしら? の領境。グエン領の傍にある町ね」
なるほど亜人の奴隷売買を考えればグエン領に近いほうが何かとメリットが多いだろう。
しかも南方からの魔物襲撃阻止を基本方針とせざるを得ないバルクスにおいて比較的安全な北部は監視の目が緩くなりがちだ。
「そこのある組織の状況確認および場合によっては壊滅の手助けをお願いするわ」
レスガイアさんはいつもの笑顔のままそう告げるのであった。