●「不和誘発2」
その行軍するさまはまさに意気揚々たるものである。
率いるはオムズレ・ボーリス。オキサドール子爵の家臣で『死刑執行人』の渾名を持つ猛将である。
だがその名声も所詮はエスカリア王国の北西部。王国からすれば僻地の一将の話でしかなく王国全土での知名度という意味では皆無といってよい。
それが武力に絶大なる自信を持つ彼にとっては不満でしかない。
一方で彼らの南方の領主であるエルスティアは、学生時代には既に『アストロフォン殺し』として――自身は不本意ながらも――王国内での名声を得ていた。
それが彼には長年にわたり鬱屈とした澱みとなっていた。
さらに彼の中でエルスティアに対しての悪感情を爆発されるきっかけとなったのが、第十二王女であるクラリスとの婚姻である。
末娘で王族としての力はないとはいえ、その美貌は辺境であるオキサドール子爵領にも伝わっていた。
彼も貴族の家臣である以上、女性に不自由していたわけではない。
彼自身は認めることは無いが、その強面な顔を見た多くの女性が一瞬顔を引きつらせる。
陰で彼についた渾名は『野獣』。一方で『番犬』と蔑まれる男のもとに絶世の美女が嫁ぐ。それが彼の憎悪の根幹にある。
結局のところは逆恨みである。
片や公爵の次に高位となる辺境侯。片や子爵とは名ばかりの貧乏貴族の家臣。その格の違いでは対面することなぞ不可能に近い。
故に此度のバルクスと北部貴族連合との戦争は、彼にとって憎悪の対象であるエルスティアと対面しさらには殺すことのできる唯一のチャンスともなる。
それが彼の士気を否応にも高めている。
唯一の不満はエルスティアが直接この場にいないことだが、ここから連戦連勝すればその首元に刃を突き付けることも造作ない。
そう、彼もまた兵站や兵の士気疲労を軽視する前時代的な将なのであった。
――――
「オムズレ将軍。ここより南方三キロの場所に敵の部隊を発見しました。敵の数から先遣部隊と考えられます」
幕舎にて偵察隊の報告を受けたオムズレや将たちは色めき立つ。
先遣部隊ということは数としては多くても一騎士団程度。つまりは三千ほどであろう。
対するこちらは五万。いかにバルクス騎士が精強といえ遭遇戦で十倍以上であればこちら側に大いに分がある。
これまでの北部貴族連合の醜態からバルクス騎士団の評価をほんの僅かながら上方修正しているがそれでも負けることなどありえないとオムズレは判断する。
「よし、まずはその雑魚どもを蹴散らすぞ。この程度であれば少数でも構わんが……いや、こちらの強さを思い知らせるために全軍で蹴散らすぞ」
その言葉にその他の将軍たちの中には、初戦で大敗の原因となったバルクス側の戦略家の影が思い浮かぶ。
だが誰一人としてその事をオムズレに告げるものはいない。
自身も具体的な指摘ができないという事もあるし言ったところでオムズレが耳を貸すことはないというネガティブな確信があったからである。
誰からも異議が来ないことにオムズレは満足げに頷くと
「よし、出撃するぞ」
と豪語するのであった。
――――
「敵軍。こちらに向かってきます。その数。五万」
「やれやれ、軍師殿の予想通り全軍で突撃してきたか」
「あとはリスティア様の説明通りに動くのみ」
斥候からの報告を受けたバルクス軍――レッドとブルーが馬上で会話する。
バルクス軍は機動力重視のため赤牙騎士団と青壁騎士団から騎馬隊千五百ずつの三千。
民兵ばかりの弱兵とはいえ五万と対峙するには心もとない。
だが皆が皆、体に纏うやる気に些かの衰えもない。それは彼たちの総統括であるリスティアへの絶大なる信頼がなせるものであろう。
「さて、お前らっ! 俺たちの役者っぷりがこの成否の鍵になる! せいぜい敵さんにはこちらの手の上で踊っていただくぞっ!」
そう叫ぶレッドの言葉に怒声の如く大声で騎士たちは応える。
「よっしゃ! 出撃だ。皆死ぬなよっ」
その反応にレッドは満足そうに頷くと大声で返すのであった。
――――
「敵、正面より突撃してきます」
「ふんっ! どうやら小僧共は破れかぶれになったらしい。丁重に始末してやろう。 皆共、我に続け!」
バルクス軍の突撃の報にオムズレは兵たちに檄を飛ばすとその巨体を馬に乗せる。
その体重に馬は抗議の嘶きをするがそれを無視して腹を蹴り駆けだす。その大将の先駆けに兵士たちも慌てて追従を始める。
――――
「はは、奴さん。予想通りの先駆けできたな」
「だからと言ってお前まで倣うなよ。レッド」
「そういうお前もな。ブルー」
オムズレの姿を見て楽しそうに笑うレッドの事を並走しながらブルーが窘める。
此度の事、勝算が高いとはいえ騎士団の中では新参者であるレッドとブルーに大任を任せたことはリスティアの心遣いであろう。
つまるところ『誰にも文句を言われぬ功績をあげよ』だ。
王国内では無名とはいえオムズレの人外の強さはバルクス騎士団であれば多くの者が知る。
つまりはそのオムズレに勝つという事はそれだけで大殊勲なのだ。
内々の話ではあるが、彼らは主君であるエルスティアの直系の妹であるアリシャとリリィとの婚約が進みつつある。
だがそのためには有無を言わせぬ功績が必要。つまりは此度の戦こそが最適といえる。故に両者ともにこの戦いにかける覚悟は並大抵のものではない。
その逸る気持ちを落ち着けるためにお互いに普段と変わらぬ掛け合いをする。その中でも二人は冷静に状況を俯瞰する。
そして最適なタイミングを見図る。
「よし、目的は俺とブルーが何とかする。モイスト! ノルン! 予定通りに各騎を従えて随伴兵を混乱させろ」
「はっ」「了解です」
レッドの言葉に各団の副団長が応えると騎兵隊を二手に分けて駆ける。そして騎兵隊が手に持つは七連発式の小銃である。
これが今回の戦いにおける切り札の一つである。
アメリカの南北戦争で騎兵隊向けに短銃身化されたスペンサー銃を参考に作られたこの銃は、騎兵隊のみで構成されたこの作戦のために緊急輸送――エルたちによる転送魔法――にて現時点で製造された全部となる三千丁を揃えることができた。
騎士団に標準装備となった前装式銃に比べれば射程は劣るものの騎兵の機動性がその欠点を補う。
「全軍、一斉連射!」
二手に分かれて北部貴族連合の兵たちを半包囲する形とした三千の騎兵は、モイスト達の号令の下に一斉射する。
だがこの作戦のために急遽ということもあり彼らも十分な訓練を受けることができなかった。そのため大まかに目標は定めていたもののその多くは明後日の方向へと飛んでいく。
だがそれでも二万にもなる銃弾とその聞きなれぬ発砲音は、ライン平原の同様に兵たちを半狂乱の事態へと落とし込む。
本来、落ち着かせる側である各将たちも同様である。いや、大まかな目標――騎馬に騎乗した者としていたためその多くが凶弾に倒れていた。
そしてそれはオムズレも例外ではない。彼もまた左腕および右腰に二発の銃弾を受けていた。
だがそれでも彼の覇気を劣らせるには至らない。むしろその傷で体内麻薬が大量に分泌され、より覇気は巨大になっていた。
「そこにあるは、オムズレ将軍と見受けた。降伏を推奨するがいかがかな?」
そんなオムズレにブルーが声をかける。それにオムズレは不敵に笑う。
「南の番犬の子犬共は吠えることだけはお得意らしい。犬は犬らしく飼い主に愛想でも振りまいておけ」
「なるほど……降伏する気がないのであれば、力づくで屈していただく」
そう言い放つとレッドとブルーはそれぞれ武器を手にする。それにオムズレは一笑すると背負った戦斧を手にし
「さぁ、その細っ首。この死刑執行人が叩ききってやろう」
そう叫ぶのであった。