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●「ライン平原の戦い3」

「順調すぎる……」


 目の前に広がる戦況を見てラスティアはぽつりとこぼす。


 バルクス軍とライン平原で対峙してから六日が経った。

 戦争が始まる三か月前からこうなることを見越して構築した塹壕はいまだ健在。いやむしろ毎日数度にわたって進軍してくるバルクス軍を完全に足止めしていた。

 バルクス軍側は毎回十数人の負傷者を出しているが、こちらは全体でも二十名ほどの負傷者しか出ておらず客観的に見ればこちらの善戦といえるだろう。


 だがラスティアからみればあまりにもこの状況は不穏なものでしかない。

 彼が調べつくしたリスティアというバルクス軍の頭脳が、この無策ともいえる攻撃しかしてこないことはありえない。

 その攻撃の裏をつかもうと彼とハインリッヒは、毎夜遅くまで頭を突き合わせて情報収集を進めたが、尻尾すらつかむことが出来ない状況であった。


「あまりにも情報が少なすぎます。すでにその時点で……」

「まぁそれ以上は言わないように。最初から分かっていたことだからね」


 ハインリッヒが呟く言葉にラスティアは苦笑いで返す。


「こちらの兵たちの気の緩みを狙ってという事は考えられませんか?」

「それはもちろんあり得るね」


 ラスティアとしても自軍の懸念点の一つである。

 数は揃えている――彼としてはこの兵数で対峙していることは無謀と考えているが――とはいえ、その大多数が民兵だ。

 四六時中気を張っていろというのは、職業軍人でも難しいというのに、彼らにそれを求めるのは土台無理な話だ。


 全面的に剣を交えるならまだしも実際の戦闘は、日に数度接近してくる敵軍に塹壕から少しだけ体を覗かせて改良型ボウガンで矢を放つだけ。

 しかも敵軍からの応戦はほとんどないままに後退していくの繰り返し。


 敵軍を追い返したという経験は、民兵のみならず現場指揮官の中にも言動の端々に驕りが見えるまでになってきていた。


「こういった時に規律の引き締めが出来る監督指揮官がいればよかったんだけどね」


 ラスティアにしてもハインリッヒにしても本質は、戦略家もしくは戦術家だ。

 怒号だろうとなんだろうと駆使して軍の規律を引き締めることを得意とする将軍とは性質が全く異なる彼らにそこを求められても酷である。

 結局は餅は餅屋なのだから。


「エウシャント伯爵もそのあたりを全く理解されていませんからね」

「ははは、まったくだ。さてと、とはいえ愚痴ばかり言っていても仕方がない。今できる最良の手は何かを考えると……」


 言葉を続けようとしたラスティアだったが目の先のバルクス軍の動きに言葉が止まる。

 バルクス軍の重厚な陣形が割れ、六名ずつの兵によって何かが陣形の一メートル手前に運ばれてくる。その数はざっと見るだけで三十個ほどが奇麗に一列に並べられる。


「あれは……いったい……」


 その光景にハインリッヒは困惑した声を上げる。


「いや……わからない」


 そう言いながらも八年前のルーティント領モレス要塞の生き残りの証言がラスティアの脳裏をよぎる。


(本当に……何が起こったかわからないんだ……バルクス軍は確かに一キロも先に布陣していた。

 一キロだぞ。矢だって投石器だって、それこそ魔法ですら届くわけがない。

 なのに嫌な風切り音がしたかと思ったら目の前の監視塔が爆発してへし折れたんだ。

 あんなこと神か悪魔でもなければできるわけがない……そうだ……バルクス伯爵は悪魔なんだ)


 心身ともに異常をきたしていたその証人の証言は、ラスティアにとってもあまりに荒唐無稽であった。

 そうあまりにも荒唐無稽。気にするような話ではない。そのはずなのにラスティアの人並外れた戦術家としての勘が警鐘を鳴り響かせる。

 敵陣は遥か前方一キロ程。それはあの証言と同じではないか?


 その時、三十個の正体不明な物体から一分の狂いもなく炎が噴き出す。そして上空から鳴り響く風切り音。


「!! 全員! 塹壕に身を隠せっ!!!」


 それは何の根拠もない言葉。だがラスティアは、前方の塹壕から珍しもの見たさに顔を出していた兵たちに、彼自身今まで出したこともない大声を張る。

 それはある意味的を射た対応方法であっただろう。


 だが、自軍の塹壕まではあまりにも遠く――彼の必死な声は届かない――――


 ――――


 民兵だから戦えないのか? と言われたならばそれは否である。

 むしろ職業軍人である騎士団を保有している貴族の方が圧倒的に少ないのだから、民兵は戦闘のメイン戦力である。

 であるからエウシャント伯の民兵の大多数が過去に戦場を経験している。

 そんな彼らが戦場で最も恐れる攻撃は何か? となるとその答えの中に魔法は意外と少ない。


 魔法の直撃を食らったならば、貧弱な防具しか身に纏うことがない彼らにとっては致命的であるにもかかわらず。だ。

 なぜなら「魔法を食らう」という前提があるからだ。


 この世界の魔法というものは存外命中精度が低い。魔法を習得し魔術師となるものが貴族や商人といった上級民の子弟であることがその理由である。

 そういった輩は、精密さ・緻密さといったどちらかというと目立たないことではなく、派手さをひけらかす傾向が強い。

 それはそうであろう。彼らにとってはメンツが最も重要なことだからだ。メンツを保つのは派手な威力の魔法ほど優れたものはない。


 ゆえに彼らは威力偏重の技術を磨くことに専念する。だが本来の戦闘のメインである民兵の脆弱性を考えた場合、それはオーバースペックとなる。

 そして威力は高いが大まかな範囲にしか攻撃できない魔術師が戦場に立つことになる。

 一方で民兵の立場からすれば、恐怖するのは面のように降り注いでくる一斉射された弓。つまりは正確に自分に向かってくる脅威である。

 こうして攻撃側と防御側の考えの相違により多くの貴族は、戦場における魔法が思いのほか戦果をあげないことに魔法を軽視していくことになる。

 その結果が、王国の中央騎士団であっても魔術師が二千人にも満たない数となっている。


 その中において魔術師の有効性を理解し、独自の戦闘教義(ドクトリン)を築き上げたものが三人存在する。

 一人目は、リンクロード・ファウント・ロイド。

 ファウント公爵家の次期当主である彼は、人間種よりも魔法に長けた長命族(ルフィアン)銀目族(ミクロシア)のハーフであるレザリンドの助言をもとに魔術師のみに特化した部隊である炎獅子騎士団を作り上げている。

 彼は威力は二の次に魔法の精密さを求め、集団による特定範囲への精密魔法による疑似的な範囲せん滅魔法を開発している。

 その騎士団が、ついに獅子鷹戦争で日の目を見ることになるだろう。


 二人目は、北の大地である帝国において反乱軍を率いるローエングリン・ブロッケン・オーベル。

 魔力適正に優れるウィアン族を主体とする彼らは、さらにその力を高める『青魔銀』の効果により数千の魔導士(帝国では魔術師ではなく魔導士と呼ぶ)を揃えたと同義でその力をもって徐々に優勢へと舵を切りつつある。


 そして最後は、エルスティア・バルクス・シュタリア。

 彼自身が範囲せん滅魔法を得意とするゆえに戦闘における面による攻撃の有効性を十二分に理解している。

 彼が独自に作り上げた魔術師の教育方法において、その精密な魔法攻撃による緊張と弛緩の繰り返しが魔力増加の一助となるという理論をもとに訓練された魔術師の人数は他の追随を許さない。


 ――閑話休題――


 つまりは、エウシャント領の民兵たちにとっても魔法による爆音や爆風といったものには恐怖心はあるものの一定の耐性があった。

 だが、そんな彼らに未知の経験が今まさに降り注ごうとしていた。


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