●「獅子鷹の目覚め1」
王都の中央から西部へと至る道『フルーム通り』。
普段であれば人があふれ、道端には小さな屋台が立ち並ぶその道には、数多の軍馬と人が駆けていく音が響き渡る。
その普段とは異なる風景に人々は家の扉を締め切り、細く開いた窓から不安げに外を見る。
その集団の数は千人ほど。彼らが目指す場所はただ一つ。
『汚物』である。
その集団が持つは緑色を下地に二匹の鷹が横一列に並んだ軍旗。
それは根源貴族の十四公爵にして第一位ウォーレン公爵家の家紋。
彼らの目的は今は亡きレズナ公爵公子が愛した『人間狩り』ではない。それよりも凄惨な汚物に住む者の皆殺しである。
ウォーレン公爵の元に最愛の息子の亡骸が戻ったのは、当日の早朝の事。
毒により肌は青黒く、目や口を開いたまま絶命したその我が子の姿にウォーレン公爵は人目を憚らず慟哭した。
それが一頻り落ち着いたころ、ウォーレン公爵の口から出たのはただ一言。
『ありったけの兵を集めろ』
だった。
王都内で私兵を集めることは内乱ととられかねないと諫めた一人の優秀な執務官は、頭に血が上った公爵に銀製の杖で幾度となく殴打されその場で息絶える事になる。
それを目の当たりにしたその他の執務官はもはや諫める事すら出来なくなった。
結果、五時間後に集められた私兵は騎馬二百。騎士九百であった。
ウォーレン公爵もその重たい体を馬車に乗せ、まさに『汚物』へと歩を進めていたのであった。
――――
『汚物』へと歩を進めるウォーレン公爵軍は、進路上を塞ぐ騎士団と遭遇する。
「ええぃ、邪魔な騎士どもだ! ロランソ! どけさせろっ!」
ウォーレン公爵は、近習のロランソに進路を塞ぐ騎士団を避けさせるように命令する。
命令されたロランソは、軍を一旦停止させるとウォーレン公爵が見守る中、一騎で騎士団へと近づき
「こちらは、ウォーレン公爵旗下のロランソである! そちらはどこの所属かっ!」
と大声で叫ぶ。すると騎士団の中から二十歳前後の年若き騎士が一騎前へと歩を進めてくる。
「こちらは第十一騎士中央団である。そして私は騎士団長のオーベリックと申す」
「第十一中央騎士団……だと?」
中央騎士団は本来十騎士団までである。だから十一騎士団が存在するわけがない……かと言えばそうでもない。
あくまでも常駐騎士団が十騎士団まで。というだけである。
十一騎士団以降は、貴族家で遊軍となっている騎士団を王都の治安維持のために一時的に傘下に入れている事があるのだ。
そして彼らは『番外』と呼ばれる。
『番外』がいる理由の多くが王国に騎士団を貸し出すことによる名声向上と経費の削減である。
軍というのは多分に漏れず金食い虫で、装備の維持や食費がその大部分なのだが、その騎士団が中央軍の傘下に入っている間はそういった経費は王国持ちとなるのだ。
常に魔物の脅威にさらされているバルクスとは異なり、戦争でもない限り貴族家の騎士団というのは無用の長物。
さりとて強大な騎士団を持つことは、その貴族の力を見せつけることに直結するので削ることもできない。
そういった諸々の事情を解決する手段となっている。
現に王都の治安維持のために十八騎士団まで存在しており、その多くが騎士団を多く抱える公爵家傘下の騎士団である。
ロランソは第十一騎士団がどこの公爵家の傘下かを思い出そうとして失敗する。
そもそも頻繁に入れ替わることが常なのだから覚えておく方が土台無理なのだ。
ロランソは貴族家の名を聞こうと口を開こうとするが、それに先んじてオーベリックが口を開く。
「この先で本日早朝、どこぞの貴族の子弟の遺体が発見されたとのことで、王国軍として調査中につき何人たりとも通行することを禁止しております」
そう言い放ったオーベリックの言葉に
「『どこぞの』だと……、貴様らっ! それが根源貴族にして筆頭のウォーレン公爵に対する言葉かっ!!」
とウォーレン公爵は顔を真っ赤にしながら激高する。
その言葉にオーベリックは驚いた顔をし
「なんと、亡くられたのはウォーレン公爵家のご子息殿でしたか……先ほどの言、申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。
――――
頭を下げたオーベリックは、ウォーレン公爵達から見えぬように嘲笑する。
(こうも容易く引っかかるか。いつもはお高く止まった豚殿も所詮はこの程度だよな)
オーベリック・ファウント・ロイド。それが彼の名前である。
そう。ファウント公爵家の三男でリンクロードの実弟である。
騎士団長を名乗ったが、実際には本当の騎士団長が存在している。自身はこの場でのやり取りを一任されているに過ぎない。
そもそも自分自身に武の才が無いことを自認している。彼の才は、父や兄にも負けぬ謀略の才である。
彼がここにいる理由。それはただ一つ。兄の策略によって息子を失ったウォーレン公爵を暴発させることである。
そのために先んじて中央騎士団に騎士団を派遣し、調査と称してどの騎士団よりも早く『汚物』への唯一の道である『フルーム通り』を封鎖したのだ。
こちらが頭を下げたことで殺されたレズナ公爵公子との関係をこちらが理解したから道を譲ると考えたのだろう。
ロランソと名乗った男は、『汚物』へと歩を進めるために右腕で合図する。
(ほんと、こちらの思惑通りに動くことで……)
そう心の中でさらに嘲笑するとオーベリックはそれを顔に出さないように凛として言い放つ
「どこに行かれるつもりか? この先は王国として封鎖しているといったはずですが?」
「聞こえたであろう。被害にあわれたのはウォーレン公爵の公子」
「それは分かりました。ですがそれと封鎖している場所に立ち入ることは関係ありません。
そもそも王都内で騎士団ではないものをこれだけ集めていることが翻意ありとみなされることを理解しておいでか?」
「そ、それは……」
そう返すオーベリックの言葉にロランソは返答に窮する。
オーベリックの言葉は、ウォーレン公爵によって撲殺された執務官が懸念したように正論であるからである。
かといってオーベリックの言葉を是とすればロランソ自身もあの執務官の二の舞になりかねない。
そんなロランソの曖昧な態度に既に理性を失ったウォーレン公爵は業を煮やし、遂に最悪な――オーベリックたちが求めていた――命令を兵に出す。
「ええぃ、邪魔をするのであれば避けさせろっ! 何をしても構わんっ!」
根源貴族の十四公爵にして第一位ウォーレン公爵家。王国の北部と西部の一部に派閥を形成する。
根源貴族の十四公爵にして第二位のファウント公爵家。王国の南部と東部に派閥を形成する。
そのウォーレン公爵の一言は、後の世に『南北戦争』または両家の家紋から『獅子鷹戦争』と呼ばれる内戦の始まりへの宣言となったのであった。