07. 帰り道
シャワー浴びてベッドに寝転ぶと22:00。明日も早いしもう寝るか。
隣のベッドでうつ伏せになってスマホをいじっている長女に声をかける。浴衣かわいいな。
「もう寝ましょうかね」
「ん、ちょっとだけ待って。このLINE送ったら寝る」
「了の解」
手持ち無沙汰で俺もLINEの既読を眺める。
カニを3匹送ったことを嫁に伝えたら、
ピースした両手を頬にあてている次女の写真が送られてきた。カニか。かわゆ。
よく見たら、後ろの方で長男も同じポーズをしている。かわゆゆ。
「ありがとう。もういいよ」
長女の方を見ると、スマホを充電器につないでいた。
「……そういちろう」
「どうした?」
電灯のリモコンを手にしたところで声がかかる。
「……や、なんでもない」
「そうか。消すぞ?」
「いいよ」
長女がベッドにもぐりこんだのを確認して部屋の電気を落とす。
いい旅だった。掛け布団にくるまって、この旅を振り返る。
長女が産まれるまでは嫁と2人旅をよくやっていたけど、
久々の楽しさだったな。気が合うやつとの2人旅は本当に楽しい。
空港までの道、飛行機、焼き肉、根室本線、イルカ未遂、釧路居酒屋、
和商市場、国立公園、カニ屋……どれも楽しかっ
「そういちろう、起きてる?」
……眠れそうだったのだが、長女の声の調子に覚醒する。
「起きてるよ」
「……そっち行っていい?」
ちょっと予想外な提案だったけど、んふふ、かわゆ、断る理由はない。
「おいで」
長女がベッドから出てくるのが分かる。掛け布団を持ち上げて迎えてやる。
ベッドに入ってきた長女を抱きしめる。髪を撫でてやる。
「……」
長女は黙ったままだ。
ここのところは長男坊にかかりきりなところがあったしな。寂しい気持ちにさせてしまってたかな。
「な」
「……うん?」
「愛してるぜ」
「……はるかに言ってあげなよ」
「いつも言ってるよ」
「うええ……」
「うめくな」
「私は2人の子供でよかったと思います」
「もうちょっと感情豊かに言って」
「そういちろう大好き」
喉からヒュッって息が漏れた。こんなことあるんだ。
「……ありがとう。俺もお前が生まれてくれてよかったと思ってる」
「親の愛だね」
「お? 照れ隠しか?」
けっこう強めにわき腹を叩かれる。
「ひどい」
「死ね。死ぬな」
「死なない」
「がんばって働け。それでまたカニ食べさせて」
「はい、がんばって働きます。またこよう」
「よろしい」
そう言うと長女の体から力が抜ける。もう寝やがった。
長女を抱いて寝るのは久々だな。暖かい。そして大きくなった。
腕の中にあるこの温もりをなにより愛しく思う。
*
目が覚めると、目の前に長女の頭頂部が見えた。そうだった。
腕に抱いた長女の鼓動が伝わってきて、静かな寝息が聞こえる。
体感的にはアラームの10分前だ。このまま長女の頭頂部見ててよ。こいつつむじ2つあるんだ。
つむじ眺めてるうちにアラーム鳴った。
「いま起きましたよ」という風にスマホを取り上げてアラームを消す。
長女も起きたようだ。俺の顔を見上げてむにゃむにゃ言う。
しばらくその顔を眺めているとふいに長女の目に光がともる。
「……おはよう」
すっごい苦々しい顔をしている。
「おはよう」
「離して」
「はい」
長女はさっとベッドを出ると振り向いて告げる。
「ご飯いくよ!」
「はい」
ちゃっちゃと着替えていく長女にならって俺もベッドを出て着替える。
着替え終わると、長女は寝ぐせを直しに風呂場に入った。
その隙に嫁にLINEする。
『昨晩ね、「そういちろう大好き」って言われた』
即座に既読が付いて返信が来る。
『事案』
なんでや。
早くもドライヤーの音が止み、長女が風呂場から出てくる。
「お腹空いた! 行こう!」
照れ隠し&育ち盛り。
「顔だけ洗わせて」
「ハリーハリー!!」
それお前次女に近い言動だぞ。さっと顔を洗って部屋を出る。
朝食はバイキング形式だ。なんだかんだ俺も腹減ってる。
「あ」
長女の目線を追う。お、スープカレーがある。
「よかったね、夢かなったじゃん」
「札幌からこんなにも離れているというのに」
「最後のサプライズ」
「食べるよな?」
「むろん」
長女の分もお椀に注いでやる。
その他もろもろおかずを皿に盛り、席に着いて2人で黙々と食べた。
「悔しいけど美味い」
スープカレーを口にして長女がつぶやく。何に対する悔しさだ。
朝食を済ませて部屋に戻り、帰りの準備を整える。
チェックアウトを済ませて、釧路空港へバスで向かう。
長女はぜんぜんこっち見てくれない。
空港に到着して特に問題なく飛行機に乗り込む。
「……楽しかったね」
飛行機が動き始めて、窓の外を見ている長女がようやくつぶやく。
「楽しかったな。また来ような」
「……うん」
そのうち、グアーが来てゴーってなってフワーってなる。
いつの間にか長女は眠っている。俺も寝るかな。
いい旅だった。ありがとうな。
帰ってから、カニとクジラとサンマを食べような。
*
後日、長女に対して意地を張ってカニミソを口にした次女は吐いた。
(おわり)