06. カニを食べたい - 『駒形家』
ダイマ: 「駒形家」http://www.komagataya.com/
17:00ごろ、バスに乗り込んで釧路駅まで戻る。
帰り道、長女はスマホで撮った資料館の写真を熱心に眺めていた。
新潟に帰ったら科学館とか行ってみようね。
18:00ごろ、無事に宿泊先のホテルに辿り着いた。
嫁からLINEが来ている。
『長男坊はすっかりよくなったよ』
ああ、よかった。
『かにー!!! かに食べたかったー!!!!』
脳内次女が叫んでいる。ドンマイ。
さあ、我々はこの旅行の締めに移る。
次女の強い希望により、ラストナイトはちょっとお高めのカニ料理屋を予約しているのだ。ドンマイ次女。
「それではそろそろ行きますか」
「行こう」
ベッドに寝転がっていた長女に声をかけると、さっと立ち上がってダウンを着た。
行先は伝えてある。さすがの長女も心なしテンション高めに見える。カニだもんなカニ、高めのカニだもんな。
ホテルから出て歩いて10分くらい。道順はよく確認した。
俺だってどうにもテンションが上がっている。
「カニっ食べいこうー、はにっかんでいこうー」
財布やらスマホやらを準備しつつ、懐かしい音楽が思わず口に出る。
部屋の入口付近で待っている長女が若干引いた顔をしている。おいオリジナルソングじゃないぞ。
ホテルを出て記憶の通りに歩いていく。
「カニっカニー、カニっカニー」
白い息を吐きながら長女が小さく歌っている。めっちゃテンション高いやんけ。
ほどなく店が見えてきた。外観からしてお高げなのが分かる。パーリナイのスタートだ。
*
店に入る。うーんお高い感じの内装。
和装の店員さんに予約していた旨を伝える。
コートを預かってハンガーにかけてくれた。
長女にも同様に接している。高い店ってすごいな。
そのまま座敷の個室席に案内される。大きなテーブルに長女と対面で座る。
やっべ店員さん呼ぶのチャイムじゃなくて電話だよ、すげえ。
「……高級感あふれる……」
「分かる」
なんだか長女はもじもじしている。
「……そういちろうはこういうところ慣れてるの……?」
「接待とかで連れてこられることはないでもないが……、俺もそんな慣れてないよ」
「ふうん……」
悪いな。俺もっと稼ぐよ。こういういいとこにお前らを連れてきてやらないとな。
しばらくするとおかみさんがやってきて、コースの説明をしてくれる。高級。
今日のカニは毛ガニで、姿蒸し・蟹サラダ・天ぷら・茶碗蒸し・焼きウニ・毛ガニの炊き込みご飯の6品だそうだ。すごい。
「お飲みの物はいかがしましょう」
最後におかみさんが尋ねる。
「生中お願いします」
「ウーロン茶をお願いします」
お前のウーロン推しはなんなの。ジンジャエールとか言えや。
「かしこまりました」
おかみさんはお辞儀するとスッと部屋から離れていった。立ち居振る舞いがきれい。
「あー、緊張した」
緊張してたのお前。全然そう見えなかった。
「どれが一番楽しみ?」
「焼きウニ」
カニじゃないのか。いやでも俺もそれ楽しみ。ほんと趣味が合うな。
*
「カニっカニー、カニっカニー」
たぶん無意識なんだろうけど、長女は再びカニ囃子を呟いている。
しかし、呟きながらメニューを眺めては、鼻に寄せた皺が深くなっていく。
カニ囃子も声が小さくなっていく。
そんな長女を眺めていると飲みものとお通しが届いた。
菜の花の和え物にイクラを乗せたものか。良すぎる。こいつはたぶんいい店だ。
イクラの旨みと菜の花の苦みがビールで上手いこと流されえていく。名店、名店。
しかし長女の顔は浮かない。
「……そういちろう、ここちょっと高すぎない……?」
「いい店はそれくらいするんだよ」
「……なんか悪いな……」
誰に対しての気持ちなんだろう。でもこいつこういうこと気にするやつだからな。フォローしとこう。
「旅行だからいいんだって。もともとここに来る予定だったわけだし」
「……うん」
めんどくさ女め。
「な、あいつにはこの店の雰囲気、ちょっと早いと思わないか?」
「あ、それはちょっとわかる。あいつどうせ騒ぐし」
あいつとは無論、次女のことだ。
「2人で楽しみましょうよ」
長女の目を見つめて口説く。
「……そうだね」
キモいと言われることは覚悟の上だったが、意外にも素直な反応で内心ビビる。
「そういちろうのお給料だと厳しいんじゃないの?」
すぐさま通常運転。お前俺の手取りとか知らないだろ。
「これくらいは余裕ですー、一家の大黒柱なめないでくださいー」
「大黒柱ははるかじゃないかな」
「やめい」
「尻に敷かれているっていう?」
「やめい」
楽しい会話をしていると料理が運ばれてきた。
*
毛ガニの姿蒸しが来た。昨日の居酒屋とは違ってお上品な感じに盛り付けてある。
「またこいつか」
そうだね、また毛ガニだね。
予測できなかったことだがこれは俺のミスだよ、タラバとか指定しておけばよかった。
「まあここカニ屋だし、昨日のより美味いだろう」
たぶんな。
「じゃあやっていきましょう」
「そうだね。いただきます」
「いただきます」
そうしてお互いにカニの脚を持ち上げる。身を取り出しやすいように殻の一部が剥かれてる。高級。
熱くもなく冷たくもなくいい感じだ。そういや昨日のお通しカニはちょっと冷えてたな。
身を指でつまんで口に運ぶ。おおう、カニだ。めっちゃカニ。甘い、うまい。
長女の様子を伺うと、真顔だ。難しい顔のままカニを飲み込んだ長女はつぶやく。
「めっちゃうまい」
よかった。美味いもの食べたら笑えよ。
長女はカニの脚をつぎつぎに取り上げては自分の皿に移していく。
「待て、おい待て」
「私の分しか取らないから」
そう言いつつ6割持っていく。こいつ。
そして黙々と殻から身を外している。その様子を眺めながらビールをちびちび飲む。
作業を終えた長女は俺に手のひらを向ける。べったべた。手を拭きなさい。
「いまからしばらく話しかけないで」
ビール吹くかと思った。俺との夜を楽しんで。
「はい、わかりました。ごゆっくりどうぞ」
変なことを言うと怒られそうだったので素直に答える。
長女は返事もせずに取り出したカニを食べ始める。
食べては難しい顔をして、飲み込んでは「うまい」とつぶやく。かわいい。
こっちはこっちでやらせてもらおう。毛ガニの甲羅を取り皿に移す。
うっひょ、カニミソいっぱい。これは日本酒だ。
ドリンクメニューに目を通してよさそうな酒を探して電話で頼む。
まだかまだか。1分ほどで冷やの酒が運ばれてきた。はやい。
箸でミソを少しこそいで食べる。うっめ、追って酒、うっめえ。
おっと長女忘れてた。なんかすごい見てる。
「私のもあるよね?」
目の前の皿に甲羅もう1つあるだろ。
しかし12歳には早いんじゃないかなこの美味さは。もう1つ食べたいな。
「カニミソ好きだったっけ?」
内心を悟られないようにとぼける。
「そういちろうが好きなものはたぶん私も好きだから」
プロポーズか。
「そういちろうにだけいい思いはさせたくないし」
余計な一言。
「たぶんお前も好きな味だと思うよ。残ってるのもってけ」
「うふふ」
即座に甲羅を取り皿に移して、指でミソをつまんで口に運んでいる。お箸使いなさい。
カニミソってどうだろな。食わせたことあったか? たぶんないな。
なんだこれという表情が、もぐもぐしているうちに輝いていく。
「おいっしい!」
間違いなくこいつは酒飲みになる。お前と飲める日を楽しみにしてるぜ。
それから蟹サラダ・天ぷら・茶碗蒸しをいただいた。どれも高品質。さすが。
焼きウニも素晴らしかった。ウニって生だけじゃないんだな。酒めっちゃ進む。
このウニには長女もご満悦。絶っ対こいつ酒飲みになる。
ほとんど、互いに、「うまい」とか「ヤバい」とか言うばかりの席となった。語彙力。
最後にカニの炊き込みご飯を食べてフィニッシュ。あー俺もっと稼がないとな。
*
支払いを済ませて店の外に出る。さっむ、釧路やっば。
長女はポケットに両手を突っ込んで夜空を見上げていた。かっこい。
「おいしかったな」
「……おいしかった」
「帰ろう」
そう言って左手を向ける。
長女は俺の手を眺めている。やっべ、調子乗り過ぎたかな。
しかし、ポケットから右手を出して俺の手を握ってくれる。
あったかいな。髪をもしゃもしゃしてやりたくなったけど、
これは長女上限を超えることはすぐ分かったので取りやめる。
「それに楽しかったな」
「楽しかった。これで終わりか」
「まあまた来よう」
「そういちろうと2人で来れることなんてもうないでしょ」
んん? 俺と2人なの楽しかったの?
どうしようかな。ここも本音言っとくか。
「な」
「うん?」
「俺は嫁が大好きだし、お前の他の2人も大好きだが、お前のことも本当に好きだよ」
「……」
「恥ずかしいと思うが聞いておけ。俺はお前のことが大好きだ。また2人で来ような」
「……うん」
よろしい。この家系はチョロいな。誰の血を引いたんだろうな。俺か。
でも俺の言葉にはウソも偽りもない。こいつらがかわいくてしょうがない。
「行くか」
「……うん」
そのまま手をつないで、黙ったまま2人でホテルまで戻った。