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04. 『和商市場』勝手丼決戦

ダイマ: 和商市場 https://www.washoichiba.com/

今日の朝ごはんはホテルの朝食ではない。

釧路駅の近くにある"和商市場"で食べる。

今や全国の魚市場で見られる「勝手どんぶり」、切り身で売られている刺身を

来訪者が自由に組み合わせて購入し、好きな海鮮丼を作れるアレ。

この和商市場が発祥の地と聞いている。真偽は知らん。


荷物はホテルに置いて長女と道を歩いていく。

勝手どんぶりのことはまだ長女には伝えていない。

朝ごはんはこの辺の魚市場で食べるからなとだけ伝えている。ふふふ驚け。


「そういちろう、いまから行くのって和商市場だよね」

あっ早くもフラグ回収感がある。努めて冷静に答える。

「ああ、調べた? この辺の魚市場ってそこしかないもんな」

「それで朝ごはんは勝手どんぶり?」

リサーチ力よ。

「そういちろうのことだからさ、現地で私を驚かそうとしたんでしょ?」

「……」

「朝ごはんを食べれそうなお店も市場の中にあるみたいだけど、まあそうでしょ?」

推理力よ。

「……完全敗北です」

「雑魚め」

親を雑魚呼ばわり。

「いいとこシラスだね」

完全に雑魚じゃないか。

「あ、ごめん、言い過ぎちゃったかな」

長女が俺の顔をのぞき込んでくる。

すごいにやにやしている。くやしい。

でもテンション上がってるようで、そのにやにやもかわいい。俺は雑魚だよシラスだよ。

「まあ俺がシラスならお前はスズキ程度のもんだな」

「だいぶ上じゃん。でももっと上だよ、キンメダイくらいだよ」

「いや、スズキすら言い過ぎたな、いいとこイカナゴだよ」

ひゃっはー悪手を打ってきたな。魚しりとりで「ゴ」はキツいだろう。


「……」

長女はしばらく黙り込む。そしてスッとポケットからスマホを取り出す。

「オーケーグーグル、ゴで始まる名前の魚」

お前、それは、反則だろう。でもそんな魚ないだろ。

長女のスマホが答える、『ゴマサバがあります』、あったよ。


「ゴマサバ。サバは身腐れが早い」

余計な付加情報で俺にダメージを与えるな。でも余裕だ。

「バラムツ。消化困難な脂を持つから食べるとケツから脂が垂れる」

長女が、へえそんな魚知らなかった、という顔をしたのを横目で伺う。

「ツブ」

ツブガイと言わなかったところに長女の悪意を感じる。

しかしバカめこれで俺に負けろ。

「ブルーギル」


「……」

長女は再び黙り込む。「ル」はさすがにないだろう。

「オーケーグーグル、ルで始まる名前の魚」

だから、それはズルいぞ。『ルリスズメダイがあります』。あるんかい。

長女はしばらく沈黙する。

「……これは私の負けだな」

潔いぞ。お前のそういうところ大好きだよ。

『お姉ちゃん! そういうときはルーブルって言えばいいんだよ!』『題意をくみ取れ』『え?』

脳内姉妹が勝手に会話する。仲良くして。


ここであまり追撃すると長女の機嫌を損なうので、あえてそっけなく「勝った」とだけ一言つぶやく。

「……やるな、そういちろう」

「どうも」

「ブルーギルか……なるほど……、ツブガイにしといた方がよかったな……」

長女は何事かぶつぶつとつぶやいている。やっぱりツブはわざとだったんですね。


そのうち和商市場が見えてきたのでこの話題は終わりにする。


*


おお、朝も早いが賑わっている。


挿絵(By みてみん)

... 和商市場



「先に勝手どんぶり食べてから見学しようか」

「そうだね。お腹空いた」

「うん、そうしよう」

「待ってそういちろう」

「うん?」

「勝負しよう」


なんなの。こいつ意外と負けず嫌いだからな。

「同じ予算で勝手どんぶりを作る。よさげなどんぶりを作った方の勝ち」

「面白い。選考基準は?」

「……それは追々考えよう」

適当か。

「相場がよく分からんが、予算は2,000円でいいかな」

「いいと思う。一切れが100円から500円のあいだみたいだから」

リサーチ力。

「……でも2,000円も朝ごはんで使っていいの?」

それでいてこの慮り力。

「よい。これは旅行であり非日常だからな」

そう言って財布から千円札を2枚取り出し、長女に手渡す。

長女は少し戸惑っているようだったが、そのうち受け取り、自分の財布に収める。

「ありがとう」

「いいえ」

いい子。


とりあえず、どんぶりの基礎となる酢飯を買いにいく。

白いプラカップに入った酢飯と、同じく白いプラの蓋を2セット。

割りばし2セット、醤油とわさびのパックとその受け皿も2セットで、

それらが乗ったトレイを受け取る。至れり尽くせりだ。


切り身の売り場は直線状に並んでいる。いい具合だ。

「じゃあ、お前はこっちの端から向こうに進んでいくということで。

 俺は、向こうの端からこっちに進んでいくということで。どう?」

「いいね」

「立ち止まるのはありだけど、逆走するのはなしにしない?」

長女がにやりと笑う。

「いいよ」


やべえ、しまった。そうだこいつすでにリサーチ済みだった。

もうある程度は売られている品を把握しているのではないか?

しかし言ってしまった手前、訂正はできない。

「……じゃあスタートだ」

「おじちゃん、この海老ちょうだい!」

即座に長女は買い物を始める。余念なくプレッシャーかけて来やがる。

「300円だよ! でもお嬢ちゃんかわいいから200円でいいよ!」

「おじちゃんったらー」

「お父さんに勝てよ!」

「もちろん! ありがとう!」

聞かれていたか。でも長女をかわいいって言われて嬉しい。でも俺完全に不利。


*


長女には悪いが、俺が向こうの端からスタートという設定にしたことには理由がある。

そうだ、移動するまでに横目で売り場を眺めることができるからだ。

卑怯? 戦術と言え。あいつはしりとりで躊躇いなくグーグルを使う女だからな。


並べられている切り身を横目に伺いつつ長女に気取られないスピードで歩いていく。


なるほど、売り場はけっこう長い。ある品、たとえばサーモンが一か所にだけ置いてある、

というわけではないようだ。つまり、逆走は禁止したが、一度見逃した品を再度購入するチャンスがある。

どこに何がいくらで置いてあるかを瞬時に記憶できるほどの力は俺にはないが、

ざっくり、売られている品と価格帯を把握する。

見さらせ長女よ。これが大人の汚さだ。


そのうち売り場の端までたどり着く。


*


ここからが勝負だ。大人の購買力を見せてやる。


まず、地物ではないものはアウトだ。

たとえばマグロの類は必要ない。この市場で買う必要がない。

『トロ―、私トロ―、あとカニ―』。脳内次女、落ち着くんだ。


カニの刺身も並べられているが、微妙な見た目だ。昨日の毛ガニでカニ観が戻ってきた。

なんとなく、ここに並べられているカニは大ぶりな割に水っぽく見える。なにより高い。


サーモン、これはいいだろう、『地物産! 今が旬!』というポップも飾ってある。1枚200円で2枚購入。


その隣にはホッキ貝。ホッキ貝は確か苫小牧の名産だったはずだ。

まあ北海道繋がりだ、暖色系の色合いが多めになる海鮮丼の中で黒い色をしたホッキ貝の身はアクセントになるだろう。1枚200円で1枚購入。


ふと、「シソ、あります。1枚50円」というポップが目に入る。

いいぞ、緑の彩りは必要だ。1枚50円は暴利だが、いま長女に負けるわけには行かない。

シソは売り場には並べられていない、このポップに気付かない限りは手に入らない。

10数メートル離れた長女の様子を伺う。なんか値段交渉してるっぽい。やるなお前。

しかしこちらに注意を向けていないことが分かったので、サッとシソを1枚購入する。残り1,350円。


そのままゆっくりと歩いて切り身を眺めていく。長女が買った海老は俺も欲しい。つまり予算としてはあと1,000円くらいだ。


いか100円、たこ150円。いか1枚購入。丼に並んだ、オレンジ・白・緑・黒が美しい。海老が入れば彩りとしてはそこそこいい感じだ。


お弁当用の小さいカップに入ったイクラが300円。いいだろう、サーモンとも相性がいい。

どんぶりの中央に載せたシソの上にカップからイクラを落とす。いいぞ、海鮮丼めいてきた。残りは950円。


ホタテ! 150円! これもありだろう。2枚いっとくか。色合い的に、イカの対面に並べる。残りは650円。


ホタテを購入したのはちょうど売り場の真ん中あたりで長女とすれ違う。

どんぶりには蓋を被せて中身が見えないようにする。長女もそうしている。

目線は合うものの互いに何も言わない。

「おっちゃん! ホタテいいね! 2つください! 私今日2,000円持ってるんだあ」

おい、お前そんなあざとい声出せたの?

「そっかー、いっぱい食べてもらいたいから1つ100円でいいよ!」

「うわー! ありがとうおっちゃんー!」

同じ手を二度も使いやがって。

しかし、正直に言って、俺は感動していた。

普段真顔のお前だがそういうことできるようにも成長しているんだな。

良いか悪いかは置いといて。お父さんちょっと安心した。

どんぶりなど忘れて長女を抱きしめたい気持ちになったが抑える。

そんなことをしてもキモがられるだけであり、そしてこれは真剣勝負である。


そのまま進むと、ウニ! イクラと同じようなカップで400円!

ここまで、やっぱちょっと高いよねぼったくられてる感あるよね、という気持ちは常にあったが、

これはなかなかお買い得ではないか……? しかしこれを買うとエビが買えなくなってしまう。仕方ない、スルーだ。


シソと同じく売り場には置かれていない品のポップが目に入る。卵焼き、50円。ちょうどいい、購入。


ふふ、いい感じだ。長女よ、俺はお前を侮ってはいないが、獅子は全力でウサギを狩るとも言う。俺の完璧な布陣におののくがいい。


しかし売り場は残り1/4程度。海老のための残した300円を置いておくと、フリーな小銭もあと300円。


そうして目に入るハマチ。地物ではないと思うが、旬ではあるため適度にサシが入り、厚切り、美味そうだ。

……これでいいか。2枚購入。うむ、いい感じの海鮮丼になった。……これが2,000円かと言われるとまあ微妙だが……。


最後に海老を購入する。当然ながら、俺に値引きなんて発生しない。これで残金は0だ。準備完了。


売り場の向こうを見ると、ちょうど長女がこちらに歩いてくるところだった。

遠目でよく見えないけどなんかお椀みたいなのトレイに載せてない?

味噌汁? やばい、そんな選択肢あったの?


市場の一角に飲食スペースがある。『あっちの方に』という感じで長女に目線を送る。

長女が頷いたのを確認して移動する。さすがにまだ朝早く席は半分くらい埋まっているという感じだ。

2人がけのテーブルにトレイを置いて椅子に座る。まもなく長女がやってくる。

生意気にも俺の顔を見てニヤっと笑う。若い頃の嫁みたいでちょっとドキっとする。


*


しかしここからが決戦である。

互いのどんぶりには蓋がしてあり布陣は読めない。

たださきほど遠目に見えたお椀は確かに長女のトレイの上にあり、この時点で少々負けている。

「……それどこで手に入れた?」

「ん? 最後の方のお店かな。いくつか買ったらサービスしてくれた」

クソ、ロリコンどもが。お前らの好意のせいで俺は負けに近づいている。娘によくしてくれてありがとう。

「まあお味噌汁はお味噌汁だよね。どんぶりでの勝負だもんね」

「……そうだ」

「これカニ汁なんだけどね」

そう言うと長女はお椀の蓋をパッと持ち上げる。うわあカニの脚入ってるう。

「あのお店のまかないなんだって」

釧路やばいな。

そして長女はにやにやしている。

言われてみるとどんぶりのプラカップと違って、カニ汁のお椀はちゃんとした食器だ。お前のその手管なんなの。

いかん、選考基準が定まっていないのだから、これは互いに互いの心を折り合う勝負だ。30も下の女に心折られてどうする。


「……俺のどんぶりの前にひれ伏すがいい」

「そういちろうこそ」

「せーので蓋取るぞ」

「いいよ、せーのっ!!」


*


互いに蓋を開けると、ほとんど同じ見た目の海鮮丼が2つそこにあった。


若干の配置は異なるが、選んだ具、その枚数、どちらも同じに見える。

中央にイクラを配置しているのも同じ、卵焼きとシソがあるのも同じ。


俺は、自分の海鮮丼と長女の海鮮丼を何度も見比べる。

そうして顔を上げると、長女もちょうど顔を上げたところだった。


「うへへえ」

俺が先に笑う。

「なんなのもう」

長女もつられて笑う。


他の皆さんに迷惑にならないよう、なるべく声を抑えて2人で笑い合った。

「なんで……なんで同じになるんだよ」

「俺が訊きたいよ」

「真ん中はイクラだよね……」

「ここの選択肢だとそうなるよな……」

「マグロは無し……」

「お前の言う通りだ……。そういう割にハマチは買ってしまったけども……」

「しょうがないじゃん……。美味しそうだったから……」

「お前もホッキ貝選んだのな……」

「色合い的にいいかなと思って……」

「全く同じ思考だよ……」

もう耐えられずに2人で声をあげて笑った


*


2,3分ほど互いに笑いが止まらなかった

「……やっぱ親子なんだね」

「……特にお前はな……俺と食の趣味が似てるからな」

「はー、でも全く同じになるとは……」

「びっくりしたよ。ここまでとはな……」

「……ところで、そういちろう、残金は?」

「ぴったり0です」

「そうかそうか」

そう言うと長女は財布を取り出す

あ、そうか。ネタが全く同じってことは値引きされた分だけ長女の予算は余るのか。

小銭で1,000円が机の上に置かれる。おい、余り過ぎだろ! この市場はロリコン見本市か!!


「まだ買ってもよかったんだけど、だいたいどんぶりがいっぱいになったからやめといた」

「……これは俺の負けっぽいな。カニ汁もあるし」

「かわいいって罪だね」

自分で言うな。

「でも引き分けでいいよ」

え?

「どっちもどんぶり自体とは関係ないことだから」

理性的判断を下すじゃないか、好き。

「わかりました。では引き分けとさせてください」

「よかろう」

上から目線されるのは仕方ないな。

「1,000円返すよ」

「うん? いやいいよ、お前のかわいさとあざとさで勝ち取った成果だ」

「あざとい言うな」

「完全に媚び売ってたじゃないか」

「女社会で生き延びるためにはあれくらいはできないといけないんだよ」

「大変ですね」

「もらっていいの?」

「いいよ。お刺身としてまた買うのに使ってもいいし、別のことに使ってもいい」

「……ありがとう。それならもらいます」

長女が小銭を財布にしまったのを見届ける。

「それじゃあ食べようか」

「うん、いただきます」

「いただきます」


それから互いに感想を述べあいながら海鮮丼を食べた。さすがに美味い。

エビの身がぷりっぷりだね、うわ、この海老のミソ青い! とか、

いくらのぷちぷち感の強さが半端ねえとか、

昨日も居酒屋でサーモンの刺身を食べたけど一段階上の味がするねとか、

やっぱハマチはハマチで美味いなとか、

この卵焼き、完全に出来合いを切っただけっぽいねとか、

イカは普通だとか、

ホタテに革命が起きたサクッとしてるすごいとか、

カニ汁おいしー、ちょっとちょうだい、いや、けち、とか、

無限に意見が出てきた。


挿絵(By みてみん)

... 海老の味噌が青い


やっぱりこいつと喋るのは楽しいな。

もちろん嫁と喋るのも次女と喋るのも、ようやく意味のある会話ができるようになってきた長男と喋るのも、

どれも等しく楽しいが、どうにもこいつとは気が合う。

ありがとうな、生まれてきてくれて、ここまで育ってくれて。


*


やいのやいの言ってるうちに海鮮丼を食べ終える。とてもよかった。

「ごちそうさまでした」

ちゃんと手を合わせて長女はつぶやく。すてき。

親の教育の賜物なんだろうなあ。親誰だろう。あ、俺だ。


「さて、トレイを返したら見学して回ろうか」

「そうしよう」

2人で席を立ってトレイと空の容器を返しにいく。


「カニ汁のお椀返しといで」

「うん」

長女はたたっと駆けていく。そうして店の人にお椀を返して話をしている。

周りの騒がしさで長女の声は聞こえないが、ちゃんとコミュニケーションが取れてちゃんとお礼を言っているのは分かる。

最後に長女はぺこっとお辞儀をしてバイバイという感じに手を振る。店員さんもそれに返すように手を振っている。いい光景だ。


戻ってきた長女の頭をぐしぐしして予定を告げる。

「ようし、1時間ほどは見学できるな。このあと一回ホテルに戻るからお土産とかも買えるよ」

「うん、じゃあ行こうか」

だから俺を先導するな。まあいいや、ついていこ。


市場に売られている海産物をウインドウショッピングしていく。

大きい水槽に活きたカニが入ってる。めっちゃデカい。

「おお……」

長女は水槽の前で足を止め、中身を覗き込んでいる。

これはしばらく動かないな。

腹に物も入ったおかげで、ゆったりした気持ちでその様子を眺める。

水槽の中で、タラバカニかな、手のひらよりずっと大きなカニがのっそり動いている。

『食べたい! 触りたい! 挟まれてみたい!』脳内次女が騒ぐ。ドMか。

『あー!! お父さん!!! 血が出た!!! 血が出た!!!』バカめ。

もー、やっぱり無理してでも次女も連れてくるべきだったかな。


「そういちろう」

「……うん?」

ちょっと血糖値が高まってトリップしていた。


「このカニ、あいつのお土産にできないかな? カニ食べたがってたし」

優しい。いっつもケンカしてるけど優しい。

「いいね。そうだな、たぶんクール便で送ることはできるだろう。買うか」

「……けっこう高いけど……」

「いいんだよ、2人で来たぶん、旅費は浮いてるしな」

「……うん」


売り場のお兄さんに声をかけて、このカニが3匹欲しいこと、クール便で送って欲しいことを伝える。

3匹!? という顔で長女がこっちを見てきたが、そりゃお前、5人家族だぞ。それくらいは必要だ。

どちらも問題なし。それからお兄さんの話術に取り込まれ、サンマの糠漬けとクジラも買った。俺はチョロい。


配送のためのもろもろの手続きのあいだ、長女はしゃがんで水槽を眺めていた。

活きたカニなんて水族館以外では見れないもんな。お前生き物好きだもんな。ほんと俺に似たよ。


礼を言って支払いを済ませる。

「行こう」

「うん」

長女は10分くらいのあいだずっとカニ見てたらしい。


「そういちろう」

「なに?」

「そういちろうってチョロいね」

「……サンマとクジラのこと?」

「うん。まあ、クジラは分かんないけど、サンマは10尾で1,000円ならお買い得だったかな」

なかなかの金銭感覚じゃないか。

「チョロいのは自覚している」

「いつか身を滅ぼすよ」

12の小娘が、40過ぎの親父に何を言うか。

「こういうのは羽目を外すと表現するんだ。旅先ではそういうことも必要だ」

「まあそれもそうか」

あっさり引き下がったな。

「……カニ、ありがとうね」

「いいえ。言ってくれてありがとうね。ここで買えてよかったと思う」

「……留守番してくれてるんだからご褒美だよ」

素直じゃないな。お前たちの平穏はいつ訪れる。


そうして市場や土産屋を巡るうちに時刻は8:00になる。そろそろ戻ろう。

長女もいくらかお土産を買い込んだようでビニール袋を両手に提げている。

市場から出てホテルへと戻る。部屋にお土産なんかを置いて少し休憩した。

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