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01. 北海道到着まで


今日は長女と北海道旅行したときの話をしようか。


*


ほんとはね、家族旅行のはずだったんだよ。

だけども、当時3歳だった息子が直前で熱出しちゃってさ。

嫁とも相談した。「やっぱお父さん、長女と次女だけでも連れってあげて」って。

旅行はディズニーなんかが多いからなあ、北海道とかの自然を見せてやりたい。

「悪いね。でもそうしようか」

申し訳ないけど、嫁はおうちで息子の面倒を見る。


そういうことになったんだけど、当時10歳の次女はごねるの。

「やだ、弟がこんななのにわたしだけ旅行行くのやだ!」

いい子だなお前は。

でも当時12歳の長女は、すでになんかクールでさ、

「私は行くよ? 死ぬほどなわけでもないんだし」

お前の言う通りだよ。

「やだね! わたし絶対いかない!」

「ばかだなー北海道なんてなかなかいけないのに」

「ばーかばーか、お姉ちゃんは思いやりの心がない!」

「言っとけ」


そうして長女との2人旅が決まった。


*


自身のことも省みて、長女にも奔放な性格になってほしかった。

だけどどうにも俺に似たようで、長女は、次女と正反対で、

読書や映画鑑賞を好むインドア派に育ってしまった。


やりたい放題の次女とは違って、真面目で冷静というか、

この歳にしてやや達観したようなところがある。

嫁と長女と次女を並べると、見た目はまさに相似、アロメトリー。

3人とも顔が似てるのな、俺に似なくてよかったな。

3人ともかわいい。俺嫁煩悩子煩悩、知るか、かわいいんじゃ。


そんな長女だけども、ここは嫁に似たのか、旅行は好きみたいなの。

アクティブになるべきときにはなれるというか。

普段はテンション低めの低血圧って感じなのに。

ディズニーとか行くと次女以上にはしゃいでいる。

かわゆ。めっちゃかわゆ。


*


当日は5:00起きな。

俺もそれなりにがんばってるつもりだが嫁にはよく寝てほしい。

スマホのバイブだけ目覚ましかけて5:00に起きる。

隣で寝てた長女の肩をぽんぽんとすこしたたく。

暗くてよく見えないけど、長女はすぐに目を覚まして、

すこしぼんやりしたあと俺の顔を見てこっくり頷いた。

次女は寝ぼすけだけど長女はしっかりしてるんだよなあ。


そのまま2人でそっと寝室を出て準備した。

ほんと次女は何も言わないと歯磨きすらしないで学校いくのに、

長女はきっちりしとるなあ。トースト焼いとるあいだに着替え以外の身支度済ませとる。

そうして2人で慎重に静かに朝ごはんを食べて準備を整えた。

6:00には出発や、まずは駅前から出ているバスで空港に向かうで。

外出たらいつも通り息は白くなる。冬だもんな。

北海道の寒さも考慮して、長女には、ちょっとかわいくないけど茶色の厚いダウンジャケットを着せている。

俺とペアルックだ。長女の着替えなんかの荷物は長女用の旅行かばんで持たせている。

自分のことは自分でやらないと気が済まないたちだからなこいつは。


次女と違ってあまりお喋りじゃない長女だが今日はなんか鼻歌とかうたってる。

ぽんぽんのついたニット帽から流れ出ている長い髪が街灯に照らされて美しい。

よかったあもう、嫁と結婚して、この子が生まれて。もちろん、次女も息子も大好きだけどな。

でも2人にはちょっと悪いけど、俺、こいつと一番気が合うってところがあるんだ。みんな大好きだけどな。


*


駅前まで歩いて15分程度、空港行きの始発のバスに乗る。

奥の方の2人掛けに陣取り、荷物を網棚の上に載せる。

長女には窓側の席を譲ってやった。まあまだ暗くて何にも見えないかも知れないが。

でも空港に近づいてきたら飛行機・滑走路・管制塔の光が見えるだろう。

「そういちろう」

「うん?」

「私は今とても興奮している」

「それは朗報だ」

12歳の言う言葉か? もうちょっと絵本とか読み聞かせるべきだったか。

俺の読んでた文庫本に興味しめしたからその読み聞かせしたんだよなあ。

こいつ、絶対、同い年を見下してるぞ。この先は苦労するだろうなあ。

窓の枠に肘をついて外を眺めている長女の髪を撫でてやる。

嫌がっている様子はないから、バスが発車するまで続けていた。


*


徐々に太陽が昇り、車窓の景色も明るくなっていく。

40分ほど走ったところでバスは空港内の敷地に入る。

そのあいだずっと長女は外見てるの。飽きないか?

その幼い脳みそで何を考えているのか分からないけど、

こいつはすでに自我を確立させつつある。俺、お前の歳のころは、

「うまい棒うっめ」くらいしか考えて生きてなかったよ。


そのうちバスは空港のターミナルに到着する。

かばんを取り上げて、長女とともにバスを出る。

「ありがとうございました」

俺は軽く一礼しただけだが、長女はちゃんとバスの運転手にお礼を言う。

いい子すぎる、いい子すぎる、大好き。

それから空港に入る。ディズニーに行くため、何度かこの空港は使っている。

長女も初飛行機というわけでもない。でも長女の顔を伺うと少し頬を赤らめている。

楽しみか、そうか楽しみか、楽しもうな、嫁と次女と息子には悪いけども。


普段よりテンション高めの長女と一緒に列に並んで、予約済みのチケットを発券する。

そのまま手荷物検査を受けて搭乗口付近の椅子に2人で並んで座る。

長女は旅行かばんから何らかの印刷物を取りだす。

釧路湿原国立公園のウェブサイトをプリントしたものだ。


そうだ俺たちは札幌まで飛んだのち、帯広までバスで移動する。

そののち、根室本線という北海道のローカル線で釧路まで行く。

帯広から釧路までローカル線で移動するのは単に俺の趣味だ。

釧路に着いてから何したいかは嫁と長女と次女にアンケートを取った。

嫁は特に希望なしで「任せる」とだけ答えた。お前はディズニーオタだからな。釧路は対極だな。

次女は「かに!!!」とだけ言った。北海道=かにの短絡回路。釧路の位置も分かってないだろお前。

それに対して長女は、ちょっとググったあと、この釧路湿原国立公園に行きたいと言った。

この湿原に渡ってくる丹頂ヅルが見たいんだって。渋い。

でも時期的にはぴったりだ。やばい、この歳にしてネット使いこなせてる。リテラシー。


*


そのうち俺たちが乗る便への搭乗アナウンスが流れる。

長女はプリントアウトした紙をかばんにしまう。

ちゃんと乗る時間とか把握してるんだな。やっぱりしっかりやさんだな。

次女はそんなこと一切気にしてないぞ、なんなら嫁も聞き逃したりしてるぞ。


搭乗ゲートへの列に並ぶ。長女は自分のチケットをすでに手に持っている。

次女はそんなこと一切気にしてないぞ、なんなら嫁も慌てて取り出すぞ。


チケットの確認を受けて、飛行機までの通路を歩いていく。

いやー、この時間はいいものだ。通路の窓から、これから乗る飛行機の姿が見える。

男心めっちゃくすぐられる。でも長女は興味ないみたい。女子かよ。女子だった。


狭い入口から機内に乗り込む。席の位置を確認して、窓側に長女を座らせる。

大きな荷物は搭乗前に預けてある。長女は席につくとすぐにシートベルトを装着する。

できすぎだろお前、確かにまあもう何回も乗ってるけどさ。

発車まではまだ20分はあるぞ。まあいい、俺もシートベルトつけよう。


次女と違って寡黙な子だからぜんぜん喋らないで窓の外を見ている。

機内は次第に乗客に満ちていく。そのうち、機の入り口が閉まる音がする。

ややあって飛行機が滑走路に向かって動き始める。

機内では、いつもの通り、キャビンアテンダントによる緊急時の対応について簡単なガイダンスが行われる。

長女それちゃんと聞いてるの。もう5,6回は聞いてるよな?

無視していいんだぞ、わかってるだろ?

その横顔は嫁の小さいバージョンなのに性格はクソ真面目。

お前絶対苦労するぞ、気を抜くってのも大事だぞ。

しかし真剣な顔をしている長女にかける言葉はない。

いいよ、お前のそういうところが大好きなんだ。


ガイダンスも終わり、飛行機が滑走路の出発点に到着したことが分かる。

「そういちろう」

「うん?」

しばらく黙っていた長女が口を開く。

「飛行機が離陸するまでの加速する感じっていいよね」

わー、超わかるー、あのGの感じ俺も大好き。

でもそれ12歳の君が言う? 次女だったら、

『飛行機がガーってなるときのグアーってなるの面白いよね!!』とか言うぞ。

「わかる。あの力を感じると、人の文明とか科学とかってすごいよなっていつも思う」

長女は、ほう、という顔で俺の顔を見てくる。

ほう、じゃねえよ。親の威厳とは。

「私もそういちろうと同じこと考えてた」

達観しすぎでしょ。俺が次女に答えるなら、

『わかる。あのグアーでエンジンがゴーってなるのすごいよね』

『そうそう! ゴーってなってフワーってなるやつ!!』

脳内次女が返答してくる。フワーはお前の頭だ。

「もうすぐだね」

「たのしみ」

なんか抑えてるっぽいけど長女のテンションが上がっているのが分かる。


そうして、『グアー』が始まる。

もう慣れてしまったが、初めて飛行機に乗ったときはこの『グアー』を恐ろしく思ったものだ。

飛行機は暴力的なほどに加速していき、そのうち、地上を離れる『フワー』の瞬間が来る。

「……うおぉ…」

長女を横目に見やると小さい嫁が頬を紅潮させていた。かわゆ。

長女の向こうの窓から俺たちがぐんぐんと地上から離れていく様子が見える。

長女よ、行こうぜ北海道。楽しみにしてな。


シートベルトを外しても構わない旨のアナウンスがなされると、

長女はすぐさま実行し、窓のガラスに顔をつける勢いで機外の景色を眺め始めた。

やはりお子様はお子様か。ここまでちゃんと耐えたのは偉いぞ。

そうしてその気持ちはよく分かる。

空は快晴、すでに飛行機は雲の上を飛行し、窓の向こうには雲海が広がっている。

丹頂ヅルもそうだしこの景色もそうだし、長女は自然というものが好きなのかなと考える。

まあディズニーも楽しんでるっぽいから、俺と嫁の良いとこ取りしたんだろう。

雲の観察をしているであろう長女の集中を遮らないために、特に声をかけることなく、

機内で配られるスープとか飲みつつ、ときおり長女の後ろ姿を眺めて、適当に過ごした。


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