13、正月の玄関の掃き掃除は縁起が悪い
さほど親しくない無口が加われば沈黙が増えるのは必然である。
気まずさに耐えかねたカロンがおずおずと口を開く。
「えっと……ドールザーさんの依頼人さんもミツが欲しいんですよね。甘党なんですかねぇ?」
話題のチョイス下手くそかよ。
依頼人の個人情報をそう簡単に漏らせる訳がないだろうに。
俺と同じ事を思ったのだろう──
ドールザーも困惑気味に閉口していたものの、すぐに首を横に振った。
「……本来なら依頼の詳細は黙秘する所だが……依頼人はお前達も知る者だ」
「「え?」」
俺等共通の知り合いとなるとかなり限られてるような……?
そう問うより早く、彼は「ラピスだ」と呟いた。
マージでー?
ラピスって悪徳領主・ギャンザク邸に潜入調査していた女性騎士のラピス?
懐かし過ぎる名前にこれまたビックリである。
「どうやらあやつの妹が仕事関係で落ち込んでいるようでな。魔法薬研究が好きな妹を励ます為に、貴重な素材のメープルドラゴンのミツを必要としているそうだ」
「凄く聞き覚えのあるエピソードな件。ちなみにその魔法薬とやらについては何か聞いているのか?」
まさかそんな偶然ある訳ないよねー、アッハッハ。
「専門的な事はよく分からんが、怪我の治癒に滋養強壮、むくみ・眼精疲労・腰痛・肩こり・口臭・虫歯・水虫・いぼ痔・抜け毛の解消、虚弱体質改善といった作用の魔法薬だと聞いたな。花粉症には効かないらしい」
「祝☆確定」
ラピスの妹=フュベルダ嬢の親友ね、了解。
どれだけクセの強い研究員なんだか逆に気になってきたわ。
「世間は狭いですねぇ」と興奮するカロンを落ち着かせ、俺はそれとなくドールザーに探りを入れる。
「ときにドールザーよ。お前はメープルドラゴンを見つけたらどうやってミツを取るつもりなんだ?」
「どう、とは? 普通に倒してから採取するつもりだが?」
アカーン!
温厚な個体が多いメープルドラゴンがそこまで強いとは思えない。
ドールザー程の手練れが相手では、ほぼ間違いなくミツどころか皮まで剥ぎ取られて「上手に焼けましたー」となってしまうだろう。
それは流石に可哀想である。
なんとかせねバネバ。
灰色の脳細胞をフル回転させた結果──俺は一計を案じる事にした。
非常に面倒だが仕方ない。
俺はそれとなく二人から距離を置くと、急勾配になっている坂の下を覗き込んだ。
坂というよりギリ崖……か?
高さはせいぜい五、六メートルといった所で少々低い気もするが、上部がせり出しているからか真下は見えない。
……まぁここで良いか。
俺はカロンとドールザーが見ていない隙をついてヒラリと崖下へ飛び降りた。
勿論叫ぶのも忘れない。
「うわぁぁー(棒)足が滑ったぁーー!(棒)」
「も~、マオーさんてば何をふざけて……ってぅえぇ!? 嘘ぉ!? ホントに落ちてるっ!?」
頭上からドタバタとかけ寄ってくるカロンの足音が聞こえてくる。
「そんなテンションで落ちる人がいます!?」と叫ぶカロンに負けじと、俺は大声で捲し立てた。
「いや~メンゴリンゴ! 残念ながらここは壁が反り返っていて登れそうにない。俺は上がれそうな場所を探して追いかけるから、すまんが二人は先にメープルドラゴン探しに向かってくれないか? 答えは聞いてない。それではまた後で会おう!」
「決定事項!? いやいや、いくらマオーさんでも流石に単独行動は危ないですって!」
「……ロープならある。引き上げてやるぞ」
やさしいせかい。
でもここでドールザーのご厚意を受け取る訳にはいかないんだなぁ。
俺は感謝の言葉を述べつつ、「そんな事したら両手が塞がって体が崖に当たる! もし顔に土でも付いたらテンション下がって動けない!」と力説した。
ドン引きされたと雰囲気で分かるのが悲しい所だが、納得して貰えたのでヨシ!
「なぁに大丈夫。こんな森、俺は強いしすぐに追い付くさ。だから構わず先に行け! ドールザーは誠にすまんが、カロンの事は任せたぞ」
「別に構わんが、お前は家族を残して戦場の最前線にでも行く兵士か何かなのか?」
「あ、フラグ建築はマオーさんのお約束なので気にしないで大丈夫です」
呆れながらも不安そうなカロンに「んじゃ、サクッと行ってくるわー」と声をかけてから離脱する。
…………さぁて、これだけフラグの逆張り建設をしておけば大丈夫だろう。
これぞ魔王流のゲン担ぎである。
上手くいく、上手くいく。
俺は二人に姿を見られないよう細心の注意を払いながら全速力で森を駆け出した。
……虫や木の枝、蜘蛛の巣なんかは平気なのかって?
頭からシーツ被ってるから何とか堪えられている。
(※皆様はぜひ、白シーツを被った雨ガッパの大柄なナニカが森の中を疾走している光景をご想像下さい)
全力の魔力探知をしつつ、目にも止まらぬ早さ(物理)で移動する事、五分弱。
日頃の行いが功を奏したのか特にトラブる事もなくそれらしい気配の発見に至った。
どうやら大きそうな洞窟の中──それも出入り口にかなり近い場所に一体いるようだ。
「あ、やべ」
慌てるな、魔王は急に止まれない。
マズいと思った時にはもう遅く、俺は洞窟の手前どころか三メートル程奥までオーバーランしまった。
なんてこったい。
ズザザザーッという緊急停止音と共に「お邪魔しまっす!」と挨拶すれば、「ぎゃあぁぁ!?」と腰を抜かして驚くメープルドラゴンと目が合った。
彼の頭頂部にはメープルドラゴンの雄だけに見られる黄緑色の鱗が光っており、まだ若い成体だと見受けられた。
琥珀色に光るミツがトロトロと首から流れる様は見ようによっては美しく、見ようによっては見苦しい光景である。
「ノックせず失礼、急いでいたものでな。俺は怪しい者ではない」
「いギャいギャ、普通に生きてきてここまで怪しい奴は見たことないギャス!」
うむむ、確かにこの姿で「ダイナミックお邪魔します」は警戒されても仕方ない。
シーツを脱いだとはいえ、通報案件なこの状況……一体どう取り繕ったものか。
甘ったるい香りにクラクラしながら思考を巡らせていると、メープルドラゴンがハッとしたように声を上げた。
「ってあギャ!? その膨大が過ぎる魔力は……? も、ももももやし、もしや魔王様ではないギャすかっ!?」
「ほぅ、よく分かったな……と言いたい所だが残念。三代目に魔王の座を譲った二代目の元・魔王でギャす」
「ぎひゃああぁぁっ!?」
腰を抜かしたままだった彼はとうとう平伏してしまった。
もはや土下座を通り越して土下寝である。
どんだけー。
「いや落ち着け。話し辛いわ」
「ぉおぉおお恐れ多いギャす魔王様! 例え政権交代したとしても、我が身に流れる魔物の血が貴方様を魔王様だと告げていギャす!」
「あー、別にそういうのいいから。それより色々あってな。取り急ぎの相談がある」
かくかくしかじかで伝わらない現実の厳しさよ。
どうにか顔を上げたメープルドラゴンに名前を聞けば、「名前はまだない」と地方の魔物にありがちな答えが返ってきた。
呼び名が無いのは地味に不便だが仕方ない。
「実はこの世の真理よりも深い事情があってな。このあと俺は『ただの人間の冒険者A』として人間と共に出直してくるから、テキトーに話を合わせてお前のミツを分けてくれないか?」
「? ミツなら今すぐにでも差し上げギャすが」
「いや、それはそれで却って事情の説明に困るのだ」
はぐれていた筈の俺が一人でミツゲッチュー! ともなれば、カロンはともかくドールザーに怪しまれてしまうだろう。
上手いことドールザーの前でメープルドラゴンの無害さをアピール出来れば、今後ミツを狙う者が現れたとしても戦闘になる確率を下げられるかもしれない。
こんな先々の事まで配慮出来る俺、有能スンギ。
「とにかくだ。次にミツを貰いに来た時は、俺の事はくれぐれもしがない冒険者Aとして接してくれ。それが結果としてお前の身の安全にも繋がるんだ」
「??? ラ、ラギャー。よく分かりギャせんが分かりギャした!」
デロデロとミツが流れる首を掻きながら、若きメープルドラゴンは戸惑いがちに頷いている。
うむ、ひとまず安心といった所か。
俺はメープルドラゴンに短い別れを告げると、再び全速力で来た道を引き返すのだった。




