11、蜂蜜のベタベタ汚れはお湯で温め溶かし拭き取る
王都内某所。
ちょっとイイ感じのBGMが流れる小洒落たカフェの一席にて──
「さぁお悩み相談室のコーナーがやって参りました。司会は私、マオーが進行していきます。そして助手はこちらの……」
「……え? あ、初めましてカロンです」
「それでは早速いってみましょう。本日の相談者はこの方~」
「フュベルダですわ。…………あなた達、いつもこんなふざけたノリですの?」
ガッツリとため息をつくフュベルダ嬢に、カロンが慌てて「いつもはもう少しマトモなんですぅ」とフォローを入れている。
マトモじゃないテンションですまんな、二人共。
今の俺はこの店に入る直前に小汚い酔っぱらい親父とぶつかったせいでヤケになっているんだ。
フュベルダ嬢は咳払いをして気を取り直すと、前置きもそこそこに本題に入った。
「依頼内容は『メープルドラゴンのミツ集め』ですわ」
「メープルドラゴン……ですか?」
聞き慣れないワードだったのかカロンが首を傾げている。
説明しよう!(エアー眼鏡クイッ)
メープルドラゴンとはその名の通り、メープルシロップのような甘いミツを首まわりからドバドバ分泌するトカゲ型の魔物である!
大きさは160センチくらいの二足歩行で、引きずる程に長い尾が生えている。
知能も高く比較的穏やかな性格が多いのが特徴だっ!
「へぇ~、なんだかとっても甘そうですねぇ」
「実際とても甘いミツらしいですわ」
子供並みの感想を述べるカロンはさておくとして。
フュベルダ嬢の「市販で手に入るのは品種改良で小型化に成功した『トイメープルドラゴン』のミツですわね」という補足が地味に怖い。
魔物に人権、いや魔物権は無いのか。
それが人間のやり方かー!
「ふぅむ……依頼内容は分かったが、普通に蜂蜜とかでは駄目なのか?」
魔王城にもメープルドラゴンが何体か仕えていたし、強奪するのは抵抗がある。
ちなみに彼らの職場は専ら自慢のミツを有効活用できる厨房であった。
残念ながら俺は生理的に口にするのは無理だったが、グルオなんかはメープルドラゴンのミツを塗ったトーストが好物だったっけなぁ。
いやぁ、懐かしい懐かしい。
つい実家を思い出して遠い目をしていると、フュベルダ嬢の凛とした声で現実に戻された。
「メープルドラゴンのミツでないといけない理由がありますの。それを欲しているのはわたくしの親友なのですが、魔法薬の研究をしている彼女によると、そのミツには他にはない特殊な栄養素があるとかで……」
「ほう? ちなみにどんな薬なんだ?」
咄嗟に思い浮かべてしまったのは「Gショック騒動」の発端となった巨大化する魔法薬である。
俺の考えを察したのかフュベルダ嬢は気分を害したように眉を顰めた。
「心配しなくても危険な薬ではありませんわ。彼女が作ろうとしているのは市販されている回復薬の改良版ですの」
「なるほど……となると、その友人が着手しているのは伝説とされる万能薬への挑戦という事か?」
「いいえ。具体的には瀕死の怪我の治癒に加え、滋養強壮、むくみ・眼精疲労・腰痛・肩こり・口臭・虫歯・水虫・いぼ痔・抜け毛の解消、虚弱体質改善といった作用の魔法薬らしいですわ。花粉症には効かないから万能薬ではないと本人も仰ってましたわ」
「いやそれでも十分凄い薬な件」
もし完成したらお偉いさんが大金積むやーつ。
そこまで治せて万能を語らないとか謙虚かよ。
話によるとその友人は城の研究員ではあるものの、今回の騒動を起こしたチームとは無関係らしい。
しかし大事件だっただけに、今は城内での魔法研究員は全員肩身が狭い思いをしているのだという。
完全にトバッチリだが下手したら国が落ちてネズミが王になる危機だったのだから風当たりが強くなるのも無理はないだろう。ハハッ。
「城の研究員というだけであの騒動の元凶扱いなんて、全く酷い話ですわ! おかげで彼女、『退職して地方で魔法薬のお店でも開こうか』なーんて言い出して……」
苛立たしげに拳を握るフュベルダ嬢の様子から、本当に友人を心配しているのが分かる。
なんだ、友達思いの良い娘じゃないか。
「研究好きの彼女を励ます為にも、どうしてもメープルドラゴンのミツが必要なのです。どうかこの依頼、受けて下さいませんこと?」
なるほど。
チラリとカロンを見やると、分かりやすく美しい友情話に感動していた。
オケオケ、これは断れない流れとみた。
「……とりあえず事情は分かった。だがメープルドラゴンの居場所にアテはあるのか?」
「フフ、勿論。王都を出て西に二時間進んだ先にあるコハクの森。その森の奥にある水場周辺にメープルドラゴンが生息しているそうですわ」
「ふむ……」
情報の信憑性は高いらしい。
と、ここで急にカロンが不安げな目を向けてきた。
どうやら俺が乗り気ではないと思ったようだ。
「あのぅ、マオーさん。気は進まないかもですが、私はこの依頼、出来れば……」
「良かろう。その依頼、我々が引き受けた」
「……えぇっ!?」
下手に断って他の冒険者に依頼でもされたら、メープルドラゴンの命が危ないかもしれんからな。
これも人助け……いや、魔物助けである。
徳は積める時に積んどけってな。
積ん得、積ん得。
意外がるカロンには一切触れず、フュベルダ嬢は丁寧に頭を下げると正式な依頼書を提示してきた。
「何々……期限は一週間以内。ミツの量は最低でもスプーン三杯分。……少ないな」
「あら、多い分には構いませんことよ? どんな危険があるか分かりませんし、最低量の設定はあくまでもそちら側への配慮ですもの」
「なるほど、お気遣いあざーす。……で、報酬は採取量によってそれ相応の金額を後払い、と」
最低でも1000エーヌ、最高で8000エーヌまで出せる──と。
国王やドリュー氏のおかげで金銭感覚が麻痺していたが、なかなか羽振りの良い依頼人である。
……ミツの受け渡しと支払い人の欄がファースィオン名義になっているのは少し気になったが、まぁ些事だろう。
依頼書を一通り確認し、改めて受諾の旨を伝える。
彼女は微笑を浮かべると自分の分のコーヒー代を置いて立ち上がった。
「それではわたくしはこれにて失礼しますわ。これからバカンス……コホン。所用の準備がありますので」
「いや誤魔化せてないから。激務後の休暇内容が全バレだから」
友人へのプレゼント依頼<<[超えられない壁]<<バカンスとはな。
まぁわざわざ冒険者に依頼する位だから彼女の友人への思いはそれなりに本物だと思いたい(支払い人は兄だけど)
軽やかな足取りで去っていくフュベルダ嬢の背を見送り、俺はようやく一息ついて紅茶を口にした。
隣ではカロンが落ち着かない様子で俺をチラッチラ見てくる。
いとウザし。
「あはは、マオーさんがゴネずにすんなり依頼を受けるなんて珍しいですねぇ~」
「そうか?……まぁそうかもな」
俺だって色々考えて決断したというのに失礼な奴である。
「そうだ、カロン。この依頼の件はグルオとエーヒアスには黙っておけ」
「え!? でも城下町周辺から離れる時は必ず先生に報告するって話でしたよね? バレたら先生、絶対怒りますよ!?」
「良いから良いから。こちとら子供じゃないんだ。カロンとコエダのお守り位なんのハンデにもならん。少し位お忍びで遠出したって問題なかろう」
困惑しきりのカロンを無理やり丸め込み、俺は明日の早朝に出立すると宣言したのだった。
さぁて……オヤツは何にしようか。




