10、帽子は洗濯可か要確認&手洗い陰干しが基本
「話がまとまった所で失礼。少し良いかしら?」
「構わぬ。申せ」
国王の圧い視線が俺からエーヒアスに移る。
彼女が自分から話題を切り出すとは珍しい。
「私はG駆除で突入した時、壊された家具や皿、花瓶を目の当たりにしました。その時の荒れ具合がずっと気になってて……」
エーヒアスなりに緊張しているのか、恭しく頭を下げる姿からはいつもの余裕が感じられない。
「何か入り用の日用品や装飾品があれば、ぜひ私が製作した品を献上させて頂きたいのだけれど……いかがでしょう?」
「無論、構わぬ。むしろ家具の大半を新調せねばならぬ状況故、有り難い申し出だ。街で評判の鍛冶職人が作る品という意味でも大変興味深い」
「フフ、ありがとうございます。心を込めて製作しますね」
おぉ、国王直々のお許しを得るとは凄い。
何を作るかは追々決める事となり、エーヒアスはホッとした様子で一歩下がった。
言うなれば「将来への投資」といった所か。
中々考えたな、エーヒアス。
仕事の大半が武器、防具関連なのは彼女の本意ではないだろうし、ここで「国王に日用品を献上した」という事実が加われば、エヒたんブランドは新しい商品展開がしやすくなる筈だ。
騎士や冒険者の間でしか知られていない知名度も一般層にまで広まるだろう。
ひょっとすると俺が依頼する頃にはとんでもないハイブランドになっているかもしれない。
あまり人気になり過ぎるのも考え物だが、エーヒアスの頑張りは素直に応援しておこう。
友人割引がどこまで通用するのか一抹の不安を抱きつつ、俺達は謁見の間を後にしたのだった。
◇
「して、グルオよ。何か俺に言う事はないか?」
「前髪切りました?」
「あ、うん。一昨日。よく気付いたなぁ……じゃない! 城で働き始めた事についてだ!」
報連相を怠るな!
俺とカロンですら、毎晩グルオとエーヒアスに「その日何があったか」を報告してるのに!
まぁ俺等の場合は報告っていうか好き勝手にお喋りしてるだけだけど。
「ゴキ処理ってちゃんと手袋してるよな? 仕事後はちゃんと身綺麗にしてるよな?」
「ご安心下さい。手袋どころか清掃用の防護服を着用しております。帰宅前にシャワーを借りてるので、宿に汚れは持ち帰っておりません」
「なら良し」
俺に被害が無いなら好きにしてオケ。
城勤めの給料が如何ほどなのか全く想像つかないが、大変なのは間違いないだろう。
精々頑張りたまへ。
次いで俺はエーヒアスに向き直る。
「エーヒアスは今後どうする? 仕事の傍らで国王への献上品を作るのか?」
「そうねぇ。暫くは通常営業をして、何を作るか決まったらそっちに集中するつもりよ。流石に国王様への贈り物を片手間に作る訳にはいかないもの」
エーヒアスの微笑みがいつもより明るく見える辺り、絶好の機会を得た事が本当に嬉しいのだろう。
国王とドリュー氏がどんな品を希望するかは謎だが、ぜひとも上手くいって欲しいものである。
「……ん?」
クイクイと服の裾を引かれて振り返ると、カロンがソワソワと目を輝かせていた。
「マオーさん、私には何も聞かないんですかぁ?」
「前髪切った?」
「雑っ! 切ってないですし!」
特に聞きたい事が無かったんだから仕方なかろう。
こうして当面の方針も定まった所で、我々は一旦解散する事となった。
グルオは城へお掃除に、エーヒアスは街へ鍛冶をしに。
さて、俺とカロンはというと──
「今日も今日とてパトロールか」
「マオーさん、その文句ばっかりですねぇ」
俺にはコレしかねぇからよ。
……とドヤ顔しつつも、国王から大金をガツンと貰ってしまった直後とあっては安い依頼などやる気が出ないのだから仕方ない。
すっかり慣れ親しんだ「警備巡回中」のタスキをかけ、我々は大通りを練り歩く。
時おり小路に入ったり食堂を覗くも、特に事件や異変は見当たらない。
平和ッテイイネ。
「ちょっと失礼、そこの兜の剣士様。少し宜しいかしら?」
ふいに鈴をころがしたような声が聞こえたが、すぐには誰へ向けた言葉か理解出来なかった。
兜の剣士様って何処のどいつだぁい?
「……俺かっ!」
「「うわビックリした」」
勢いよく振り返ってみれば、カロンと同時に一歩引いて目を丸くしているクールビューティーと目が合った。
白いとんがり帽子からウェーブのかかった亜麻色の髪が覗いており、見るからに魔法使いだと分かる出で立ちをしている。
「失敬。何か御用かな、おぜうさん(キリッ)」
「……」
何故だろう、虫を見るような目を向けられた気がする。
彼女は咳払いを一つすると模範的な微笑みを携えて淑女の礼をしてきた。
「突然お声掛けして申し訳ありません。わたくしはジワンエンドリー城第一魔法部隊所属、ウィン小隊副隊長のフュベルダですわ」
「何それ早口言葉?」
「……お城で働く魔法使いのフュベルダですわ」
こちらの知能レベルに合わせてくれるとは、なかなか親切な美女である。
しかも副隊長ならかなり優秀な魔法使いといえよう。
「で、俺に何の用だ? 逆ナン?」
「は?……失礼。先日の王城での件で、一言お礼を申し上げたくてお声掛けしましたの」
声を落とすと共に頭を下げられ、俺とカロンは顔を見合わせた。
国王から謝礼は貰ったばかりだし、改めて初対面の魔法使いからお礼を言われるような事に心当たりはない。
「それはご丁寧にどうも。だが礼なら国王陛下から賜った故、気にする必要はないぞ」
渾身のウインクをするも、カロンから「いや出来てませんよ」と突っ込まれてしまった。
そこはスルーしろよ。
肝心のフュベルダ嬢にはスルーされたけどな。
「それでも、です。なにせわたくし達はこの二ヶ月もの間、絶え間なくバリアーを張り続けていたのですから」
「「あっ」」
周囲を警戒して明確な発言を控えているが、そこまで言われれば嫌でも察してしまう。
お城の魔法使いといえば、Gが外に出ないよう影で超頑張ってた人達であった。
「貴方がたの協力が無ければ、あの糞シフト……コホン。厳しい労働環境はまだ続いていたかもしれません。ですからどうしても直接お礼をお伝えしたかったのです」
話によると魔法使い達は順次長期の休暇が与えられる事となったらしい。
そう告げる彼女の目元にはまだ薄っすらとした隈が残っていた。
もういい、もう休め。
「兄も貴方がたをとても気に入っているようで、是非わたくしもお話してみたいと思っておりましたの」
「はて、兄とは?」
首を捻る俺達に、フュベルダは「ファースィオンの事ですわ」と涼やかに口角を上げた。
え、ファースィオンの妹?
似てなくない?
ファースィオンは真面目で爽やかな天然みが強いが、妹の方は随分と裏表のある性格のようだ。
「失礼ながら、兄から資金調達の為に王都に滞在していると聞きましたの。もし都合が宜しければわたくしの依頼を聞いて下さいませんこと?」
控えめな口ぶりに反して試すような視線を向ける辺り、俺の抱いた印象は当たっているだろう。
したたかな女性である。
「依頼内容にもよるが……今はパトロール中故、夕方で良いなら話を聞こう」
「ウフフ、それで構いませんわ」
彼女は「ではまた後ほど」と白いローブの裾を持ち上げると、足取り軽やかに去っていった。
残された俺とカロンはヤレヤレといつの間にか張り詰めていた緊張を解きほぐす。
「ふぃ~、丁寧な人でしたねぇ」
「ふざけにくい空気だったな。怒らせたら躊躇なくシバかれてただろう」
変な緊張感で無駄に疲れたわ。
兎にも角にも目前の仕事をやっつけるべく、俺達はパトロールに戻った。
……何か事件はあったかって?
そんな事態はそうそうなかろう、バーロー。