8、地下室は結露や湿気によるカビに注意
「……え? わ!? レオ君、いつからそこに!?」
「マオ兄ちゃ……ツノ兜がキッチン出た辺りから付いてきた」
おいなぜ言い直したし。三十字以内で説明せよ。
「全然気付かなかったです~」と呑気に胸を撫で下ろしているカロンは色んな意味で本当に気付いてないのだろう。
レオはレオで思う所があるらしく、俺のジト目から逃れるように扉のない部屋を見つめている。
初対面時のクソガキっぷりが嘘のようなしおらしさだ。
倒れる心配が不要とはいえ、ここまでくると流石に胸が痛むな。
「さてレオ。何か思い出したか?」
「……ここも物の位置が変わってるから自信ない、けど……」
意を決したように部屋に足を踏み入れる彼に続く。
ここは書斎だったのだろう。
目を引く物は一人用の机と壊れた椅子、本棚と扉の壊れたクローゼット位のものである。
「たぶん、この部屋…………だと思う」
「え、でも見た感じ地下室への扉なんて無さそうですよ?」
そう言いながらもカロンは律儀に机の下を覗き込んだり本棚の裏を気にしている。
本棚の中身は殆ど残っておらず動かすのは難しくなさそうだ。
……が、流石に本棚の裏はないと思いたい。
だって今は亡きギャンザク邸での地下室ネタと被るからな。
そんな二番煎じがまかり通る程この世界は甘くない筈だ。
「と、なると……」
クローゼットの方か?
両開きの扉は完全に壊れており、こちらも中身は殆どない。
隣には完全に枯れた観葉植物の大鉢が置かれていた。
鉢の下には水の受け皿と茶色く変色したマットが敷かれている。
「……」
同じ一点を見つめているレオに気付いた俺は、本棚に悪戦苦闘しているカロンを呼び止めた。
「カロン、そっちじゃない。植木鉢の下だ」
「んぇ? わ、分かりましたぁ」
間違いなく何も考えていない彼女は言われるがままに植木鉢を横に押す。
あ、これ何らかの注意喚起するべきか?
でも俺も確証は無いし、何て言えば──
「よぉいっしょぉおっ!」
女子力の低い掛け声と共に、鉢は受け皿と俺の迷いごとスライド移動した。
まぁ良いか。
何事も経験だよね、うん。
「わ! こ、これって……」
マットを捲ったカロンが目を丸くする。
そこには大人がギリギリ一人通れる位の扉が隠されていた。
「やったぁ! 地下室への入り口ってこれじゃないですか!? ね、レオ君!」
「…………」
キュッとズボンを引っ張られる感覚につられて振り返れば、彼は酷く不安げな顔で俺の後ろに張り付いていた。
え、ここまで来させておいて今更怖気づくの?
俺は小さくため息を吐くと、小さな依頼人にしっかりと向き直った。
こうなったら二者面談である。
今後の展開をはっきりさせねばこちらとしても対応に困るからな。
「レオよ」
「な、なんだよ……」
「事情は知らぬが、俺には大方の予想がついている。その上で問うが、何を今更恐れている?」
「……! な、え!?」
「事実は変えられん。俺にも、お前にもだ」
揺れる瞳から目を逸らさずに告げれば、彼はクシャリと顔を歪めて──小さく頷いた。
「……開け……る。怖い、けど……」
何が何だか分からないと首を傾げるカロンを押し退け、レオは深く息を吐くと扉のつまみを引き出して持ち上げた。
ズズ、ギギ、と建て付けの悪い木の擦れる音が部屋に響く。
真っ黒な四角い口が開かれ、俺は最後のサポートとして初級光魔法を発動してやった。
燃え移る事のない暖色の光玉がぼんやりと扉の先を照らし出す。
「っひぃ!?」
悲鳴を上げて後ずさるカロンとは逆に、レオは膝をついて穴を覗き込んだ。
錆びた鉄の梯子の下──
扉から僅か二、三メートル下に小さな人骨が横たわっていた。
「リリィ……」
小さな呟きが狭い地下室に吸い込まれていく。
ポロポロと大粒の涙を流すレオの元に、俺の魔法とは別の小さな光がフワリと近付いた。
「………わっ、な、何だ?」
「所謂鬼火だな。恐らくその亡骸の主だろう」
「じゃあ……リリィ? リリィなのか!? リリィ、ごめん! ずっと、ずっと待たせてごめんっ!」
白い光はひとしきりフワリ、クルクルとレオの周りを浮遊すると、やがて満足したようにスゥと消えた。
あの儚さで消えずにいたとは、あの魂の持ち主はよほどレオに会いたかったと見える。
急展開についていけないカロンは放置しておくとして、俺は半ば放心しているレオに声をかけた。
外はもうかなり日が落ちているし、そろそろ帰らないとグルオに怒られてしまうからな。
「お前の『宝』は見つけたようだな」
「……うん。……ありがと」
彼は濡れた目で亡骸を見下ろしながら「リリィは俺の妹なんだ」と鼻を啜った。
「あの日……父さんと仲の悪い親戚が急に家に来たんだ。丁度今くらいの、晩ご飯を食べる時間帯だった……」
「お、おぉ。そうか」
空気を読める大人な俺は、巻きでお願いする事も出来ずに相槌を打つ。
すまんな、グルオとエーヒアス。
今日の晩ご飯は遅くなるわ。
「しばらく言い合う声がしてたかと思うと、大きな音がした。母さんの悲鳴も聞こえて……俺、リリィだけは絶対に守らなきゃって思ったんだ」
「ほう。立派な兄ではないか」
「立派なもんか!……俺、怖がるリリィを無理やり地下室に隠して、『俺が開けるまで絶対に声を出しちゃダメだぞ』って言ったんだ。それで、見つからないように植物で扉を隠して……」
あっ(察し)
嫌な予想が頭に浮かんだが、それが事実だとしたらかなりエグくない?
だって入口に蓋されちゃったって事は自力で開けることが出来ないって事で以下省略。
「こっそり玄関まで様子を見に行ったら、父さんと母さんが殺されてて……俺、恐くて逃げ出したんだ」
「レ、レオ君! もう良い、良いです! 無理して話さなくて良いです!」
止めるカロンの声が聞こえないのか、レオは震えながら言葉を続ける。
「リビングの窓から庭まで逃げて……でも、逃げ切れなくて…………それからずっと、怖くてここに戻って来れなかった。本当は、本当はもっと早く戻ってやるべきだったのに……!」
「そうか。それで強そうな者に片っ端から声をかけていたのだな。……気付いて貰えるこの日まで」
「……マオ兄ちゃんは最初から分かってたのか? 俺が……ホントは……」
言いにくそうに口ごもるレオを制し、俺も素直な胸の内を伝えた。
「まぁ訳アリなのは引き受けた時点で覚悟していたしな。ぶっちゃけここまで重いのは予想外だったが。正直言ってシリアス過剰反応で胃が痛い。引き受けた事を後悔はしてないが、やはり野良依頼は受けるべきではないんだなって学びました、まる」
「作文かよ! あとぶっちゃけを正直に言い過ぎじゃないか?」
スンッと涙が引っ込んだ彼に少し安堵しつつ、「俺はいつだって正直でして」と肩を竦めた。
近所でも評判なのさ。
「とにかくこれにてお前の望みは叶った訳だ。良かったな」
「う、うん……」
歯切れの悪いレオに構わず、ここでようやくカロンが口を開いた。
「えぇっと、つまりレオ君の探してる宝物っていうのが妹さんの事だったんですよね? でも今の話だとここで大事件があったって事ですよね!? す、すぐに騎士団に通報しないと……!」
カロンのあまりの狼狽えぶりに、レオは一瞬ポカンとした後「ニシシ」と悪戯っぽく笑った。
「……そうだな! リリィをこのままにしておく訳にはいかないし、後の事は悪いけどマオ兄ちゃん達に任せるよ」
「Oh……遠慮のない丸投げが俺を襲う」
人骨が見つかった時点で確定していたとはいえ、どうしても「割に合わない」と思ってしまうのは無理もないだろう。
こちとら快くボランティアをするほど余裕のある生活をしている訳ではないのだ。
かといってこの薄幸の少年を責める訳にもいくまい。
「まぁ、引き受けるんだけどな」と意図せずツンデレ発言をしてしまえば、レオは初めて見せる満面の笑みを浮かべた。
「ありがとな! で、さ。最初に言ってた報酬なんだけど」
「あぁ……報酬は『慈善活動の達成感。優しさはプライスレス。君の笑顔こそ最高の報酬』ってオチだろう? そういうの別に良いんで」
いい加減帰らせてもろて。
リリィ嬢のご遺体発見の通報は晩ご飯の後でも問題はあるまい。
そう告げれば、レオは分かりやすく頬を膨らませて「ちがーーう!」と両手を掲げた。
「地下室の中! 父さんが趣味で集めた変なコレクションがいっぱいあるんだよ! それを依頼の報酬で全部やるって言ってんだ!」
「父親のコレクションて……それ勝手に人にやったら駄目なんじゃないか?」
言うなれば形見って事だろう?
それを勝手に人に譲渡するなんてちょっとどうかと思うぞ?
ましてや形見を勝手に持ち出したり、査定して売ったり、マイホームの資金にしたりするなんて……あ、これ全部第一章の俺だわ。
じゃあ問題はないか。
「しかし俺は地下室に入れんぞ。カロンは……」
「むむむ、無理です、無理! 入れまひぇん!」
ですよねー。
見慣れぬ亡骸にビビりまくっているカロンをどうどうと宥める。
にっちもさっちも行かなくなった俺達を見かねたのか、レオは「仕方ねーなぁ」と大袈裟にふんぞり返って梯子に足を掛けた。
「大きい物は持てないから諦めろよ!」と悪態をつきつつ、彼はサッサと下まで降りていく。
そして妹に短く祈りを捧げると地下室の奥に消えていった。
うぅむ……我々が不甲斐ないせいで酷な事をさせてしまったようだ。
妙な沈黙の中、カロンと共に反省しているとレオが戻ってきた。
「ほら、適当に持ってきたぞ。高いかどうかは知らないけど、報酬だ!」
押し付けるように大きな袋を突き出され、カロンが戸惑いがちに受け取る。
「色々ありがとなっ」と生意気に腕を組むクソガキ再来感が今は有り難い。
「じゃあ、マオ兄ちゃん、カロン姉ちゃん。……元気でな」
「え、レオ君? こんな所でいきなり何を」
袋を抱えたカロンが問いかけるも、彼は答える事なくニッと笑みを浮かべる。
そして輪郭がぼんやりと薄らいでいき、あっと言う間に消えてしまった。
亡骸の残る寂れた廃墟の一室に、俺とカロンだけがやるせなく立ち尽くす。
これは……心残りが無くなった事で無事に逝けたと考えて良いのだろうか?
幽霊は分類的にアンデット族とはいえ、魔物感が無いからよく分からん。
驚きのあまり口をはくはくさせるカロンの肩を軽く叩き、俺は帰還するべく本日最後の魔法を発動した。
「ペクマクマヨヨン」
「呪文ダサいです、マオーさん……」
空間がグニャリと歪む直前。
お決まりの文句を言うカロンの肩は少しだけ震えていた。




