7、キッチン掃除は一気にやると大変なので部位ごとに分けてやろう
親玉男は低く唸りながら腰に差した剣をスラリと抜く。
随分と使い古された剣のようだ。
「ぬぅ。おぬぁえ、ぬぁかぬぁかやぬな……」
「ごめん、全体的になんて?」
滑舌わっる!
発音的には「お前、なかなかやるな」って言ったんだろうけど、それはそうと滑舌わっる!
男はコキコキと首を鳴らすと、なんと俺ではなくカロンに向かって強く踏み込んだ。
まさかのワンパン狙いか!?
はえぇ~(感嘆)、早ぇ。
……などと洒落を言ってる場合ではない。
俺も即座にカロンの方へ駆け出したものの、タッチの差で間に合わなさそうだ。
「ぅひゃわぁ!?」
腰を抜かしたカロンの頭上に剣が振り下ろされる。
「そいやぁ!」
脳内に流れる「~カロンよ、永遠に~」というナレーションを押し退けつつ、俺は寸での所で剣の側面を壁に向かって踏み付けた。
とくと見よ、これぞ世にも貴重な魔王の壁ドン……もとい足ドンである。
「ぬ゛!?」
いやぁ、足が長めで助かった。
ガードされるのは予想外だったらしく男の目が驚愕に見開かれる。
しかし踏み付けられたままの剣がビクともしないと悟ると同時に、左手で何かを投げつけてきた。
判断が早い!
「ちっ」
「ぬぅ!?」
すぐに足を離してカロンの方へ跳躍する。
咄嗟にマントで防御したのは正解だったようで、何かがぶつかった感覚と刺激臭が鼻をついた。
おそらく目潰しか催涙の類だろう。
声も出せずに蹲るカロンを抱え上げ、マントの金具を外しながらキッチンの最奥まで下がる。
男は二撃目までも防がれるとは思わなかったのか、忌々しげに呻きながらも自身で投げた薬品のせいですぐには此方へ踏み込めないようだ。
「よし、アタックチャーンス」
俺はマントをバサリと翻し、男に覆い被せるように投げつけた。
グッバイ、お気にのマント。
薬品ごとマントを被るのを嫌い、男が剣で切り払う。
……が、次の動作は俺の方が早かった。
狭いキッチン内にて、俺の飛び蹴りが男の上体目掛けて炸裂すr
あ、ちょ待っ、動くと狙いがズレ……
バキゴキィッ!
「……うーぷす」
見事、男の頬にクリーンヒット!……っていうか効果音おかしくない?
人体から聞こえちゃいけない音が響いたんだけど。
彼の不運の最たる原因は、薬品を避ける為に頭をめちゃくちゃに振っていた事である。
良い子のみんなは危険物の取り扱いには十分気をつけよう。
魔王様との約束だぜ!
などと考える暇もなく、ドサリと男が仰向けに倒れる。
『魔王 Win』という字幕とファンファーレが聞こえた気がしたが幻覚だったわ。
「えっ、思ったより凄い音したけどコレ大丈夫? 殺っちゃってないよね、生きてるよね? どっちなんDie!?」
流石に賞金首相手に前科がつくとは思えないが、後味悪い展開は勘弁である。
「元気ですかー!?」と顎をしゃくらせながらパワーを叫んだりしていると、「うるっせぇええ!」と思いがけず早く蘇生してくれた。
「おぉ、生きてたか。さすが力こそパワー」
「お前それ言いたいだけだろ! って、ぬぁ!?」
ガバリと上体を起こした男は、痛々しげに頬を撫でると険しい顔を更に歪ませる。
次いで下っ端Bが驚きの声を上げた。
「あ、兄貴、滑舌が……!」
「ぐぬ、顎が……顎が治った、だと……!?」
言われてみれば確かに、先程までの「ぬぅぬぅ」言ってた時とは違い、滑舌が良くなっているような……?
こちらの事などお構いなしにざわついているし、一体何なんだ?
しきりに顔を擦っている親玉男の方は、とりあえず放っておいても大丈夫そうだ。
首を傾げつつ振り返ればキッチンの隅でへたり込んでいる涙目のカロンと目が合った。
九死に一生を得た直後なら無理もなかろう。
「さて、どうしたものか……」
このまま捕縛しようにも俺は触りたくないしカロンは使えそうにないしで手段がない。
いっそ彼らを放置して地下室探索を再開するかと考えていると、男が勢いよく土下座をしてきた。
「あなた様のお陰で長年ズレていた顎が治り滑舌が良くなりました! ありがとうございます!」
「いやお前の骨格事情なんて知らんし、いきなり感謝されても……」
「長らく苦しみ続けていた悩みを解決して下さるなんて、あなた様こそ我が神も同然です!!」
ははは、元魔王を神とは抜かしおる。
ヤメテ。
「その強さも間違いなく本物! どうか俺をあなた様の弟子に!」
「無理&無理」
お前、自分の犯した罪を数えろ。
俺はお尋ね者のオッサンを弟子に取るほど物好きではない。
断固拒否の姿勢でムリムリを連呼する俺にもめげず、親玉男は「そんなぁ」と食い下がりながらも感謝の言葉と土下座を繰り返している。
そんな親玉男の姿を見て呆然としている下っ端B。
彼の心情はさぞ複雑であろう。
「あ、兄貴、止めるでゲス!」と叫ぶ下っ端Bの声に意識を取り戻したのか、下っ端Aが呻き声を上げる。
「イッテテ……な、何が起きやがったんだ? 何で兄貴が頭なんて下げて……」
暫く事態を飲み込めずにいた下っ端Aだったが、会話の流れで状況を察したらしい。
顔を真っ赤にしながら親玉男に怒鳴り始めた。
「ふざけんな! こんな変な兜野郎に降伏するどころか感謝した挙げ句に弟子入りだと!? テメェは居座り強盗四天王団としてのプライドがねぇのか!」
「お前こそふざけんな! 変な兜でも俺の滑舌を治してくれた神なんだぞ!?」
「あぁ!? 知るかよそんなの! テメェみてーな情けねぇ奴がボスじゃ付いていけねぇや! せいぜいそのクソダセェ兜野郎と仲良くしてろ!」
「馬鹿野郎! クソダセェ兜でも恩人は恩人だろうが! 強さとダサさは関係ねぇんだよ!」
白熱する口論の飛び火が強すぎる件。
泣いていい?
あまりのディスっぷりに肩を落としていると、親玉男が勢いよく俺に向き直ってきた。
「どうします兄貴、コイツやっちまいますか!?」
おいやめろ。
その呼び名だと俺が居座り強盗四天王団の真のボスみたいになるだろ。
「……まぁ捕縛するのはアリ寄りのアリだな。お前達には懸賞金が掛かっているし」
「分かりやした! ではこいつ等をふん縛るのは俺に任せて下せぇ!」
「いやお前、部下を見捨てて裏切るのに躊躇なさすぎだろ」
怖スンギ。
俺達のドン引きなど物ともせず、親玉男はアッと言う間に下っ端三人を拘束してしまった。
流石、強盗団のボスだけの事はある身のこなしである。
見習いたくはないがな。
「兜の兄貴、これでも俺は本気の本気で感謝してるんです。どうかこいつ等と俺を何処へなりと突き出して下せぇ!」
「えぇ……なんかお礼にしては重すぎるんだが……」
そもそも整体目的で蹴った訳じゃないし。
何より、いくら悪党同士とはいえ目の前で繰り広げられた裏切り行為で得る金など気分の良いものではないしな。
その旨を伝えつつ、俺は親玉男に自首を勧めた。
「俺に感謝しているというのならば、今後一切の悪事から手を引け。そして罪を償え。弟子にする事は百パーセントあり得ないが、話はそれからだろうjk」
「おぉ……おぉ……確かに……!」
なんかやけに感動している親玉は今度こそ放置して大丈夫そうだ。
再びカロンを振り返ると、いつの間にか腰抜けを卒業して復活していた。
「な、なんか凄い展開になっちゃいましたねぇ」
「それはホントそう」
正直、俺だってポカーン気分だからな。
マジで何だったんだ、この茶番は。
とはいえいつまでも馴れ合っている時間はない。
俺は改めて親玉男に自首を勧めると、カロンを連れてキッチン──というかリビングを後にした。
廊下に出て真っ先に目につくのは先程の戦闘で付けられた壁の傷達である。
全く、生々しい上に埃っぽい空気で敵わん。
ハンカチで口元を押さえながら、戦闘前にチラリと見かけた扉の無い隣室を覗き込む。
中は薄暗いものの取り立てて物が散乱しているようには見えなかった。
「さて、今度こそ地下室とやらは見つかるかな?」
そう呟き後方に目を向ける。
一瞬驚いた様子のカロンのすぐ真横に、相変わらずシリアスな表情を浮かべたレオが立っていた。




