5、クモの巣は箒に水切りネットや不織布を掛けて取り除こう
二十数分後──
我々は「常時元気にBダッシュ!」な依頼人の案内により現場へと到着した。
肩で息を切らすカロンに同情しつつ、俺はどうしたものかと蒼天を仰いだ。
そう、現場はスラム街の外れにひっそりと建つ庭付きの小さな屋敷……
もとい朽ちた廃屋だったのだ。
かつてはそれなりに裕福な者が住んでいたのかもしれないが、高い鉄柵に囲まれた庭は雑草まみれで荒れ果てており、一階の窓はどれも無残に割れている。
元は白かったであろうボロボロの壁にはいくつもの落書きが主張していて不快極まりない。
どう見ても若者兼バカ者の肝だめしスポットです本当にありがとうございました。
「えぇ……回収予定の宝物がこの中にあるって話、マジリアリィ?」
「そうさ。オレ、この家の地下室に大事な物を隠したんだ」
嘘だと言って欲しかったぜ、ちくせう。
「して、その地下室とやらの入り口はどの辺りだ?」
「そ、それは……」
レオは暫し目を泳がせるととんでもない事を口にした。
「わ、忘れちゃったんだ……」
「「忘れたぁ!?」」
「だって仕方ないだろ! 隠したのはずいぶん前だったし、その時はここまで荒れて無かったんだから!」
忘れてしまったものは仕方ない。
こうなったら「地下室に隠した事は間違いない」というレオの記憶力を信じて一階を探索する他ないだろう。
ともすれば問題は侵入方法である。
不法侵入、ダメ、犯罪。
何よりここは汚い、臭そう、危険そうの3Kが揃っているのだ。
普通に入りとうない。
「そもそもこの家はどうやって入るんだ?」
「窓という窓に棚とか板でバリケードが張られてますもんねぇ……」
窓は割れているから棚を押し倒せば侵入出来るだろうが、それだと間違いなく大きな音が出てしまう。
いくら治安が良くない地域とはいえ、流石に乱暴すぎるだろう。
「そこはホラ、なんとかしろよ。大人だろ」
「はっはっは、ご冗談を」
大人なら何でも出来ると思うなよ。
無責任に「早く早く」と急かすレオを軽くいなしていると、カロンが閃いたとばかりに両手を叩いた。
「そうだ! マオーさんの空間転移魔法なら一気に地下室に入れるんじゃないですか!?」
「却下」
中の様子は分からないが想像はつく。
どうせクモの巣や埃、ゴミまみれに決まっているのだ。
それに具体的な場所も分からぬまま適当に空間転移なんてしてみろ。
腐った床板を踏み抜くか、角やマントがクモの巣に引っ掛かるか、最悪「床(又は壁)の中にいる」状態になるかもしれない。
何のバグだよ。
とにかく何らかの精神的ダメージを負う事に50エーヌ賭けてもいい。
「えー、それじゃあ一体どうしたら……」
「…………」
目に見えて肩を落とす子供二人に少しだけ良心が痛む。
特にレオ、急に静かになって俯くな不安になるから。
………………あ~~~~もう!……仕方ない。
俺は何でも出来る大人ではないが、やれば出来る大人である。
「ではこうしよう。見たところあのバルコニーにはバリケードが無いようだ。一気に室内は無理でも二階からならば侵入できる筈だ」
「二階からって、梯子はどうするんだよ!? 今から探してたら日が暮れちまうぞ!」
「レオ君、どうどう。これでもマオーさんはギャグみたいにスゴい所があるんです。騙されたと思って一回くらいは信じてあげて下さい」
どこかイラッとくるカロンのフォローに対し、レオはかなり怪訝な顔で俺とバルコニーを交互に見ている。
っていうかコレカラ町にいた時も思ったけど、何で俺って子供受け悪いの?
「コホン、まぁ良い。では行くぞ……ペクマクマヨヨン!」
「呪文ダッセェぞオッサン!」
純粋な悪口と共にウニョンと空間が歪み、俺達は無事二階のバルコニーに到達した。
窓は当然の権利のように枠しか残っておらず、雨風侵入者が入り放題である。
「はぁ!? え、ここって二階? 何で!?」
困惑丸出しで周囲を見回すレオをよそに、俺は少し身を屈めて室内を確認した。
ここは……二つの鬼汚いベッドが並んでいる所からして、元は寝室だろうか。
窓付近の床板の劣化が激しいが硝子の破片は見当たらず、内部は思った程荒れていないように見えた。
……もう一度言う。
硝子の破片がない。
違和感と嫌な予感が準備体操を始めているが、とりあえず綺麗な分には俺としては好都合である。
「ではノックなしでお邪魔しまぁーす」
「うぅ……緊張してきましたぁ……」
カロンがコエダを抱きしめながら俺に続き、その後を追うようにレオも室内に入ってきた。
錆びだらけの扉をカロンに開けさせてから廊下に出るという非紳士的行動を取りつつ周囲の気配を探る。
建物内は静寂に包まれ何の気配も感じられない。
二階には他に三部屋あるようで、内二つの扉は破壊されていた。
「とりま人や獣は居なそうだな」
「うぅ……本当に肝だめしみたいです……」
マントの裾を握るカロンとレオに抗議の目を向けるついでに階段を発見する。
よすよす、これで一階に行けるな。
ギィ……ギシィ……
ギッ…………ギィッ……
軋む足音が辺りに響く。
何が怖いのかカロンとレオはマントを強く握って無言のままだ。
シワになったらグルオに怒られるから止めて欲しいのだが……
「お、おいツノ兜! お前なんか喋れよっ」
「なんか」
「うっっっぜ!」
ベシリと背中を叩かれたけど、痛くも痒くもないんだなぁ。
元魔王だもの。byまおを
何だかんだ言いつつも背後の子供二人を気遣いつつゆっくり一階に降りる。
階段の正面は玄関で、右手側に通路が延びていた。
左側には扉が二つ並んでおり、カロンに開けさせた結果トイレと風呂である事が判明。
床板が一部腐っているだけで地下室に繋がる扉は見当たらなかった。
「ともすれば右側を探索する他あるまい」
「お、おう……」
薄暗い中、どことなくレオの表情が青く見える。
そんなに怖がらんでも良いだろうに。
「ここは……リビングか?」
「ん~、奥にキッチンもありますしダイニングキッチンって感じですかね?」
「……っ、この部屋……前と全然違う……」
それはそうだろう。
劣化は激しいし、肝試しや不法投棄、不法侵入者によって物の配置くらい幾らでも変わる筈である。
しかしレオは明らかに動揺した様子で「そうじゃなくて、ソファーとか絨毯とか、ランタンとか……そういうのが違う物に変わってるんだよ!」と声を荒らげた。
「なるほど。家具が交換されている、と?」
「う、うん」
割れた窓を塞ぐように置かれた本棚や大時計──
床に散らばって踏みつけられた大量の本──
不自然な程に見当たらない硝子の破片やクモの巣──
部屋の一角に纏められたゴミ袋の山──
レオの話が正しいならば、これはもう間違いない。
何者かがこの廃屋に居着いているのは明白である。
「浮浪者ならばまだ良いが」
「? 何か言いましたか、マオーさん?」
「何でもナッシング」
カロンとレオが重そうな絨毯を捲っては床を確認していく。
あんなボロボロかつ湿ってそうな絨毯に触れるとか無理オブ・ザ・無理の俺は、手持ち無沙汰にキッチンを覗いた。
「お、発見か?」
よく見るとキッチンの奥にも部屋が続いている。
カロンに伝えて扉を開けてみると、中は小さなパントリーであった。
「食器は殆んど残ってないようだな。あるのは数枚の皿と干し魚に燻製肉か」
「あ、でもほら、床下にドアがありますよ!」
念の為に初級光魔法で辺りを照らしてみたものの、その扉はただの床下収納庫であった。
「レオ君、何か思い出せませんか?」
「ちょっと……分かんない」
悔しげに首を振る彼の顔は酷く険しい。
今出ている以上の情報は望めなさそうだ。
二人がカビ臭いL字型ソファーをずらしてカーペットを捲る間に、俺は一人寂しく廊下に戻ってみた。
「ふむ」
隣の部屋は扉がない。
先に進んで確認しようかと身を乗り出した瞬間、玄関の方から音がした。
「! カロン、レオ、静かに!」
言うが早いか、二人の元に駆け寄り口を塞ぐ。
この間1.5秒。
「(誰か来た。声を出すな)」
コクコクと頷く二人を確認し、俺は音もなく廊下に近付く。
ガチャリと鍵の開く音が聞こえると同時に複数のダミ声が響いてきた。




