8、乗り物酔いにはガム噛んでアゴを動かすべし
このまま騒いでいてもらちが明かない。
俺はこの場を静めるため、妥協案を打ち出した。
「カロンよ。少しの間、試用で働くというのはどうだろうか」
「試用?」
不思議そうに聞き返すカロンに何となく思い付いた事をそれっぽく話す。
ここで説得に失敗したらこの娘は野宿まっしぐらだろう。
それはちょっと後味が悪い。
「例えば……そうだな、少しレベルが上がるまでの間、雑用として旅の供を許す、とか?」
「わぁ、良いんですか!?」
「魔王様、またそんな思い付きの行動を……」
グルオが明らかに大反対オーラを放つ。
あー、俺気付かない。俺知ーらない。
喋りながら考えをまとめるタイプの俺は構わず言葉を続ける。
「そもそも、ここシューバン大陸はレベルの高いダンジョンや魔物ばかりだ。逆に我々の目的地であるサイッショ大陸は、比較的弱い魔物しかおらぬ筈。まずはそこを目指し、着実にレベルを上げた方が良いだろう」
「ほ~、なるほど、そうだったんですね!」
いや、知らなかったのかよ。
こいつよく今まで死ななかったな。
思い付きの割りにはそんなに悪くない提案だと思うのだが、それでもグルオは納得いかないらしい。
「お言葉ですが、魔王様。やはりこの娘が役に立つとは思えません」
おぉ、めっちゃ睨んでくる。
まぁカロンは人間だ、仕方もあるまい。
本来グールにとって人間は食料だし、人間アレルギーのグルオが複雑な心境なのも頷ける。
「で、でも荷物持ちとかさ、」
「圧縮魔法の鞄があるじゃないですか」
「……ヒロイン要素も必要かなって」
「こんな小娘では力不足です。ちなみに私はブロンド美女派です」
「それを言うなら俺だって黒髪の清楚系巨乳美女が……」
「二人共何の話してるんですか、失礼な!」
こうして何やかんやでグルオの反対を押し切り、魔法使い(雑用)のカロンが俺達のパーティーに加わったのである。
カロンがどこに泊まったかって?
床に自前の寝袋敷いて寝てた。
逞しい娘だ。俺にはとても出来ない。
翌日。
ボーッと響き渡る船の汽笛。
カモメが飛び交う青空に白い雲。
光を反射しながら、さざめく波間。
吹き抜ける潮風に揺れる船。
そして……
「おうっぷ……気持ち悪……」
「おろろろろ……」
「……二人共、しっかりして下さい」
俺は人生初の船酔いを経験なう。
隣では既にカロンがゲロインキャラを固めている。
……勘弁してくれ。
「全く……船はまだ出発したばかりですよ。到着まであと三日もあるのにこんな状態では……」
「え゛、あと三日? マジで?」
「おろろろろ……」
この船は今朝シューバン大陸モスコシ町の港から出港した。
どうやらトチュー大陸の玄関口、イヨイヨ漁港には三日後に着く予定らしい。
何で空間転移魔法を使わないかって?
いくら元魔王でも流石に海を渡る程の距離は移動できないのだ。
海ポチャしてしまう。
グルオが俺達の背中をさする。
「い~っつも済まないねぇ」と言うと無視されてしまった。辛す。
「大体レベル2の小娘を試用で雇うなど、人が良すぎるにも程があります」
「だって可哀想だったし、仕方なかろう、うっぷ」
「しかも回復魔法が使えない所か、船酔いする軟弱者ではないですか」
「それ俺にも言える事だよな?」
どうやらまだグルオはおこらしい。
流石に勝手が過ぎてしまったか。
少し反省はするが、後悔はしていない。
「ちゃんと死なないように面倒見るし、多少は強くなるよう育てるから~」
「そうは言っても結局最後に面倒を見るのは私ですよね? 一度引き取ったからにはちゃんと責任を持って最後まで面倒見ないと……」
「あの、二人共、私を犬か何かだと勘違いしてません……? うぇっぷ」
船酔いしながらの渾身のツッコミ。
やはり根性のある娘だ。
そして船が揺れる。
「うぐぅ……魔王がリバースなど、あってはならぬ……」
「おろろろろ……」
「はぁ……」
はたして俺は無事にイヨイヨ漁港の地を踏む事が出来るのだろうか。
そしてグルオの機嫌は直るのだろうか。
そしてそして、ここまで良いとこ無しのカロンは汚名を返上する事は出来るのだろうか。
「お、俺達の冒険は……まだ始まった、ばかり、だ……」
「おろろろろ……」
「……」
──船酔いする人は船の進行方向に向かい、遠くを見ましょう。
喋ったりガムを噛むのも効果的と言われます。
飲酒や寝不足の方は特に船酔いにご注意下さい。
船長さんとのお約束だぞ!
──モスコシ港ネオ・モスコシ号船長より
一章終了です。
ちなみに乗り物酔いに一番効果的なのは「酔い止めの薬」です。
いがく の ちからって すげー!






