8、意外な優等生?
ある宿屋での昼下がり──
俺はコエダを全力であやしながらカロンが淹れてくれた紅茶を優雅に楽しんでいた。
そこで嫌でも聞こえてくるのは、優雅さとは程遠いグルオとカロンの会話である。
「まずは小手調べだ。ここにある掃除道具……これらを清掃で使う際の正しい順番に並べろ」
部屋の隅に並べられたバケツ、ちり取り、箒、雑巾数枚。
それらを前にしたカロンがブツブツと呟きながら箒と雑巾を掴む。
「え~っと……最初にゴミを掃いて、ちり取りで取ってから水を用意して拭き取る……? いや、でも先生がそんな簡単な問題を出す筈が……」
そしてその様子を厳しい目で見下ろしているグルオ──いや本当に何やってんだ。
「雑巾が一枚じゃないってのが怪しいですね……ハッ! これ、前にゼミで教わった奴だ!」
ゼミって何? あのボッタクリ講座の事?
右手にじゃれついてくるコエダを相手しつつ、俺は左手で焼きたてのクッキーをつまんだ。
結構美味い。やるな、カロン。
「整いました!」と挙手するカロンに、グルペン先生の眼が光る。
「えっと……まずは乾拭きで埃や髪の毛を取り除き、舞い上がるゴミを減らします。その後箒とちり取りで掃き掃除をして、最後に水拭き……と。答えは①乾いた雑巾、②箒、③ちり取り、④バケツと濡れた雑巾です!」
「ふむ、まぁ一般的な清掃としては合格だな」
グルオは一度満足気に頷いたものの、「しかし我々の清掃で言えば及第点だ」と箒の柄を人差し指でコツコツ叩いた。
その言葉にハッとするカロン。
え、何?
俺分かんないんだけど置いてけぼりとか止めて欲しい。
「他に無くて私達の清掃にあるもの……先生の吸引魔法ですね!?」
「そうだ。なので正解は①乾いた雑巾、②私、③バケツと濡れた雑巾である」
「うわぁ~ん。引っ掛け問題だったぁ~!」
何このIQ低い茶番。
何その「次はもっと頑張りましょう」の判子。
サラッと自分を道具扱いすんな。
「では次は難易度を上げるぞ。第二問、次の中から鏡の掃除に不適切な物を全て述べよ。麻の布、タワシ、雑巾、マイクロファイバーのクロス、新聞紙、ティッシュペーパー、柔軟剤、オリーブオイル、シェービングクリーム、水溶性せっ……」
「数が多い!? ちょっと待って下さい! え~っと、えっと……」
至って真剣な二人には悪いが、正直付き合いきれんな。
俺はカップを置くとコエダを連れて散歩に出掛ける事にしたのだった。
◇
その日の晩──
「……惜しいですね。実に惜しい」
「? 何がだ?」
「カロンです。戦闘力はゴミ屑に毛が生えた程度ですが、清掃に関しての物覚えは悪くない。すぐにメモを取る素直さと勤勉さは清掃部隊の隊員に組み込みたい位です」
「お前の口って一度は貶さないと褒められないのか?」
あとゴミ屑に毛が生えた所でゴミ屑に変わりはないんだよなぁ。
そんな不名誉な評価を下されたカロンはというと、奥の洗面台で鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
全く能天気なものだ。
その小さな背中をしげしげと見つめるグルオを訝しめば、どうにも聞き捨てならない問題発言が投下された。
「カロンが寿命の短い人間でさえなければ、魔王様付きの清掃員に育て上げる事も視野に入れ、じっくりとこき下ろ……指導出来たのですが」
「止めてさし上げろ」
未来ある若者を潰す気か。
「冗談です」と軽く言ってるが、目が笑ってないんだよなぁ……
「? マオーさん、どうかしましたかぁ?」
「あ、いや。何でもな……」
「今魔王様と『カロンが人間止めたら良いのに』と話していた所だ」
してねぇよ!?
律儀に「ヒェっ? そんな戦闘力を求められても私には無理ですよぅ」と怯えるカロンに和みと心配がドスコイし合う。
求められてるのは戦闘力じゃなくて清掃力なんだよなぁ……
「もし(人間を辞める事に)興味があるならいつでも言え」
「? は、はぁ……(魔法の特訓でもしてくれるのかな?)じゃあその時が来たらよろしくお願──「させんからな!?」
味方の手によって味方が魔物堕ちするとか外聞悪すぎて炎上するわ!
グルオなら「私利私欲」ならぬ「俺利私欲」でやりかねないと思えてしまうからタチが悪い。
二人の間に割り入った俺は、暫くの間カロンから目を離さないようにしようと心に決めたのだった。




