9、薬品や廃液は下水に流して処分してはいけない
グルオは俺を押し退けると国王に向かって非常に丁寧な礼をする。
わぁー、俺主だけどコイツのここまで恭しいお辞儀初めて見たわー。
「国王陛下。急な話で我々も戸惑っております。少々仲間内で相談をしても構いませんか?」
「あぁ、構わぬぞ」
地獄耳の国王から十分距離を取った俺達は、さぁコソコソとWAになって語ろう。
「(魔王様、これはピンチ所かチャンスかもしれません)」
「(お前まさか……)」
「(? 何のチャンスです?)」
まるで分かっていないカロンは置いとくとして、危険な橋を渡る予感しかしないのだが。
エーヒアスは俺と同じ考えに至ったらしく、国王とドリュー氏の方を気にしながら更に声をひそめた。
「(先生の事だし、国王様のお願いに協力してお礼をガッポリ……って所かしら?)」
「(それもある。何せ『国家存亡の危機』とやらだからな。場合によっては国の弱味を握れるかもしれん)」
「(いや弱味を握ってどうするつもりだ。それこそ捕まるぞ)」
どうしよう、俺の家臣の発想がユスリ屋な件。
「(更に場合によってはスキャンダルを理由に国王を失脚させ、あわよくば魔王様を新たな王なり為政者なりに仕立て上げる事も視野に入れております)」
「(そんな未来を勝手に視野に入れるな)」
どうしよう、俺の家臣の皮算用が常軌を逸している件。
その考えだけは阻止せねばと頭を抱えていると、ふいにドリュー氏から追加の注文が投げ掛けられた。
「あ、言い忘れていたが今回の頼み事はグルオ殿に個人依頼しようと思っているんだ。場合によってはエーヒアス殿にも動いて貰うかもしれないが、そのつもりで頼むよ」
「まさかリーダーが戦力外通告されるとは思わなんだ」
俺がスタメン落ちとかどうなってんの。
俺が出るまでもないって事か?
カロンと仲良くベンチ温めとけってか?
補欠の屈辱を隠して笑顔で応援に専念しろってか?
「すまないね。まぁ説明を聞いたら納得して貰える筈だ」
ぬ~~~ん。
話を聞いたが最後、後には引けないだろう。
人間の王と深く関わると身バレするリスクが高まるし、身バレした後も面倒だ。
メリットとしてはご褒美こと依頼の報酬がデカそうという事位か。
弱味を握れる? はははご冗談を。
「あのぅ、マオーさん」
「どうした? 平部員」
「その当て字は止めて下さい……じゃなくって! 国王様が困っているなら協力するのが国民としての務めじゃないかなって思うんですけど……」
「!? あー……ソーネ、ツトメね、ツトメ。ハイハイ」
そういうものなのか……?
民になった事無かったから分からん感覚だわ。
俺は仕方なく渋々嫌々、グルオとエーヒアスに向き直る。
「では引き受けるか否かは二人の判断に任せよう。俺とカロンは応援席で解説役とリアクション役に回っているからな」
「承知致しました、魔王様。やれるだけの事はやってみます」
「そうねぇ……先生が引き受けるなら私もそうしようかしら。何が起きてるのか普通に気になるしね」
話がまとまり、俺達は改めて国王とドリュー氏の前に立ち並ぶ。
選抜組が一歩前に出て「何が出来るのかは分かりませんが、我々に出来る事があるのならご協力致します」と頭を下げれば、国王は満足げに力強く頷いた。
そう、この時の俺はまだ知らなかったのだ。
人生で最大級の後悔をするはめになるだなんて……な。
※どや顔ナレーション
さて、盛大な前フリも済んだ所で依頼の話に入る。
「言葉にするのも恐ろしい」と語る国王とドリュー氏に代わって説明を始めたのは、大臣を名乗るサラッサラの白髪を束ねる男性であった。
有能感漂うモノクルがキラリと光って格好良い。
これがイケオジか。
こんなジェントルメンな歳の取り方をしたいものだ。
「さて皆様。我が国が誇るジワンエンドリー城の内部には、国の最高峰とされる王立魔法研究所が有る事はご存知ですかな?」
「お城の研究所、結構有名よね。存在くらいなら聞いた事あるわ」
「魔法使いなら皆知ってますよ~」
エーヒアスとカロンが頷く傍ら、俺はご存知無かったので沈黙っとこう。
グルオも黙ってる辺り知らなかったようだ。
このパーティー、その内女性陣から「男性陣の一般常識力低すぎ問題」を警鐘されそうで怖いな。
今度から真面目に新聞読んどこ……
大臣は彼女達の上々な反応に小さく頷くと詳細を付け加えた。
「城の内部と言っても、研究所があるのは本城と地下で繋がっている北の離れなのですがな。今我々がいるこちら側、南の離れとは真逆に位置する塔ですな」
「あぁ、もしや跳ね橋を渡った時に右側にあった塔か? 確かこちらと対になるように三つの塔があった気がするが……」
「正にそれですな。その北の塔一帯が魔法研究所となっている訳ですな。そちらは地下部分の方が広いので、見かけによらずとても大きな施設なのですな」
ってゆーかこの大臣、イケオジかと思ったけど語尾の癖強くね?
やっぱこんな歳の取り方はしたくないわ。
「悲劇が起きたのはその魔法研究所ですな。遡る事ふた月前……当時、魔法研究所ではまだ世間には公表していない、ある高等魔法の研究が行われていたのですな」
「ふむ……して、その高等魔法とは?」
「言うなれば食糧問題解決の為の研究ですな。それと並行して資源・エネルギー問題にも取り組んでおりましたな」
むつかしい おはなし おれ わかんない 。
目と目が離れる俺とカロンに構わず、大臣による人間社会の問題トークは続く。
「例えば魔術や魔法薬で食材の質量を増やしたり、物質の数を増やしたり……他にも有限である資源を複製する魔法の研究等も行われておりましたな」
「ほうほう。で、簡単に言うと?」
「苺に魔法薬をかけたらスイカよりでっかくなっちゃった! を目指してる研究ですかな」
なるほど分かりやすい。
あ、ポケットがモゾモゾすると思ったらコエダが起きたのか。
後でお水あげようそうしよう。
え、大臣の話? 聞いてる聞いてる。
でっかいショートケーキが食べられる魔法の話だよね。OKOK。
「そこで研究されている魔法は全て、人々を救う為のものの筈……でしたな」
あぁ、過去形なのね……
大臣はソッと目を伏せると深い悲しみを押し殺すように声を震わせた。
「それは誰も予期せぬ不幸な事故でしたな」
ギュッと拳を握り締める彼の様子からして、ただ事ではないのは明らかだ。
しかし大真面目に「一体何が……」と呟くカロンには悪いが、勿体ぶられれば勿体ぶられる程シリアスぶっ壊れる予感しかしないんだよなぁ~。不思議だなぁ~。
話半分のつもりで聞きに徹する俺の冷めっぷりとは逆に、大臣の声には熱が込もっていく。
「ある研究者が成分未調整の魔法薬をうっかり溢し、適当に雑巾で拭いてそのまま他のゴミと一緒に廃棄してしまったのですな」
「ほうほう」
ほ ら な 。
予想の範囲内のシンプルな悲劇である。
「結論から言うとその魔法薬は大失敗作でしてな。食材を大きくしたり増やしたりする効能は大した事無い代わりに、ある物に強い作用をもたらしてしまったのですな」
…………
………………
……………………何故だろう。
これ以上聞きたくないのですがな。
とにかく本能が「やばたにえん」と危険信号を発している。
俺が退室を申し出ようとするより早く、大臣が恐ろしい言葉を解き放ってしまった。
「 」
その言葉を耳にし全てを理解した瞬間、目眩を覚えた俺はゆっくりと意識を手放したのだった。
絶許。




