8、絨毯の掃除機がけは縦横逆からと色んな方向からゆっくりと
塔の内装は思った以上にシンプルで上品だった。
成金趣味だったギャンザク邸とは雲泥の差である。
目を引くのはこの城の庭園を描いたと思われる大きな風景画とワインレッドの絨毯が敷かれた螺旋階段くらいか。
恭しく頭を下げる年老いた使用人の後に続いて階段をグルグルと上がっていく。
小窓から見える景色が本城だったりジワンエンドリーの町並みだったり……螺旋階段とは中々に面白いものだ。
使用人の足は二階から四階をスルーして五階で止まった。
まだ上の階がありそうだが高さ的に考えると六階が最上階だろう。
小部屋が見られた各階とは明らかに違い、五階には豪奢な両開きの扉が一つあるだけだ。
なるほど、ここがあの国王のルームね。
「あ、やべ、ちょっと緊張してきた。俺大丈夫? 前歯に青のり付いてない?」
「マママ、マオーしゃん、わたわ私のの前歯アババは大丈夫でしか?」
「あ、今凄い冷静になれたわ」
自分よりテンパってる人を見ると逆に落ち着くのって不思議な現象だよな。
「少しは落ち着け」とカロンの顔面を鷲掴むグルオ式カウンセリングを尻目に、俺とエーヒアスは扉の前に立つドリュー氏の後ろに並ぶ。
緊張した面持ちのドリュー氏は意を決したように息を吸うと、よく通る声で中にいるであろう人物に声をかけた。
「失礼します、陛下。アンドリューです。ただいま帰還致しました」
少しの間を置き、落ち着きのある低い声がゆっくりと返ってくる。
「……入れ」
「はい、失礼します」
キィィと両扉を押し開くアンドリュー氏……いや、面倒だからドリュー氏のままで良いか(愛称なの最初から知ってたし)
とにかく彼の背中をボケーっと眺める。
彼に続こうとするエーヒアスの背中を軽く引けば、不思議そうにしながらも立ち止まってくれた。
ドリュー氏はともかく、まだ挨拶もしてない俺達が入室するのは無礼だからな。
まだ国王の人となりが分からん以上、その辺り気を付けてやらねば「無礼者。処す」なんて言われかねない。
警戒しとくに越した事はないだろう。
部屋の奥に目をやると高価そうな椅子に座る壮年の男性の姿が確認できた。
ふむ、立派な白髭だ。
こんなお髭が許されるのは国王かサンタさん位なものだろう。
あれ? サンタさんって実は凄いんじゃね?
一礼して跪くドリュー氏に合わせて扉の外で一礼すると、仲間達も見よう見まねでお辞儀をする気配が伝わった。
「……一人では無いのか。後ろの者達は誰だ?」
「はっ。私が例の薬草を採取しに行く道すがら知り合った冒険者の方々です。私の方から正式に採集と護衛の依頼をしました所、彼らの働きもあってこうして無事に帰還する事が出来ました」
「ふむ。…………して、言うべき言葉はそれだけか?」
「……っ……ジーコローリエは無事、必要予測量を越えて持ち帰る事が出来──」
ドリュー氏は跪いたまま顔を上げず、明らかに様子がおかしい。
声が震えているし、もしかしてこの国王は予想以上に厳格なのかもしれん。
まいったなぁと内心で舌打ちをしていると、国王はハァッと強いため息を吐いた。
「そんな事を聞いているのではない。それ位、聡明なお主なら分かっていよう」
「……! 申し訳ありません」
国王は喋りながら「よいしょ」と立ち上がり、ツカツカとしっかりした足取りでドリュー氏の前まで歩み寄ってきた。
ガタイが良いのもあってかなりの迫力がある。
そして何より怒りのオーラが凄く凄い。
「立て。我が愚息よ」
大きく頭を振る国王の言葉を受け、項垂れていたドリュー氏がゆっくりと立ち上が……
っておい!
今まで散々勿体ぶってきた彼の正体、何サラッとバラしてんだこの国王!
そこはもっと緊迫した状況下で「クックック……ドリューなんて男は初めから居ない。私の正体はこの国の皇太子だったのだよ!(ズゴゴゴ)」 的な胸アツ展開が定石だろう!
あ、でもこの展開だと王子様悪役っぽいな。ダメじゃん。
「一応、ただ逃げた訳では無かった事だけは褒めておこう。だがな。お前が一人城を逃げ出した事は決して……決して許されぬ!」
「そ、それは……ジーコローリエを入手する為であって、」
「言い訳など不要。例え大臣達が許しても、私は決してお前を許さぬぞ。この薄情者め」
「しかし……!」
仁王立ちする国王の周りに黒くて禍々しいオーラが見える。
なんかこの人俺より魔王っぽいんだけど。
闇落ちしてると言われたら納得するレベルの怒気である。
とはいえ息子の言い分も聞かずにこの言いぐさは流石にキツくないか?
口を挟んでも良いものかと思案した瞬間、とうとう国王の怒りが爆発した。
「やかましい! 私だって城を出て行きたいって、私だって外に逃げたいってあれだけ言ってたのに置いていくとは何事だ。この親不孝者め! これ以上私を失望させるな!」
あっこの国王大丈夫そうだわ(予感)
「お前ばかりずるいではないか」と凄む発言と見た目のギャップよ。
国王はいまだ黒いオーラをゴゴゴゴ……と放ちながらも、今度は俺達の方に視線を向けてきた。
正直俺の父上より顔怖いんだけど。
更に言うと勇者のユートよりこの人の方がデカいし強そうなんだけど。
「さてお前達。いつまでもそこに居ないで中に入れ。息子が世話になったようだな」
「あ、いえいえ。とても手のかからないお子さんでしたHAHAHA」
「(魔王様、シャラップです)」
「魔王……?」
はいはいお約束お約束。
グルオの突っ込みは小さなものだったが、どうやらこの国王はかなりの地獄耳らしい。
いつものように「マ↑オ↓ーでございま~す♪」とハイテンションでごり押すべく顔を上げると、何故か感慨深げに顎髭を撫でる国王と目が合った。
「マオー……か。その同情を禁じ得ない不憫なDQNネームには聞き覚えがあるな。たしかギャンザクの悪行を暴いて捕らえ、勇者ユートと共に行方不明者の捜索・保護に貢献した冒険者……であったか」
「マジかよめっちゃ覚えられてる件」
っていうか誰がDQNネームだワレコラァ!
確かに父上は残念な中二病センスの持ち主だったが、俺の本名は奇跡的に普通なんだから舐めんなよアァン!?
……などと脳内でオラつくだけの人畜無害な俺は、冷や汗を流しながら「その節はどーもどーも」と適当に誤魔化した。
「ふむ……今までの活躍に加え、此度のアンドリューの手伝いと護衛。新米冒険者とは思えぬ働きぶりは大変に素晴らしく、感謝にたえぬ。会えて嬉しいぞ」
え、なんか怖い顔して凄い褒めてくれるんだけど。
こんなに全肯定してくれるのが可愛い女の子じゃないなんて、こんなの絶対おかしいよ。
まぁそれはともかく俺は早くここから離れt
「してアンドリューよ。彼等をここまで連れてきた事には何か理由があるのだろう?」
ちょ。
「はい、父上。此度の問題、彼等に協力を仰ぐのは如何かと思いまして」
待っ。
「ほう? お前がそう言うからには余程信頼に足る者達なのだろうな」
お願いだから口を挟ませろ下さい!
「コホン、少し宜しいか? ハードル爆上げ中にすまないが、我々はしがないモブ冒険者故、丁重にお断りしま──」
「ではそんなお前達を信用して、一つ頼みがある」
あぁぁあぁぁーいゃああぁあぁぁーー!
(訳:親子揃って人の話を聞かずにおねだりとはズルいご身分ですね)
ほとほと困り果てて仲間を見ると死んだ目をしたグルオと目が合った。
ちなみにカロンは緊張のあまり借りてきた猫状態。
エーヒアスはニコニコ顔の通常運転である。
「今から話す事は国の存亡がかかった極秘も極秘の超機密事項だ。くれぐれも他言無用で頼むぞ」
「ちょ、ちょっと待たれよ国王陛下! 我々はまだ聞くとは言ってないのだが!?」
これ絶対聞いたら後戻り出来なくなるヤツじゃん!
流石に一方的な勢いに押し負けて国家機密に関わる訳にはいかない。
ましてや国の存亡?
スケールでか過ぎてどう考えてもキャパオーバーである。
答えはノーかいいえの一択しかない。
「(お待ち下さい、魔王様)」
「ほぁ?」
断る気満々の俺を引き止めたのはまさかのグルオだった。




