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6、漂白剤は便利アイテム

「最悪だ、マジ……ホントないわ……」


「落ち着いて下さい魔王様。実際のダメージはゼロです」


 俺達は今、モスコシ町の宿屋の一室にいる。

ここはそこそこ綺麗な宿屋で助かった。

一応グルオが簡単に掃除してくれたが、今の俺はそれ所ではない。

椅子に座ったまま、素手で顔を覆う。


「あんな汚い道に倒れ込むなど、マジであり得ぬ……辛い」


「倒れると言っても手と膝を付いただけじゃないですか。手袋だってしてましたし」


「でも洗っても見えない雑菌とか匂いが付いてる気がする……辛い」


「別にフンに触れた訳では無いでしょう」


「直接触れてなくとも、フンだらけの道だぞ? ならばフンを触ったも同義……辛い」


「面倒くさいです、魔王様」


 グルオが洗い終えた俺の靴を窓辺に干す。

微かに漂白剤の匂いが鼻を掠め、夕日が靴を赤く照らした。


 あの悲劇の後の事はよく覚えていない。

確か靴は洗剤か何かで擦り洗いをしていた気がする。


「あの靴のように、俺の記憶も心も綺麗に洗い流して欲しい……辛い」


「無理です」


 ドン底まで落ち込んでいると、ガチャリと扉が開いた。

部屋の入り口にはウン娘ことカロンが真っ青になって突っ立っていた。

安物の黄ばんだシャツと短パンが哀愁を漂わせる。


「……」


「……」


「面接はどうでした?」


 おい馬鹿やめろ。

顔色見れば分かるだろ。

傷口を抉ってやるな。


 カロンはみるみる涙目になり、「うばぁぁぁ」と声を上げて泣き出した。


「いや、その泣き声はちょっと」


「ダメでじだぁぁ、ふぐっ服装がもう、舐めてんの? っで言われでぇぇ門前払いでじだぁぁ」


 そう、カロンは運が無かった。

俺と共に転んだ際、彼女は思いっきり馬糞の上にスライディングしたのだ。

(ウン)尽き(付き)とは正にこの事だろう。


 魔法使いらしい紺色の上着は悪臭を撒き散らし、ロングスカートにもベッタリとブツが付いてしまった。


 慌てて服を買いに行ったものの、所持金が足りなかったらしい。

結局、こんな休日の貧乏学生みたいな古着で採用面接に向かったそうだ。

ある意味勇者である。

その根性は認めよう。


「てか何で俺達の居場所が分かったし」


「うぅ……先生が、服を洗ってくれるって言ってたから……ひっく、引き取りに来たんでずぅ」


「あっそう」


 先生ってグルオの事か。

そういやカロンとの別れ際、グルオが何か受け取っていた気がする。

放心しててよく覚えていないが、あれウン付き服だったのか。


「うぅ、私、必死に頑張って魔法使いになったのに、どこも私を仲間に入れでくれなぐでぇ……」


 あ、なんか話し出した。

洗面所の方から温風魔法(ウインド)で何かを乾かす音が聞こえる。

グルオの奴、洗濯を口実にカロンを俺に押し付ける気か。


「……まぁ、今回が駄目でも次があると信じよ」


「でっでも、もう二十回以上も連続不採用でぇっ」


「魔法使いって今就職氷河期なのか?」


 世界中の就活生、頑張れ。


「だが、魔法使いにはなれたのだ。いずれレベルが上がれば採用もされよう」


「でもパーティーに入れなければ、そうそうレベルなんて上がりませんよぅ」


「確かに!」


 グスグスと泣くのは良いが、床を汚さないで欲しい。

涙と鼻水が……あぁ……後で拭かねば。


「ところで貴様のレベルはいくつだ?」


「……レベル、2です」


「Oh……」


 正直、服装以前の問題だった気がする。

レベル2などあり得るのか?

人間の魔法使いなら魔法学校で修学した筈だ。

いくら弱くともレベル5程度はあっても良さそうなものだが……


「私、底辺魔法学校の更に落ちこぼれで……周りに遅れてやっと卒業できたのに……ひっく」


「なぜそこまでして魔法使いに拘る」


 そこまで才能が無いなら、別の職業ジョブに就けばよいものを。

カロンはキッと俺を睨んだ。


「魔法使いじゃなきゃ、ダメなんです! 私、小さい頃からずっと魔法使いに憧れてて、やっと夢に近付いたんです!」


「ほぅ」


「魔法使いじゃなきゃ、冒険者になる意味ありません!」


「……ちなみに貴様の夢とは何なのだ?」


 ここで「魔法使いになって魔王を倒す」とか言われても困るのだが。

まぁ正確には現魔王は平凡太だから俺に関係はない……のか?


 複雑な心境の俺に構わず、カロンは少し照れたように口を開いた。


「私の夢は、超有名な魔法使いになって、いずれは勇者様のパーティーに入り、比較的安全な後方支援を専門に、安定した収入を得て暮らす事です」


「思ったより夢がない!」


 正義感の欠片もないとは、現代っ子とは恐ろしいものよ。

しかし、彼女の目は至って真剣だ。

まぁ、夢を追う者に他人がどうこう言う権利はないだろう。


「なるほど。まぁ何とかなるさ」


「適当な事言って誤魔化さないで下さい!」


「いや、適当などではない」


 むくれるカロンを手で制し、俺はとっておきの話をする事にした。


「俺の知り合いに、何の取り柄もない平凡な若者がいた。しかもその若者はレベルが1だった」


「レベル1!? 流石に嘘ですよね!?」


 自分の事を棚に上げ、カロンはあり得ないと目を見開く。

すると洗面所の方から「本当ですよ」というグルオの援護が届いた。

聞こえてんのかよ。

まぁ良い、話を続けよう。


「始めこそレベル1だった彼だが、まぁ……その、色々あって(チートで)レベルが19になった。今はもう少しレベルが上がっているかもしれんな(教育係つけたし)」


 かなり省略した気もするが、まぁ嘘は言ってない。

俺は夢みる若人に勇気を与えるのだ。


「つまり、人生は何が起こるか分からぬ。諦めなければいずれチャンスも訪れよう」


「おぉ、おぉぉぅ……」


 いつの間にか泣き止んだカロンは膝を付き、キラキラとした目で俺を見上げた。

ふはは、流石は元魔王の俺。

この溢れんばかりのカリスマ性で、一人の少女の心を救ったようだ。


「世の中にはそんな人もいるんですね……! 何か元気が出てきました!」


「その意気だ」


「不採用がなんぼのもんじゃーい!」


「その意気だ!」


 うおーっと雄叫びを上げるカロンに女子力の低さを感じるが、まぁ良い。

俺も一緒になって雄叫びを上げてテンションを上げていると、隣の客室から「うるせぇ!」と壁を叩かれてしまった。


「これが壁ドンか……」


「初めてされました……」


 初の壁ドンに軽く感動。魔王感動。

二人でお口チャックをしていると、グルオが呆れた様子で戻って来た。

その両手には畳まれた紺色の服がある。


「とりあえず洗いました。シミが気になるようなら買い替えて下さい」


「ありがとうございます! 凄い、シミなんて全然見えないです。流石ですウン取り先生!」


「誰がウン取り先生だ」


 スッとグルオの目が細められる。

凄ぇ……俺以外でグルオをイラッとさせる者がいるとは……この小娘、大物になるかもしれん。


「あ、グルオ。俺の服と手袋は?」


「それでしたら既に洗って乾かしております」


「さすが仕事が早いな」


 俺もだんだん機嫌が直ってきたぞ。

自分でも顔が綻ぶのが分かる。

やはり綺麗になると元気が出るものだ。

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