2、レンガの汚れ落としは濡らしてからクレンザー
「ギョギョギョ、魚人がコレカラ側駐屯所付近を占拠して暴れているとの事ですぅぅ!」
Ω Ω Ω<な、何だってー!?
役人の叫びを聞いた途端にどよめき出す周囲のテンションについていけず、俺はそっと首を傾げた。
「オッケー、グーグルオ。『コレカラ側駐屯所』とは?」
俺の疑問にグルペディア先生が淡々と答える。
「イーガナ大橋には兵の駐屯所が三ヶ所あるそうです。王都側駐屯所、中央駐屯所、コレカラ側駐屯所……だったかと。我々のいる場所から一番近いのがコレカラ側駐屯所です」
「ほう? 旅人が泊まれる宿屋はないのに兵が留まれる施設はあるのか」
不親切すぎるだろ、設計者出てこい。
それにしても魚人……魚人かぁ……
これは由々しき事態である。
海の魔物は基本的に深海の主が王として統べており、俺達陸の魔族とはあまり関わりがない。
別に仲は悪くないのだが、服従関係という訳でもないのだ。
閉鎖的な空間で暮らしているからか「海の魔物=癖がスゴいぃ!」という印象が強くて、どうにも苦手なんだよなぁ……
何よりビチャビチャしてて磯臭いし(本音)
つまり、だ。
魚人相手では仮に二代目(元)魔王の俺が出しゃばった所で「だから何だよ、あぁん?」と一蹴される可能性もある訳で……
「想像するだけでつらい」
「魔王様、前から思ってましたがもう少しメンタルをお鍛え下さい」
「か弱く繊細な俺に鞭を与えてくれるな」
「レベル83の成人男性をか弱いとは認めません」
さてどうしたものかと仲間達と顔を見合わせて密になっていると、更に別の人物が馬に乗って駆け込んできた。
今度は役人ではなく、冒険者らしき出で立ちの中年男性である。
「おーい大変だ! コレカラ側駐屯兵が全員魚人にやられた! もうすぐここに怪我人が大勢搬送されてくるぞ!」
「なんだと!? じゃあ魚人は誰が倒すんだ!? 中央駐屯兵か? 冒険者か!?」
「そ、それが、近くにいた腕の立つ冒険者も既に何人かやられて……」
中年冒険者は大衆に囲まれながら苦虫を噛み潰したような顔で馬から降りた。
「どうやら中央駐屯兵は魚人を王都に入れない為に、守りに撤する事にしたらしい。王都側駐屯兵が中央駐屯所に着くのは早くても明後日になる……当分応援は見込めないだろう」
「そんな! じゃあコレカラ側駐屯兵がやられたって事は……」
「今、魚人は完全にフリーだ。もしあの魚人が王都ではなくこちら側に来たら、この関所も危ないかもしれない! だから、」
中年冒険者の叫びに、辺り一帯が瞬く間にパニック状態に陥ってしまう。
真っ先に動き出したのは身軽な商人や旅人だった。
「に、逃げろー! 魚人が攻めてくるぞー!」
「コレカラ町まで戻れ戻れー!」
商人や旅人につられたのか、近くにいた冒険者達まで逃げ出し始める始末である。
数十人という人間が一斉に町まで駆け出したおかげで重い地響きと砂埃が舞い上がった。
うそぉん。
勘弁してくれと思ったそばからカロンが鈍臭く人波に流されていくのが見えた。
「ひゃあぁ、待って待って、押さないで! 押さないで下さいぃー!」
「よし、押して駄目なら引いてやろう」
「ぉぐぇっ!」
ぐいよっ、とカロンの首根っこを掴んで人波から救出してやれば、何故か涙目で睨まれてしまった。
よほど怖かったのだろう、きっとそうだ、うん。
何やら怨み言を呟く彼女を担いで人集りから離れると、パニックの切っ掛けを作った冒険者がポカンとした顔で「だから、皆で力を合わせて迎え撃とう……と、言おうと思ったのに……」と立ち尽くしているのが見えた。
あ~、いるよね、こういう檄を飛ばすの下手くそな奴。
「やぁ、マオー殿。一ついいかな?」
うちのクールコンビと共に難を逃れていたドリュー氏がススッと近付いてきた。
ちゃっかりしおってからに。
「聞くだけならタダだな」と返せば、彼は嬉しそうに薄い顎髭を撫でた。
「ははっ、では遠慮なく。もしマオー殿達さえ良ければだが、その魚人退治、私からの追加の依頼として引き受けてはくれまいか? 勿論報酬は支払うし、王都に着いたら君達の働きは騎士団に報告すると約束しよう」
「マジでか。薄々そんな予感はしてたが、正気か? 人が良いにも程があろう」
兵が何人もやられた時点でもはや国の問題である。
放っておいてもいずれ騎士団が派遣されるだろうに、何故わざわざドリュー氏が出しゃばるんだ。
「何故わざわざ私が出しゃばるんだ、と思われるかもしれないが、我々には新たな兵が派遣されるのを待っている時間が無いのだ。一刻も早くこのジーコローリエを城に届けねば……」
「え、ローリエの件ってそんな急いでたの? 心読まれたより衝撃なんだけど」
「え、マオー殿は急いでなかったのか? 逆に衝撃なのだが」
ごめん。
正直そんな急ぎとは思って無かったわ。
連日ローリエ乾燥させながら何とな~く気ままにバイトメインで過ごしててホントごめん。
ふと見ればグルオもカロンもエーヒアスも気まずく目線を逸らしている。
オマエラモカー。
俺達は「ちょっと相談タイム」とドリュー氏から離れて輪になった。
「して、どうする? 皆の意見を聞きたいのだが」
「あら、急ぎだと言ってる以上、依頼人の要望には応えるべきではないかしら?……呑気に鍛冶ってた罪悪感もあるし」
日頃から注文の多い客を相手にしているだけあって、エーヒアスは引き受ける事に前向きな姿勢だ。
対してグルオは「問題が起きる度に依頼を追加してくるようでは信用出来ませんね。……自由に過ごしてた罪悪感はありますが」と難色を示している。
報酬が高額になっていく割りに後払いなのが気がかりなのだろう。
気持ちは分かるが、ドリュー氏に限って料金踏み倒しは無い気がする。
カロン?
「暴れてる魚人に近付くなんてあり得ないですよぅ!……そりゃ毎日を呑気に過ごしてた罪悪感はありますけど」とブンブン首を振ってるだけだ。
問題ない。
「ふむ……俺としては魚人に関わりたく無いのが本音だが、さっさと依頼を終えて王都をソッコー出たいのも事実だ。……バイトに勤しんでた罪悪感もあるし」
夏休みの宿題と面倒事は早めに済ませるに限るからな。
あんな堅苦しい手紙を書くような国王に関わる気はないし、ハーブを買い占めるような変な城にも近付きたくない。
仕事をしたいエーヒアスには申し訳ないが、やはり俺とグルオからすれば最善なのは「なる早で ローリエ届けて 即退散」だろう。
ごちゃごちゃ話し合う事およそ三分。
大人しく待ちぼうけってるドリュー氏に向き直り、俺はパーティーの代表として高らかに宣言した。
「ドリュー氏よ。追加依頼の件だが、とりあえずは引き受けよう」
「おぉ、本当かい? それは有り難い!」
「ただし! 魚人を退治するか追い払うか、スルーしてやり過ごすかはその時に判断するものとする。我々の目的はあくまでもローリエ宅配(速達)なのだからな!」
「あ……あぁ。それもそうだね。いやぁ、本当に助かるよ」
魚人をスルーする可能性を示した途端、ドリュー氏の表情が僅かに曇る。
恐らく彼としては魚人を倒して確実に問題解決して欲しいのだろう。
だがな、下手に魚人討伐なんてしてみろ。
最悪の場合「人類VS海の魔物、所により元魔王 ~魚人の逆襲 THE MOVIE~」なんて新たな物語が始まりかねない。
誰得だよ。
「よし、それでは早速コレカラ側駐屯所とやらに向かうとするか」
魚人問題に立ち向かう旨を役人に伝えると、「危ないから」と一度は止められたものの、すんなり通行を許可された。
どうやら俺の冒険者登録証に記載されたレベル83が決め手らしい。
流石にカロンが引き止められていたが、俺が居るからだぁ~いじょ~ぶだぁ~とアピールをしたら不審がられながらも許可が下りた。
この俺を変なおじさん扱いするとは、訴訟も辞さない所存である。ふんだ。
「あぁ、ちなみにコレカラ側駐屯所までは徒歩だと一日から二日くらいかかるよ」
「思ったより遠っ!」
馬が……いや、馬車が欲しい。
大きくて足の速い赤い馬がいいな……
なんて少々げんなりしながら関所を抜ければ、そこには絶景が広がっていた。
「……! おぉ……」
視界いっぱいに飛び込んできたのは、横幅の広い赤茶色のレンガ橋である。
延々と続く巨大な橋は圧巻としか言いようがない。
左右には見渡す限りの青い海。
少し曇り気味の空には沢山のウミドリが飛んでいる。
っていうか想像以上に道幅が広いな。
大きな馬車でも三台は並べそうだ。
ここが海の上というのも面白い。
「ここが海の上ってのも面白いですよねぇ~!」
おいカロン、感想丸かぶりはやめろ空気読め。
何だかんだで観光気分のまま、俺達はお上りさんの如くソワソワキョロキョロしながら王都へ向けて歩きだしたのだった。




