1、部屋の湿気対策は換気が一番だったりする
更に五日後。
つまりジーコローリエを干し始めてから十日が経過した頃──
ローリエの葉は艶やかな濃い緑色から、すっかりくすんだ緑色に変わっていた。
これがどういう事かもうお分かりだろう。
これでやっとイベントが進むぞぉぉぉー!!
いやぁ長かった。
「ダンジョンの敵が強くて詰んだ!」とか「仕掛け難しくてストーリーが進まない!」とかなら分かるけどさ。
まさか葉っぱの乾燥待ちで話が進まないとは思わなんだ。
思わず両手ガッツポーズしちゃったわ。
最近パトロールのバイトばっかだったし、あとでコッソリ冒険の記録を読み返しておこう。
べっ、別に本来の目的を忘れた訳じゃないんだからね。
勘違いしないでよねっ!
さて、これだけ長くコレカラ町に滞在したのだ。
多くの出会いがあった分、避けて通れないのが別れの儀式というものである。
それではまず、コレカラ町の出入り口右側をご覧頂こう。
ケース1、グルオ
「うぉぉおおおぉぉん! 寂しくなります!! ボス!!! 生まれ変わる事が出来たこのご恩、決して一生忘れません!!!!」
「行っちゃ嫌よぉー、グル先生!」
「また帰って来てぇぇ!」
「いつでも待ってるわぁ~!」
トロールの咆哮も顔負けの泣き声を上げる宿屋の主人と、芥子色の声を上げるマダム達の光景は圧巻である。
「ありがとうグル先生」の手作り幔幕やうちわが目立って仕方ない。
当の本人はニコリともせずに握手に応じている。
あの人だかりに入れる勇気、俺にはない。
「……ハジーメ村に着いたら、たまにはこの町を思い出しますよ」
「「「キャアァァァァーー!!」」」
ファンサに磨きがかかっている件。
これが計算されたデレか……
それでは次に出入り口正面をご覧頂こう。
ケース2、カロン
「ヘッポコ姉ちゃんホントに行っちゃうの?」
「魔法使い(笑)のお姉ちゃん、行かないでー!」
「うぅっ……みんなぁ……!」
カロンは広場でよく会うチビッ子達に強く引き止められており、感激の涙を流している。
やはり子供同士といった所か。
魔法の修行やバイトの合間を縫って随分と親しくなっていたようだ。
「ヘボ魔法しか使えないのに旅なんてしたら死んじゃうよ!」
「そーだよ、旅は現実見てからするものだってウチのバッチャが言ってたよ!」
「おいクソ兜! レベル7(嘲笑)を死なせたらしょーちしないぞ!」
……いやぁ、子供って優しくて正直で残酷だなぁ。
カロンの涙が引っ込んだ所で、今度は出入り口左側をご覧頂こう。
ケース3、エーヒアス
「エーヒアスさん! ボクが歌手として成功した暁には、必ず貴女を迎えに行きます!」
「お断りするわ」
はい、秒殺。
また仕事道具を取られては敵わないと思ったのか、圧縮魔法鞄を後ろ手に隠すエーヒアスに心底同情する。
ナルサーノよ、いい加減諦めロン。
「そんな事言わずに、まずは一曲。タイトルは『KA・DO・DE~また逢える日まで~』」
「……ワンフレーズだけで結構よ」
「ボエ~」と歌い始めた彼に長くなりそうな悪寒を抱き、俺は一足先にコレカラ町の門を出た。
ふむ、遠くに関所の様な物が小さく見える。
あれが大陸を繋ぐというイーガナ大橋の入り口だろう。
「渡るのに五日かかるとかマジで下がるわ~」
「まぁそう言わずに頼むよ。マオー殿」
先の長い話にため息を溢していると、いつの間にか依頼主であるドリュー氏が横に立っていた。
彼には見送りしてくれる人が居ないのか。
ハッ、寂しい奴だな。
俺と同じじゃないか。
「してドリュー氏。改めて確認なのだが、我々への依頼は元々ジーコローリエ採集の為の護衛であったな?」
「そうだな。だが貴公らの見事な戦いぶりと人柄を信用して、護衛期間を王都までと延長させて貰ったのだ」
「説明サンクス。で、報酬も延長分を上乗せしてくれるとの事だが、具体的にはどのくらいになるのだ?」
曖昧な契約、いくない。
父上も生前「金の事はどんなに聞きづらくても確認しておけ。いやマジで」と念を押してたしな。
過去に何があったんだ、父上よ。
それはさておきドリュー氏は悩む素振りを隠しもせずに頭を掻いている。
「はは……いくらが良い? と聞くとまたマオー殿に怒られそうだな」
「もちのロンだぜ」
グルオに聞かれたら本当にふんだくられるぞ。
ただでさえドリュー氏は前金で五万エーヌ、ローリエの採集と護衛で五万エーヌを支払ってくれているしな。
これだけの大金をホイホイ出せるボンボンとはいえ、これ以上搾り取るような真似はしたくないと俺の良心が言っている。
「ローリエ乾燥の手間賃と王都までの護衛、合わせて追加十万エーヌで如何かな?」
「はい喜んでー!↑↑」
一気に倍の額を提示しだすとか、いやぁ流石お坊っちゃんは違いますなぁ。
俺の手のひら?
クルクル回りますが何か?
「ただし私の食費や宿代等は当分の間君達と同伴させて貰う事になるから、それらの経費は依頼料から引かせて貰うよ」
「承知した」
フッ、果たしてドリュー氏は俺達の質素な食事について来れるかな?
……あとでカロンにパンとスープ以外食卓に並べないよう厳重注意しとこう。
今月のスローガンは『貧乏飯、皆で食べれば怖くない』で決まりである。
なんせ旅に出始めの頃なんて俺、固いパン生活だったからね。
いやぁ懐かしい懐かしい。
そうこうしている間にもじわじわと日が高くなっていく。
っていうかあいつらお別れの儀式長過ぎじゃね?
惜しまれ過ぎか!
結局俺が(強制的に)仲間達をコレカラ町の外に連れ出すはめになってしまった。
ブーイングのA RA SHIだったが、その内解散するだろう。
なぁに、ショックなのは今だけである。
グルオも「皆どうせ次の若い推しを見つける」とか言ってたしな。
あれ、何の話だったっけ。
リーダーの俺が個展でも開くって話だっけ?
……なんか違う気もするが、まぁいっか。勝手にしやがれ。
「魔王様、さっきから独り言が全部出てます」
「マジでか。恥ずか死」
「死因が羞恥の方が恥ずかしいです、魔王様」
あー言えばこー言う奴だ。
後ろではカロンとエーヒアスもドリュー氏を交えてペチャクチャ喋ってるし、まるでピクニックの再来である。
こんな調子では五日もかかる橋を事細かな描写で渡るのは無理があろう。
「……俺知ってるんだ。この流れは『一日目、何もなかった。二日目、良い日だった』……ってダイジェストにされるの。俺知ってるんだ」
「魔王様、未来の先読みは厳禁でお願いします」
早くもイーガナ大橋のたもとが見えてきた。
さて、そろそろ時間が飛ぶぞ、間違いない。
「じゃあな皆。未来(五日後)で待ってる」
「誰に言ってるんですか。早く冒険者登録証用意しといて下さい」
橋のたもとにも関所があるし、どうせまたザルな検閲作業が行われるのだろう。
……ん?
なんか……やけに人が多い気が……
「ふぁ~、混んでますねぇ~。工事でしょうか?」
「いや、そんな情報は聞いていない」
グルオでも知らないのか。
まさか事故とか?
嫌な予感メーターさんがアップを始めるが、足を止める訳にもいかない。
ガヤガヤと列もなさずに集まる人集りから苛立ちの声が聞こえ始める。
「何で通れねぇんだよ!? 身分証なら見せたろーがよ!」
「そーだそーだ! 早くしねぇと積み荷が傷んじまう!」
なるほど、商人なら橋が渡れないのは死活問題なのだろう。
苛立ちの声は既に怒声へとレベルアップしている。
情報が錯綜しているのか、関所の役人もオロオロと宥めるだけで何の説明も出来ないようだ。
「おやおや。ちょっとしたパニックが起きているようだね。困ったものだよ」
「俺としては予想より早い事件フラグに戸惑いしかないんだが」
誰だよ、ダイジェストになるだの未来で待ってるだの言った奴。
人集りの後方で立ち尽くしていると、馬に乗った役人の一人が「た、た、た大変たいへん、たいへんたいですぅぅ!」と橋の向こうから駆け込んできた。
あぁぁ、嫌な予感メーターさんの張り切り具合を感じる。
役人は息を整える暇もなく青い顔で叫んだ。




