2、生肉を切った後のまな板と包丁はよく洗ってから熱湯消毒
「さぁ~て、今週のマオーさんはぁ?」
「魔王です。最近、厳しい冬の足音が激しいタップダンスを響かせていますね。こんな日はあったかハウスに引き込もってのんびりしたいものです。それではまた観て下さいね。ジャン、ケン、ポn」
「魔王様、馬鹿言って現実逃避しないで下さい」
ぐぬ。
折角この状況から逃れる妄想をしていたのに、グルオの突っ込みで現実に引き戻されてしまった。
後ろでエーヒアスが「ウフフフフ」とオチを付けているが、今の俺には反応する気力が無い。
俺は眼前にそびえ立つ趣深い民宿を見上げ……いや、正直に言おう。
超絶クソボロい民宿を見て呆然としていた。
「さぁ、どうぞどうぞぉ。遠慮なく入っておくれよぉ!」
民宿の主人が木の扉をギギギィと押せば、木くずがパラパラと落ちるのが確認できた。
窓辺には蜘蛛の巣が張っている。
表に出されている字の掠れた看板なんてグラグラ揺れていて今にも落ちそうだ。
お宿のお名前なんてーの?
「なんでこうなったし」
「さぁさぁ、どうぞどうぞぉ。寛いでいっておくれよぉ!」
俺の呟きは民宿の親父の声にかき消された。
ぶっちゃけ全力で入りたくない。
しかし断りにくい。
どうしたものかと俺は再び遠い目をした。
そうだ、回想シーンに行こう。
もしかしたら回想シーンが終わった頃に現状が変わってるかもしれないからな。
────────────────
~以下、回想~
ドマンナ街道の関所を抜けた我々は、無事にコレカラ町に辿り着いた。
コレカラ町は街道の出入り口という事もあり中々に栄えた町のようだ。
冒険者や旅人、商人、パトロール中らしき騎士達が忙しなく行き交っている。
「ふむ、行商人の出店も多いようだな」
「怪しい物の取り引きが横行しているようですね。警備の方も冒険者の身元確認より、商人への荷物確認に力を入れているようです」
なるへそ。
つまり今我々が持っているへそくり……もとい、父上の高価な形見も露見したら怪しまれかねないのか。
後ろ暗い物は無いが、一応用心しとこう。
「わぁ、あれ見てくださいマオーさん! すっごく安い肉ですよ!」
料理担当という肩書きが気に入ったのか、最近のカロンはやけに料理や食材の話に食い付くようになった。
グイグイとマントを引っ張られるが……何だアレ。
「エーヒアスよ。一つ聞くが、アレは何の肉だ?」
「ゥゴョンヌーの肉って書いてあるわね」
「だから何の肉!?」
いかにもな店の隅に並べられた、ビクンビクンと痙攣している肉(血抜き済み)
色は緑と紫のラメ入りグラデーション。
わぁ綺麗。
警備員さん、この店です。
「カロンよ。安物買いの銭失いという言葉を知らんのか」
「あ、私古代言語は苦手でー」
バリバリ現代語なんだが……
いやぁしかし行商人多いな。
田舎者丸出しでキョロキョロしていると、カロンが軽装のオッサンに声をかけられた。
「ちょっと良いかね、そこの可愛い冒険者さん」
「…………」
カロンはオッサンを無視して出店を見回している。
ほう、ナンパに反応しないとはやるではないか。
偉い偉い。
「カロン、呼ばれている」
「…………え? も、もしかして私の事でしたか!?」
グルオに小突かれて初めて自分が呼ばれたのだと理解したらしい。
何そのムダに謙虚な姿勢。
褒めて損したわ!
あ、損はしてないわ。
オッサンは苦笑をまじえながらも人の良さそうな笑顔を貼りつけて崩さない。
ふーむ、この男、外見だけでは地元民なのか商人なのか旅人なのか判断つかんな。
「コホン、失礼。先程から食材を見ているようですが、お嬢さんはもしかしてハーブをお持ちではないかな?」
「ハーブ、ですか? マオーさんのお茶用と薬用と、あと料理用のがいくつかあった筈ですけど……」
「あぁ、やっぱり! 私はなんて運が良いんだ!」
やけに礼儀正しいオッサンは目を輝かせてカロンの両肩を掴んだ。
おいコラやめんか。
「馴れ馴れしく若い娘に触れるのは感心せんな。それが許される優しい世の中だったなら俺も少しはリア充に優しくなれた筈だ」
俺が割って入ればオッサンは慌てて両手を離した。
いちいち演技がかってんなコイツ。
「いやはや、失礼。実はわたくし、とても困っておりまして。どうしても今すぐにハーブが必要なのです」
「ほう、怪我人か病人でも居るのか?」
「えぇ、実は家族に怪我人と病人のどちらも居ましてね。どうかお持ちのハーブを譲って頂きたいのです!」
俺の質問に丁寧に答えるオッサンだが、彼の目はチラチラとカロンを窺っている。
なるほど。
ウチのパーティーで一番ハーブ使用率が高いカロンに同情して貰おうという魂胆か。
しかもこいつ、カロンがチョロい事も見抜いているな。
この者の言葉が真実なら、手段など選んでいる余裕がないという事だろうが……さて。
「(グルオよ、アイテム鞄にハーブのストックはいくつある?)」
「(種類は把握してませんが、確か三十前後はあったかと……エーヒアスは覚えているか?)」
「(薬用ハーブなら十二本あったのは覚えているわ。料理用は知らないけど)」
小声でやり取りするアダルトリオをよそに、カロンがオッサンを励ましている。
おいコラやめんか(二回目)
慌ててカロンをオッサンから引き剥がし、交渉に出る。
「譲るかどうかは数にもよるな。して、何のハーブがいくつ必要なのだ?」
「は、はい。大変言いにくいのですが、あるだけ全部頂きたいのです」
「アウトォー!」
どんっっだけ使う気だよ!
俺達四人の旅路で十分な量のハーブだぞ。
それをありったけ全部!?
ご家族の方はハーブ治療じゃなくて病院に行って下さい。
俺達の無理ですオーラを察したのか、オッサンは汗を拭い拭い頭を下げる。
「どうかお願い致します! ほんの僅かですが、何ならお金もお支払いします! わたくし、今すぐハーブが必要なんです!」
腰を九十度に折り、何度も懇願される。
ちょ、道行く人が見てる!
なんか一般人に絡む冒険者みたいな誤解される!
「ま、待て、落ち着け。俺としてはその家族を医者に見せた方が良いと思うが……」
「どうか! ここは一つ人助けだと思って!」
ダ~メだこりゃ。
聞く耳持つ気ないな。
カロンだけが「なんか可哀想ですし、譲ってあげましょうよー」とグルオの持つアイテム用鞄を揺すっている。
可哀想だけで譲っていてはこの先生きのこる事は出来ませんぞ。
「お願いします! どうかわたくしに、」
「そこのお前さん、いい加減にしときなよぉ!」
突然投げ掛けられる第三者の声。
振り向くと薄汚れたエプロンを身に付けた小柄なオッサンが腰に両手を当ててメッ! していた。誰得。
小柄なオッサンは険しい顔で俺達に向き直る。
「あんたら、この人は商人さ。無理に譲る事はないよぉ」
「あ、ちょっ」
見るからに焦りだすハーブのオッサン。
……怪しい。いや、最初から怪しかったがな。
「どういう事かkwsk」
「最近どういう訳か、王都周辺でハーブが高騰していてね。この人は何も知らない冒険者から貰ったハーブを王都で転売する気なんだよぉ」
「把握」
魔王相手に騙し取ろうとはお主も悪よのぅ。
ジト目×4がハーブのオッサンに突き刺さる。
もう譲って貰えないと悟ったのか、オッサンはブツブツと悪態を吐きながら去っていった。
ふぅ、助かった。
「御仁、助言感謝する。おかげで今後貴重になるかもしれないハーブを失わずに済んだ」
「良いんだよぉ。ボクはあぁいうタチの悪い商人が嫌いなんだよぉ。やっぱり商売は誠実、真心、安さ、サービスが一番だよぉ」
「結局どれが一番なのか分からんが、良い心がけだな」
俺の言葉が嬉しかったのか、オッサン(善)が「そうだ!」と両手を胸の前で叩く。
だからその可愛い仕草は誰得だ。
「これも何かの縁だよぉ。ウチ、民宿を経営してるんだよぉ。コレカラ町は宿の激戦区でねぇ。ウチは狭いからかお客さん少ないんだよぉ。今ならお安くしとくよぉ」
「ふむ……」
まだ本日の宿は確保していない。
どうしたものかと三人を見やるが、皆特に異論は無いようだ。
「私はオッケーですぅ。オジサンのおかげで騙されずに済みましたもん」
「まぁ、探す手間が省けるのは有難いですね」
「安いって、一泊おいくらなのかしら?」
細い首を傾げるエーヒアスの色香に負けたのか、オッサンがデレリンと鼻の下を伸ばす。
おいコラやめんか!(憤怒)
「うーん……お嬢さん美人だし、特別大サービスだよぉ。大部屋なら一泊五〇〇エーヌ。二人部屋なら一部屋三〇〇エーヌにしとくよぉ」
「安っ! 相場の半額以下とか宿潰れないか!?」
エーヒアスは値切りスキルでも持っているのだろうか。
その特技、間違いなく履歴書に書ける奴だ。
俺が面接官なら採用する。
こうして俺達はオッサン改め民宿の主人に連れられ、冒頭に至るのだった。
~回想終了のお知らせ~
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さて。
長々と回想を挟んだ所で、俺はゆっくりと閉じていた目を開く。
「……何ということでしょう。あれ程までに荒れ果てていた民宿が、五つ星ホテル顔負けの立派な宿屋にリフォームされているではないですか」
「魔王様、現実を見て下さい。何も変わってないです」
「『辛い』と心が叫びたがっているのだが」
まさかここまで潰れそう(物理)な宿とはな。
我が旅で間違いなくワーストクラスNo.1の宿だ。
映像でお届けできないのが残念である。
しかし……
「いやぁ、お客様が来るのは本当に久しぶりだよぉ! 嬉しいねぇ。今日のご飯、とびっきりのご馳走作るから楽しみにしててよぉ」
断りづれぇぇぇ!!!! ※魔王様ご一行、心の叫び※
助けて貰った恩に加え、値切り(?)までしてしまったのだ。
今更泊まらないとは口が裂けても言えない。
「ご主人、少しお話宜しいですか」
グルオが軋む扉を片手に屋内を覗き込むと、主人はにこやかな顔で「はい?」と振り返った。




