1、吐瀉物の清掃は手袋とマスクを忘れずに
翌朝。
俺達魔王パーティーと勇者はヒィの町の宿屋前で別れた。
……間違ってないのに違和感がある一文だが、そんな事はどうでも良い。
今の俺は肩の荷が降りた喜びで一杯なのだ。
ユートに無事、三代目魔王である平凡太への手紙を持たせる事が出来たからである。
「魔王城の近くで強そうな魔物に遭遇したらこの手紙を見せろ。和平の手紙だ」と言ったらあっさり信用された。
目を輝かせて「わぁ、ありがとう! ほんとスゲーな、兜の兄ちゃん!」と手紙をアイテム袋に入れるユートの姿は記憶に新しい。
カロン並みにチョロいぞ、コイツ。
初めてのお使いをさせる親の気分よろしく、正直不安しかないわ。
《急募》スタッフとカメラマン《時給なし》
ユートは十メートル程離れた所で立ち止まって手を振っており、カロンとエーヒアスが手を振り返している。
そういえばカロンの夢は勇者のパーティーに入って安定した収入を得る……ではなかったか?
「カロンよ、良いのか?」
「はい? 何がです?」
「いや何がって……お前、勇者のパーティーに入るのが夢だと話していたではないか。あの勇者、行ってしまうぞ?」
「ほら」とユートを指し示せば、彼は数十メートル離れた辺りでこちらを振り返っていた。
目が合ってしまったのでとりあえず片手を上げてやる。
……おぉ、手を振り返してきた。律儀な奴だ。
カロンは珍しく難しげな顔をして「う~ん」と唸っている。
「……私、もう少しマオーさん達と旅をしてレベルを上げようと思います。まだレベル6なのに魔王の城とか自殺行為ですし」
あ、レベル不足の現実は理解してたのか。
ならもう何も言うまい。
「それに、昨日マオーさんに教わった新しい魔法、まだ使えてないですから……だから」
カロンは帽子を被り直すと「また魔法教えて下さいね!」とはにかんだ。
ほう、今日はやけに素直だな。あの勇者の影響か?
いつもこれくらい素直なら可愛げもあるというのに。
「あと正直、勇者様のイメージが思ってたのと違ったんですよねぇ~。あの勇者さんと二人旅とか不安しか無いっていうか……毎日のように事件が起きたり事件に首突っ込んだり変な作戦に巻き込まれたりして大変そうですもん。私は安心・安全・安定した生活を送りたいんですぅ」
「流石にちょっと素直すぎない?」
そこまで言う?
一般人の小娘(レベル6)にボロクソに言われる勇者に同情の目を向ける。
彼は数百メートル程離れた所で振り返り手を振って……いや長いな!
バイバイ止めるタイミングが迷子かよ。
別の意味で不憫に思えてきた俺はエーヒアスと同じタイミングで手を振り返してしまった。
動作被るの恥ずかしっ!
「……魔王様。バイバイタイムはそこまでにして、我々も早く進みましょう」
「そだねー」
俺達はなるべく振り返らずにヒィの町を後にする。
もうじきこのドマンナ街道ともお別れか……いやぁ長かった。マジで。
出来ればもう二度と通りたくない道のりであった。
もしまた通る事があったら今度こそ全カットだろう。間違いない。
黙々と歩いていると、エーヒアスがふと思い出したように口を開いた。
「ところで、コレカラ町に着いた後はどうするの?」
「? どうする、とはどういう事だ?」
彼女の質問の意図が分からない俺に向け、グルオがサッと地図を開く。
はいはい、仕事早すぎワロスワロス。
「魔王様。この先、サイッショ大陸へ行くには二つのルートが存在するのです」
「それもう少し早く言って欲しかったのだが」
「我々の現在地はここ、トチュー大陸の中心、ドマンナ街道の東端です。街道を抜けるとコレカラ町があります。分かれ目はここです」
「あ、うん……はい」
本日のスルーノルマ、達成でーす。
トントンと指し示された地図を見ると、コレカラ町はトチュー大陸の最東端にある事が分かった。
海を隔てた更に東にはサイッショ大陸があり……
海!?
「う、うみぃ……」
何がヤバいって、距離がヤバい。
前にイヨイヨ漁港へ渡った距離の二倍はある。
単純計算でも一週間近くを船上で過ごさなきゃいけないのか……地獄の極みかよ。
チラリと横に目をやればカロンが青ざめた顔でコエダを抱き抱えていた。
カロンタス、お前もか。
船酔いの悪夢再来かと思いきや、グルオは分かっていたとばかりに肩を竦めた。
「船が嫌なら陸路があります」
「マジデジマ!? それを早く言えし」
地図をよくよく見ると細い線が南へ延びているのに気が付く。
もしかしてだけどぉー、もしかしてだけどぉー……
目を輝かせる俺とカロンにエーヒアスがニッコリと微笑む。
「フフ、南東にあるトオデ大陸に続く大橋よ。遠回りになるけど、トオデ大陸からならサイッショ大陸に続く橋もあるし、完全な陸路ね」
キェェアァァァリクロダァァァァァ。
喜びの舞を踊る俺とカロンを一瞥すらせず、グルオは地図をしまう。
ノリの悪い奴である。
「ではコレカラ町から橋を渡り、トオデ大陸を経由してサイッショ大陸を目指すという事で。……二人はそれで構わないな?」
グルオが女性陣に確認するが、その口調と目付きは有無を言わさぬ鋭い物である。
選択肢はイエスかハイしか無さ気だが二人は快諾してくれた。
「はい! これでもうゲロインなんて言わせません!」
「私も構わないわ。むしろ行動範囲が広がるのは有難い位よ。トオデ大陸は王都があるし、鍛冶職人の仕事も多そうね」
ん?
今なんと?
「おう……と? あぁ、嘔吐ね。それは船酔いした時のカロンな。HAHAHA」
「魔王様、嘔吐ではなく王の都の王都です。トオデ大陸に到着してすぐの所にある大きな都です」
「おぅっとぉ……」
聞き間違いであって欲しかった。
元魔王であるこの俺が、よもや人間の王の領土に足を踏み入れる日が来ようとはなぁ……
まぁ戦いを仕掛ける訳でもないし「ちょっと通りますよ」程度なら俺やグルオの存在に気付かれる事もなかろう。
今までもバレなかったし、城や兵士に近付かなければ大丈夫だ、問題ない。
こうして俺達は家より先にフラグを建てながらヒィの町を後にした。
あ、街道出口の関所?
冒険者登録証チラ見せで簡単に通れた。
この旅で幾度となく思ったが、あえてもう一度言わせてもらおう。
それで良いのかザル警備。




