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9、ガラスに付着したロウソクの蝋は温めて取るより冷凍して取る方が安全

 ヒィの町は大して見所のない田舎町である。

宿屋の一階は酒場だし、どうせ三人はそこにいる筈だ……っと、


「いたいた」


 古い酒場の片隅にグルオ達ハケーン。

「ごっめぇ~ん、待ったぁ~?」と近寄った結果、ものの見事に三人の冷たい視線を浴びてしまった。

冷たすぎて風邪引きそう。


「遅いです、魔王様。体感的には二週間以上待った気分です」


「いやゴメンて」


 何その体感。

それに関しては俺ではなく大いなる力に言ってくれ。


「あらあら、本当に心の底から悪いと思ってるのかしらね?」


「す、すまぬ……」


 美人(エーヒアス)の笑顔が心に突き刺さる……ッ!


「じゃあ何が悪かったかちゃんと言えるんですかぁ~? 次からはどうしたら良いか分かってるんですかぁ~?」


「お前等コレ絶対打ち合わせしてたろ」


 何でさっきから「怒らせたら面倒くさい彼女への対応力」を試されてる感じになってんだ。

三人は俺を弄れて満足したのか「うえ~い」とハイタッチしている。

疎外感つれぇや!


「アハハ、兜の兄ちゃん達ってホント仲が良いんだな!」


「このやり取りを見て仲が良いと笑い飛ばせるお前はやはり大物だな」


 ユートと共に席に着き、適当につまめる物を注文する。

二人で何を話してたのかとカロンがしつこかったが、忍法知らんふりの術で乗り切った。

すまんな、カロン。男には色々あるのだよ。


「そういやあんたら、サイッショ大陸目指してるって言ってたな」


「んゴホッ!」


 ここで蒸し返されるのか……驚いて芋の欠片が鼻に入ってしまったではないか。

鼻がァ! 鼻がぁぁ!

俺が涙目になっているにも関わらず、ユートは揚げ芋を頬張りながら話を続けている。


「サイッショ大陸は良いぞー。のどかだし、魔物は弱いし。何より自然豊かで良い建材の宝庫だ!」


「ほう……?」


 建材と聞いた途端、これまで出来る限りユートと関わらないようにしていたグルオが話に食い付いた。

珍しっ。


「大工見習いの貴様の目から見て、サイッショ大陸の立地はそんなに良いものなのか?」


「そうだなぁ~。まぁ俺の出身がサイッショ大陸だからヒイキ目もあるけどな。けど、大工見習いとして言うなら、とにかく建材が良いってのは確かだぜ!」


 腕を組んでウンウン頷くユートと注意深く話を聞くグルオ。

逆さまの虹ばりにレアシーンなんだけど。


「何かの地層で取れる土が良いレンガになるって有名だし、あとはそうだな……あ、さっき話したハジーメ村! あの近くには黒曜杉(こくようすぎ)って最強の杉も生えてるしな」


「黒曜……杉? 聞いた事ないが……」


 黒曜石でなくて?

聞きなれない単語に俺は勿論、グルオやエーヒアスも首を傾げている。

カロン? 我々が知らぬのだ、分かる筈なかろう。


「マオーさん、なんか失礼な事考えてません?」


「はて?」


 フクラガエルのように膨れるカロンから目を逸らし、ユートに続きを促す。

こちらの事はどうぞお気になさらずー。


「えぇっと……黒曜杉ってのは、その名の通り黒曜石みたいに真っ黒な杉でさ。とにかく硬くて虫にも火にも水にも強いんだ。その辺のナマクラ剣じゃ傷一つ付かないんだぜ!」


「ほぅ……! ほぅ……!」


 そんな木がこの世にあるとはな。

黒曜杉、素晴らしいではないか!

これは「是非とも黒曜杉でマイホームを建てなさい」という大いなる存在からの思し召しに違いない!


「フフ、家を建てたいマオーさんには良い情報ね。でもそんなに凄い木があるなら、もっと一般的に広まっていてもおかしくなさそうだけれど?」


 エーヒアスの意見も尤もだ。

これは何かあるのだろうと一旦気を落ち着かせる。

大丈夫、俺は冷静の権化だ。

ユートは苦笑混じりに「そこなんだよなぁ」と頬を掻いた。

そこってどこなんだ?


「さっきも言ったけど、黒曜杉はとにかく硬くってさ。伐採するのも加工するのも腕の立つ職人じゃないと手に負えないんだ。最近は木こりの高齢化も進んで、黒曜杉を扱える人自体少ないし……だから値段が高くて一般にはあまり出回ってないんだ」


「なるほど……作り手不足の問題か……」


「それに最近は石造りの家が人気だもの。人手不足は仕方ない事かもしれないわね」


 お高いなら仕方ない。

しかし実現が難しいとなると余計に憧れてしまうのが男のロマンというものである。

黒曜杉のウッドハウスか……良いなぁ……


 ホンワカパッパと夢見る俺の横でグルオが分かりやすく咳払いをする。


「魔王様、その場のノリで家を決めるのだけはお止め下さい。……因みに黒曜杉を扱える職人はサイッショ大陸のどこに行けば会えるんだ?」


「止めろと言いつつマオーさんの意思を尊重してくれる辺りに先生の優しさを感じますねぇ」


「……」


 おいカロンやめて差し上げろ。

グルオさん、あぁ見えて結構繊細な所あるんだから、からかったりなんかしたらどんな恐ろしい事をされるか分か


 メリッ


「あぁぁー!? 私のつっ、杖が! 木の杖がへし折られたぁー!?」


 あ、杖の方だったか。良かった。

「唯一の武器装備だったのに! 先生のゴリラー!」と叫ぶカロンを右から左へ受け流し、俺達は再び話を戻す。


「サイッショ大陸の木こりや大工は大抵、冒険者連盟かギルドに加盟してるんだ。だからどこかしらの窓口で相談すれば紹介して貰える筈だぜ!」


「急に出てきたお役所仕事感!」


 まぁ世の中そんなもんか。


「因みに俺も黒曜杉を取り扱える第一種(きこり)免許持ってんだ。史上最年少有資格者! これちょっと自慢な!」


「ヘーソーナンダー……ってマジか!」


 素直にしゅごい。

資格取得に縁が無さそうなのに意外である。

よほど木こりとして腕が立つのだろうか……


「ふむ…………ちなみに、もし俺がユートに黒曜杉を集める依頼をした場合、友人割引なんてものはして貰えるのだろうか……?」


 手を揉みながらゴマをスリスリ……

仲間達の白けた視線が痛いが、この際なりふり構ってられるか。

元魔王が勇者に媚を売って格好以外の何が悪い!


 俺の仕草が面白おかしかったのか、ユートは豪快に笑い飛ばしながらボトルごと飲み物をあおっている。

あ、それ中身酒じゃなくてほうじ茶……まぁ良いか。


「おぉー、良いぞ! 兜の兄ちゃん達には世話になったしな。特別大サービスくらい訳ねぇよ!(アレ? これ何でほうじ茶?)」


「よっしゃ言質取った!(ありがとう感謝する)」


「魔王様、本音しか出てません」


 ふん、何とでも言え。

マイホームに黒曜杉を使うにしろ使わないにしろ、ユートと友人関係となった事でサイッショ大陸の大工との繋がりも期待出来るのだ。

コネを甘く見るの、いくない。

彼には是非とも生きてサイッショ大陸に戻って貰わねば。



 その後、何だかんだで新米勇者と打ち解けた俺達。

共に大変な洞窟探索を乗り越えたという一体感……良きかな良きかな。


 ユートは明日の朝にヒィの町を発ち、魔王城を目指すと言う。

彼のレベルなら順当に行けばそう死ぬ事はないだろうが、素直すぎる性格は少し心配である。


「全く……仕方ないな」


 ここは俺が一肌脱ぐしかあるまい。

皆が寝静まった頃、俺はモソリとベッドから抜け出して机に向かう。

月明かりを頼りに便りを書く。プッ。


「……最後に名前書いて封蝋して……うむ。これでよし」


 手紙は万が一途中で開封されても良いように魔物言語で書いておいた。

魔王印のスタンプもバッチリである。

あとは明日、ユートにこの手紙を持たせれば大丈夫であろう。多分。


 俺は大きな欠伸をしてから安物のベッドに潜り込むのだった。



────────────────



 三代目魔王、平凡太へ


 ご無沙汰してます、二代目魔王です。

暑さも落ち着き秋めいてきた今日この頃、いかがお過ごしですか?

私の方は旅の途中で若い娘にモテてしまって毎日大変です。


~(略)~


 さてこの度は頼みがあります。

この手紙を持たせた勇者、ユートの処遇ですが、戦意はない無害な男です。

一応私の友人なので、出来れば殺さず、可能なら諍い無く穏便に帰宅させてやって下さい。


~(略)~


 最後に一つ。

伝え忘れてましたが、俺が使ってた部屋の奥に隠し部屋があります。

好きに使って良いですが、掃除と仕掛けの手入れは決して怠らないように。


 それでは城の皆にも宜しく。

お元気で。


 リア充過ぎて困っちゃう二代目魔王より

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。インキュバスによる人攫い、相手や攫われた人たちの反応が意外で、魔王様もちょっと困っているのが面白かったです。 グルオさんは、いつも冷静で有能ですね。カロンを足払いして…
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