4、柔軟剤は量が多すぎてもダメ
旅の二日目。
目を覚ますとグルオが居なかった。
アイテムや武器なんかを入れておく圧縮魔法がかけられた鞄も見当たらない。
「え! まさか見捨てられ……!? てないか、何々……」
ベッドの横に普通に置き手紙あったわ。
いや、全然焦らなかったけどね。
俺あいつの事信じてるし、全っ然焦らなかったけどね。
魔王が焦るなどあり得ぬ話だ。
『アイテムを昨日とは違う店で売却して参ります。グルオ』
仕事が早いな、さすが俺の見込んだだけの事はある。
しかしこんな朝早くから店なんて開いてるのだろうか。
「って、もう昼か」
どうやら寝過ぎたらしい。
まぁ仕方ない。
深夜遅くまでこの小汚い部屋を掃除していたのだからな。
全く、宿屋だというのに客を泊める気はあるのか、ここは。
O‐MO‐TE‐NA‐SHIの心は大切だろうに。
「腹が減ったな」
残された荷物を漁ると、硬いパンが出てきた。
少し潰れているが、まぁ良い。
ピッカピカの洗面台で顔を洗い、替えの服に着替える。
同じ服を着続けて旅をする奴の気が知れない。
パンをモサモサ頬張っていると、グルオが帰ってきた。
「魔王様、おはようございます」
「おふぁおう、グウオ」
「……突然ですが、魔王様。落ち着いてこれを見て下さい」
「いやその前フリで落ち着ける奴はいるのか」
不穏な空気を察知した俺に、グルオが白い布の袋を見せてきた。
何だ? お土産か?
俺は袋を覗き込んで目を見開く。
布袋には大量の紙幣や硬貨が入っていた。
「は? え? 何お前、富豪の家でも襲撃して来たの?」
「違います魔王様」
ズッシリとした袋の重みが、夢ではない事を実感させる。
「実は少し遠出をして、隣町の店まで行って来たのです。全部で三店舗回り、五品ほど売却して来た所、こんな事に……」
「父上どんだけー」
目覚めたら一気に金持ちになっていたなどと、そんなぬるい展開が、果たして許されるのだろうか。
……否!
「グルオよ……」
「何ですか、魔王様」
「これ以上、父上のコレクションを売るのは止めようではないか」
あまり楽をしたらバチが当たりそうで怖いからな。
俺は自分の力も使った上で、気持ちよく夢を叶えたい。
「ではこの金は?」
「……これはもう換金してしまったからな。有り難くマイホームの資金に使わせてもらおう」
「随分と都合が良いですね」
そう言いながらも、グルオは布袋ごと圧縮魔法の鞄に突っ込む。
「その鞄、落とすなよ、絶対に落とすなよ」
「そんなヘマは致しません」
堂々と言い切れる所は流石としか言えぬ。
俺が言ったらただのフラグだろうからな。
「ところで魔王様。この後は何をするおつもりですか?」
「ふーむ……」
思った以上に早く金の問題が解決してしまった。
ヤバいな、この先の事何も考えて無かった。
「と、とりあえず、良い土地を見つけたい。そこに掃除しやすい綺麗な家を建てて、静かに平和に戦闘とかしないでのんびり絵とか描いて過ごしたい!」
「そこまで先の人生設計を聞いたつもりは無いのですが、まぁ良いでしょう」
グルオはサイドテーブルの上に地図を広げた。
「地図を持っていたのか。用意が良いな」
「先ほど寄った食堂で貰ったものです」
「え、食堂行ったのか? 何食べた? 人に口見られなかった? 美味しかった?」
「……」
あからさまに目を逸らされる。
さてはこいつ、良い物食いやがったな。
俺は硬いパン一つだったというのに……!
「……魔王様の言う『良い土地』の基準が分かりませんが、まずは目星をつけてから探しに行きましょう」
「さすがグルえもん」
俺の言葉を完全にスルーして、グルオは地図とにらめっこを始めた。
悲しみを乗り越え俺も地図に目を落とす。
「ふむ。オーシャンビューという響きは良いが、潮風は駄目だな。ベタベタする」
「では内陸ですね」
「山は噴火が怖い。灰が降るとか堪えられぬ。土砂崩れも怖い」
「では山岳地帯も避けましょう」
「川沿いも駄目だ。もし雨で増水した水が流れ込んだら……考えるだけで恐ろしい」
「では川沿いも避けましょう」
「治安が悪い町が近くても困るな。ゴミのポイ捨ては滅ぶべきだ」
「……ではギルド主体の町付近は避けましょう」
「ダンジョンの近くも考えものだ。魔物や冒険者が汚れたまま遊びに来たら困る」
「……ではダンジョン付近も避けましょう」
俺が注文する度に、地図にばつ印が書き込まれていく。
夢の為には妥協してはならぬと意気込んでいたものの……これ、良い土地なんて本当にあるのだろうか。
一抹の不安を胸に抱きながら話し合う内に、グルオがある場所を指差した。
「この、東にあるサイッショ大陸のハジーメ村付近はどうでしょう。ここからはかなり遠いですが……」
そのハジーメ村は内陸で、森に囲まれた小さな田舎村らしい。
村の近くには小川が流れておりユルメ丘という丘もあるようだ。
森の中には豆粒のような小さな湖が描かれている。
「ふむ、悪くないか……?」
俺は想像を膨らませる。
のどかな田舎村の外れ。
自然豊かな森の中。
水面がキラキラと輝く湖畔が見える場所に建つ、我が城……
「最高ではないか!」
「……では早速明日にでもここを発ち、現地を目指すとしましょう」
若干ウンザリした様子でグルオは地図を丸めた。
なんかごめん。注文の多い魔王でごめん。
こうして俺は、とうとう宿から一歩も出る事なく旅の二日目を終えるのだった。
「ところでグルオよ。洗った服が乾いたらバリバリになったのだが」
俺は手触り最悪のマントをたたむ。
この深緑のマント、防御力高いし気に入ってたのだがな……
「魔王様、柔軟剤は使いましたか?」
「いや、手洗いだったから使わなかったのだが……」
「……手洗いでも柔軟剤は使えます、魔王様」
マジか、知らなかった。
まぁ自分で洗濯なんてした事無かったし、仕方ない仕方ない。
「ちなみに水に少量の柔軟剤を混ぜた物は、掃除にも役立ちますよ」
「えっ何で?」
唐突に掃除へと話を繋げる、流石グルオ。
略してさすグル。
「雑巾につけて拭くと埃や花粉がつきにくくなるのです。その後、から拭きする必要はありますが……」
「おぉ! 素晴らしいぞ、柔軟剤! ちょっとそこの窓掃除してみる!」
俺はウッキウキで布を片手に宿屋の窓掃除を始める。
この時の俺は気付いていなかった。
明日には旅立ち、もう宿泊しないであろうこの宿の窓掃除をしても、俺には何の意味も無いという事に──
──今日は、労せず大金が手に入った。
地図を見ながらワガママを言ったり、服をバリバリにしたり、窓掃除をした、良い一日だった。
(魔王の日記、一部抜粋)
オッス! オラ魔王!
ファンタジーなのに出歩かないとか参ったもんだなぁ。
今度はちゃんと旅すっからよ。
しかも次はヒロインの登場か。オラワクワクすっぞ。
次回、「魔王とヒロイン、死す」
楽しみにしてくれよなっ。
(※本編が予告通りに進むとは限りません。ご了承下さい)